ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

理論検討と共に現実に即した道を

聖書学の方面で間接的に存じ上げていたイスラエル在住の山森みかさん。テル・アヴィヴ大学で日本語を教えていらっしゃる傍ら、聖書学の著作を出版されている才媛です。
もともと無教会系のご出身のようで、関西にご実家があるということで、誠に勝手ながら、ここ数年、ブログ(http://levyyamamori.blog.fc2.com/blog-entry-230.html)を毎日のように拝見していました(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120623)。私のように外側からイスラエル社会を見ている者と、ユダヤイスラエル人と結婚して子育ての傍ら仕事もしている方とでは、感覚が異なるだろうということで、非常に勉強になっています。
もともと、私とは体力も知力も全く違いますが、物の見方、考え方に参考になる点があります。肝心の聖書学の方は、訳書を一冊拝読したことがありますが、その内容に関しては、同意できるようなできないような....。
恐らく日本聖書協会が出版する予定の新訳のためなのでしょうが、今年はサバティカル休暇で、数ヶ月、日本に戻っていらしたとの由。
それで、今回のハマスイスラエル紛争について、どのようにお書きになっていらっしゃるのかと思ってページを開くと、次のように書かれていて、従来の路線からは多少、意外な気がしたというのか、安心したというのか、新鮮な印象を持ちました。

パレスチナ側もイスラエルの「悪行」を指弾するために写真合成したりなんかして、心やさしい人たちの良心を無駄に煽り続けていると本当に協力が必要なときにシンパシーを感じてもらえなくなるんじゃないかと思ってしまうが(それがイスラエルの左派と呼ばれている人々に起きてきたことなので)。どちらにしてもあまりに一方的な主張はプロパガンダとしか受け取られないと思うのだが、一般的には分かりやすい一面的主張のほうが説得力をもつというのは、まあ原発推進と反対も似たようなものか。」

アラブ系のお店の方が安いという理由で、日常、割合に利用されているようでしたし、ご自宅のお掃除に定期的に来てもらっているのが、文字の読めないアラブ系の女性だということから考えると、上記の記述は(やっぱり、そのようにお考えだったのねぇ)と納得がいきます。教えていらっしゃる学生の中にアラブ系も含まれているので、政治的発言は控えているとのことでした。とはいえ、ご長男が非常に優秀なエリートだそうで、イスラエル国防軍の兵役年齢になっていらっしゃるとの由。とすれば、従来、表向きはそのように綴られていたとしても、本音はまた現実に即したところに存するというのは、充分に理解できるところでもあります。

文中の「イスラエル左派」とは誰を具体的に指していらっしゃるのかわかりませんが、パイプス訳文を作りながら周辺部分をあれこれ勉強していると、だいたい予想がつきます。そして、山森氏が同意されるかどうかは心許ないのですが、ダニエル・パイプス先生が「左派は保守派に負ける」と30代から40代の前半に論考文で書いていらしたことを彷彿とさせます。
パイプス先生の論拠は、実は非常に単純明快で、史的経緯から考えても現実感覚にそぐわない人為的な社会改革をしようとして、根本的に誤った思想を大学やメディアで吹き込んでも、(マルクス主義思想のように)結局は内部から自己崩壊するということのようです。
その昔は、いわゆる一流紙と呼ばれる新聞や雑誌にもたくさん投稿され、掲載されてきたパイプス先生ですが、9.11以降、一般大衆向けの新聞にコラムを書くようになってきたのには(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121011)、れっきとした理由があります。それは、中東のアラブ系ムスリムの中から組織化されたイスラーム主義団体がアメリカ国内に流入するようになり、ワシントンにも入り込んで政策操作をしたり、世論を動かそうとしたりする現象が観察され、イスラエル国家の存続にも悪影響を与える可能性があるので、学識を基盤として、広い層に向けてわかりやすく訴えることで、啓蒙的な指針を与え、少しでも影響を防ごうという意図です。
ただ、お父様から分身のように受け継いだ知的傾向や気質と立派な学歴のために(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120124)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120131)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120505)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120507)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120626)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121003)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121007)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121026)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121113)、かえって「あの人はいい学者で、本当にイスラエルの友なんだけど、やり方が悪いのよ。主張が極端過ぎるわ」「アカデミアに対して立腹しているから、気をつけてね」という皮肉な見方にもつながることもあり、ご本人としても内心忸怩たるものがあるでしょうか。
その辺りは、当初、私も気になっていた部分だったので慎重になっていましたが、いろいろと訳していくうちに、(多分、彼にとっては、こういう生き方の方が合っていたし、仮に中東和平が順調に行っていたとしたら、恐らく若い頃の発言は単なる傍流扱いだっただろうし、逆にうまく‘世渡り’してそのままワシントンか大学で昇進していたとしたら、こんなに個性豊かで一面華やかな人生にはならなかったかもしれない)とも思うようになりました。
昨晩も、アラビア語を教育媒介言語とするニューヨークの新設公立学校で、「寛容と理解」を促進する子ども達を育てようという理念を掲げていたアラブ系ムスリマ校長が、「今こそ民主主義を」と題する左派テレビに出演して切々と訴えていた、2007年か8年辺りの30分ぐらいの映像を見ていました。最初からダニエル・パイプス氏が「ネオコン」派の右翼として悪者に仕立て上げられていた一方で、どう見ても、学校設立の話そのものが奇妙な印象を与えるものでした。
結局のところ、ダニエル・パイプス氏が大衆紙のコラムでその学校の設立経緯の問題点を指摘し、それに共鳴した人々が反対運動を起こしたので、訴訟にまで発展したものの、勝訴以前に、学校そのものが自己閉鎖したという筋書きなのです。が、私のような部外者から見ても、本来うわべの見せかけが偽りだったために内部崩壊したというのが実情のようです。そして、パイプス氏は、淡々と経過報告をウェブに時系列に並べているのですが、その方が説得力があるのです。
ところが、日本のある中東研究者によれば、この詳細について自らしっかりとした内部調査をすることなく、単に表向きのメディア報道に乗ずる形で、当事者のムスリマ寄りになって「ダニエル・パイプスは強硬なアラブ・ムスリム差別者だ」と言わんばかりの記述をしていました。(宮田律中東危機のなかの日本外交―暴走するアメリカとイランの狭間でNHKブックス2010年)pp.62-3)
ここで話は飛びますが、2003年のイラク・アフガン戦争の当否に関しても、その内実が一般に理解されるのは、あと数年かかりそうだというのが、パイプス氏の見立てです(http://www.danielpipes.org/12106/)。そもそもイスラエルパレスチナ紛争にしても、60年以上かかってやっと、元パレスチナ闘士側が自分達の非を認めつつあるのが現状だそうですから、「物事は変化していくものだから」と安易にその場で時流に乗っかったつもりになるのも、なにがしだということでしょう。

この一年ほど、パイプス先生達のシンクタンクの膨大な論考や活動記録を読ませていただいて、その意義づけをいろいろと考えさせられています。「そのことと、あなたの研究テーマであるマレーシアや聖書問題とどう関わるのか?」という問いに対しては、次のようにお答えします。

イスラエルでは軍事作戦の呼称にも聖書から引用するぐらい、少なくとも指導者層レベルでは、聖書知識が一般素養として身についているのですから、イスラエルと国交さえないマレーシアにおいて、マレー語訳聖書の問題や「神の名」問題がこれほど長引いているのも(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071225)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080214)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080426)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080428)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080911)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080912)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090227)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090228)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090301)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090302)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090418)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090427)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090707)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20111010)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120623)、当然のことながら、たとえ表面上は間接的にであれ、聖書を生み出した土地であるイスラエルユダヤ教と、深いところで密接な関係があるのは言うまでもありません。そして、特に1980年代以降、主流キリスト教団体が「宥和的な対話路線」を実践し続けてはきたものの、その成果としては、どうもうまくいかなかった根本的な背景や主要因が、パイプス論説のうちにズバリと見出されるように思うのです。
その意味で、訳業は確かに大変ではありますが、一面、気晴らしをはさまないことには到底続かないのではないかと思われるほど、それまで擬似的な鬱屈した気分でリサーチを続けてきたのが、思いがけない出会いでパイプス先生と交流が始まったことによって、毎日、心も頭も引き締まるような肯定的な刺激が与えられていることは事実です。一見、単純な文章であるように見えても、膨大な資料と情報を検討し、分析した上での公表です。あれほど定期的にきちっと書き続けていくことは並大抵のことではないだろうと思われますが、やはり、それ相応の子ども時代からの充分な基礎的積み上げと訓練があってのことですし、いつかは勝利できるという希望や確信があっての活動だろうと想像されます。