ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

シリア難民問題に関連して

パイプス・コラム最新版の訳文を送り、数時間後に掲載していただいた関連で(http://www.danielpipes.org/13393/)、少し考えてみました。
簡単なコメントを添えた方が、翻訳を依頼した関係上、著者ご本人にとってもやりがいが感じられ、新たな文筆のアイデアやヒントにでもなるかと思ってのことです。もちろん私にとっても、単に受け身で機械的に訳しているのではなく、意義を感じながら作業しているという意味合いも込めています(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130313)。
提出前に、二つの定期掲載紙/誌やツィッターフェイスブックの読者コメントに目を通してあります。アメリカ人が中心なので、「パイプスは人種差別主義者だ!」などの罵倒もありますが、概ね、西洋的観点から、「そうだ、そうだ、よく書いてくれた」「すごい論考ね」とファンクラブ風の肯定的なコメントが目立ちます。
パイプス先生の文章意図は、もちろん戦略的観点からのもので、(どこから探し出してきたものやら)けばけばしい写真も、特異な慣習例の強調も、すべてその路線で考えるべきだと思います。いわゆる「援助疲れ」の西欧の立場から、なかなか同化しようとしないばかりか、集団で暴力デモ行為に走ったり、時間になると路上で集団礼拝をしたりするムスリム移民との相次ぐ文化衝突事例を踏まえて(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080425)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080625)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20081022)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20081222)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090421)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090430)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100110)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100620)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120917)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121028)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130207)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130323)、シリア難民はお金持ちの湾岸諸国やもっと裕福で国土の広いサウジが受け入れるべきだ、という提言です。その方が、イスラーム法で禁じられている嫌な西洋習慣とぶつかる必要もないし、同じアラビア語圏だし、気候も大差ないし、安心してムスリム慣習を継続できるよ、というわけです。戦略上当然のことながら、前提として、アラブ諸国がシリア難民を受け入れるのを渋っていることは承知の上です。
そして、国連高等難民弁務官にも、西洋に依存するな、と間接的に釘を刺しています。

さて、訳しながら私が考えたのは、実は日本の場合、難民受け入れと援助疲れの先輩格の西欧と、似たような文化習慣を持つ近隣諸国でありながら難民受け入れを渋っているお金持ちアラブ諸国の、両方の側面を兼ねているようだ、と。そこで一言申し添えました。

私:「日本は、ベトナム戦争から今まで、充分に難民を受け入れていないと叱られてきました」。

この一文のみ、特に「ベトナム戦争」の一言が利いたのか、パイピシュ先生からお返事が届きました。(パイピシュ先生は、大学時代にベトナム戦争に賛成と公言したばかりに、それまで仲間だと思っていた過激派・左派学生達からこっぴどく非難され、少数派として孤立してしまったと、何度かインタビューで述懐されています(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120113)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120208)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120507)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120619)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121108)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121117)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121129)。)

パ:「移民受け入れが遅いことで日本を責めてはいないよ。でも、人口が縮むにつれて、ある人々を招く必要があるんじゃないのかね?

あれ?いつのまにか、難民受け入れ問題が移民政策問題に移行しています!そこで、つい筆がすべって、いえ、流れるようにキーボードを叩いている自分を見出しました(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130917)。

私:「それは今ホットな問題です。まず第一に、日本は一度も移民を基盤とした社会ではありませんでした。以下は私見です。


1.日本政府は、アジアその他の移民を受け入れる前に、外の仕事がなくて不満を溜めて長らく家に留まっている若者、高学歴女性、健康なシニアのような、地元の土着人口の充分な活用にもっと焦点を当てなければなりません。


2.中国人や韓国人やインド人のような本当に有能なアジア人は、日本にいるよりも、米国、カナダ、オーストラリア、英国、香港、シンガポールに留まる方を好みます。言語問題(英語です!)と社会の受け入れ体制の遅さのためです。日本のユダヤ住民はたった2000人ぐらいだということをご存じですか?


3.日本に来るインドネシアパキスタンバングラデッシュ出身のムスリム移民に関しては、二つの分裂した意見があります。一つは、多元的な多文化主義に基づくナイーブに肯定的なものです。もう一つは、否定的で躊躇するものです。西洋で何が起こっているかを知る度ごとに、誰にとっても、あるがままの彼らを受け入れる用意ができていないと感じるのは自然です。


4.難民に関しては、話が別です。近い将来、北朝鮮で何かが起これば、北朝鮮難民の大量流入が日本になだれ込むかもしれないという警戒があります。中国と韓国が彼らを世話するでしょうが、再び、日本はそのシナリオに準備ができていません。1970年代と1980年代のベトナムカンボジアからのインドシナ難民の多くは、日本経由で今では米国、カナダ、オーストラリアあるいはフランスにいます。彼らはここにではなく、向こうに留まることを選択したのです。


要するに、先生の論考文は我々にとってよい警告なのです!

多分、時間とエネルギーを極力セーブされている自己規律の厳しいパイピシュ先生のこと(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120713)、議論が発展しそうなメールには特にお返事はないでしょうが、考えてみれば、難民・移民受け入れ問題は、パレスチナ難民やイスラエルの対アラブ政策とも密接に関わる問題ではないでしょうか。ユダヤ移民は帰還権として積極的に無条件で受け入れ、言語政策、教育政策、経済政策で手厚くもてなして同化吸収も早かった点を誇る一方で、いわゆるアラブ動乱を機に、ムスリム・アリヤー(ムスリム帰還)がイスラエルで発生するかもしれない、と懸念し警告する論を展開されていたのは、2012年3月のこと(http://www.danielpipes.org/10907/)。
また、深く考察してみると、論旨の一貫性が魅力のパイピシュ先生も(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120924)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130508)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130620)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130713)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130814)、ちょっと内部矛盾があるんですよね?ムスリム移民規制を主張する欧州政党に加担するかと思えば、東アジア人は東アジアに定住せよ、アラブ難民はアラブ諸国に、と唱えつつも、「クリスチャンは別だ」と言ってみたり、そのアラブ系クリスチャンが、社会政治的および神学的に見れば反セム主義的でもあるという事実(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080513)は黙視したり....。かのエドワード・サイードだって、一応はクリスチャンということだったんですが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20090222)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20111216)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20120226)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120113)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120523)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121007)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121019)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130105)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130712)。
ただ、客観的に見て、あまり責められないことではあります。こっちを立てればあっち立たず、というのは、マレーシアでも充分経験済みです。