ジュリアーニ応援団だった頃
最近、『ニューズウィーク』誌の誤植を巡る、パイピシュ先生の茶化し文の邦訳(http://www.danielpipes.org/14670/)を提出した。
当時のパイピシュ先生は、ジュリアーニ氏の中東政策外交アドヴァイザーの一員として名を馳せていた。あの頃なら、いくら大胆かつ斬新な発想のパイピシュ先生であったとしても、アメリカのことをよく知らない一般日本人に過ぎない私に訳文を依頼することなど、到底考えられなかっただろう(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120330)。私自身も、イスラーム世界全般に対する自分の見解基盤が充分に固まっていなかったので、仮にご依頼があったとしても、「身分違い」を理由に固持していたことだろう。
今以上に超多忙の緊張生活の日々だったこともあってか、パイピシュ先生は、分厚い眼鏡をかけて、殺気立った目が少しつり上がって、神経質そうに白髪交じりのふさふさの髪の毛を逆立てて、いかにも腹黒そうな怖い表情だった。そのイメージもあってか「ブッシュ政権御用立てのネオコン黒幕」みたいに、日本の一部でもさんざん悪口を書かれていた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120129)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120511)。(ユーリ後注:実は、ご自分でもネオコンの意味がわからないと戸惑っていらしたのに、私が邦訳をウェブで流す前までは、「ネオコンのダニエル・パイプス」と、あちこちで間違って書かれていた。)
実際にお会いしてみると、怖いどころか、大柄なのに、はにかみ屋で内向的で遠慮がちな性格(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140508)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140511)。自分を理解してくれそうだとわかる相手には、リラックスして温かくて茶目っ気たっぷりの「かわいいおじさま」なのだが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120508)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120804)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130516)、ジュリアーニ応援団の頃は、どうもそういう風貌ではなかった。
第一、毎日のようにアメリカ情報が流れ込んでくる日本だが、その情報の質たるや、あまりにも不確定な要素が否めない。ましてや、その解説に至っては、誰が何を言うかにもよるが、最初からあまり当てにならない。直接現場にいて、しっかりと事実だけを淡々と伝える客観的な報道しか信用できない。
ともかく、もしジュリアーニ氏がずっと健康に万全の自信を持ち、民主党のオバマ氏が2008年に大統領に当選していなかったら、今頃はどうなっていたのかわからない。当然のことながら、中東情勢だって、かなり違っていたことだろう。
パイピス訳文など、今でも我ながら信じられないことをしているのだが、つまるところ、出会いのご縁には、タイミングの不思議さというものが含まれていると言えよう。そして、アメリカ人全般の開かれた態度、未知なる新たなものに対する固定観念のなさ、といった要因も見逃せない。もちろん、受けて立つ側(私)にとっても、相応の覚悟が準備できていなければならない。
7月28日付メールでは、「少なからぬ件で同意していないけれども、まだ彼(ジュリアーニ氏)のことが好きだ」と書いて来られたので、早速、ジュリアーニ氏についても知りたくなった。ニューヨーク市長だった頃、一般のニュース記事でしかお仕事ぶりを知らなかったので、大変に遅ればせながらも、以下の本を入手して、彼の哲学や業績を理解したいと願った次第。
もっとも、いくら世間に疎い私でもジュリアーニ氏に関して前から知っていた最も印象的な態度は、サウジのアルワリード王子から一度は受け取った小切手を、その動機に気づくや否や返却したことだった。このような潔さ、一貫した態度は、本当にリーダーとして立派だと思う。だからこそ、入手して読む気にもなったのだ。
(https://twitter.com/ituna4011)
Lily2 @ituna4011
『リーダーシップ』 ルドルフ・ジュリアーニ(著)楡井浩一(訳)(http://www.amazon.co.jp/dp/4062117630/ref=cm_sw_r_tw_dp_dYC2tb1NERQMK …)が昨日届き、一気に大半を読んでしまいました。
日本のメディアの傾向として、ジュリアーニ氏が大きな成果を上げた、ニューヨーク市の犯罪撲滅、その結果としての都市再開発計画や経済上昇、9.11直後の見事なリーダーシップなどを、淡々と報道するのではなく、何とか「バランスを取ろう」として、あら探し的な記事を掲載しがち。でも、これこそが世論を攪乱しているのであって、優先順位をつけて、重要な点や原則を明確に打ち立てる姿勢を出さなければ、特に若者や一般人は迷いに迷うばかりで、判断停止になってしまう。
また、『ニューズウィーク』誌がそれほど保守派を嫌っているとは、これまで迂闊にも気づかなかった。もし、英語の勉強のためとか、国際情勢に通じるようになりたい、などという気持ちで『ニューズウィーク』誌を読み続けている学生や若者がいたとしたら、気づかないうちに、自分の意図とは異なった潮流の影響を受けてしまうかもしれない。
ともかく、上記本を読んでいて初めて知ったジュリアーニ氏について、非常に努力家であり、読書家で前向きで日々準備を怠らない姿勢には、感銘を受けた。なぜ一般メディアはそういう面を伝えようとしないで、不倫だとか離婚だとかのプライバシーを暴くことばかりに熱を入れるのだろうか。バランスに欠けるとは、むしろ、そちらの方ではないだろうか。
冒頭のパイピシュ訳文は、そうこうするうちに、中東外交政策が脇によじれてしまい、中東情勢が悪化の一途を辿ることについての、一種の警告だと受け留めたい。