ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

事の始め

正確には、2003年7月に同志社大学神学部で面接を受けたことがきっかけだった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141008)。もちろん、私からの志願ではない。呼ばれたのだった。お名前は、当然のことながら、その前から存じ上げていた。拙稿が並べて掲載されたことさえある。正直なところ、価値観が違い過ぎて、一緒には仕事ができないと思った。人柄についてではなく、思想そのものが怖いと感じていた。
面接時には、私の計4年間のマレーシア滞在経験から、見聞した範囲内でそのままを話したが、大変な表情をされて終わったことを覚えている。その後、2004年4月の私の初授業は、まさに氏の保護観察付きだった。学歴も立派で、理路整然とした論文や著書があり、その点に関しては、特に私から何も申し上げることはない。ただし、マレーシア担当に関して、私に対する態度が最初と最後で180度豹変したことは、あまりにも衝撃的だった。(当初は、キリスト教専攻の某教授から「○○先生が、とても高く評価していましたよ」と、わざわざ言われたのだった。そんなはずがない、と否定していたら、本当にそうなった。)
もっとショックだったのは、知り合いが「紳士的な人でしたよ」と、わざわざメールをしてきたことだった。私が言っているのは、全くそういう土俵ではないのだ。知り合いは自ら「私は学者です」と言いつつも、私の話が何も通じていないのだった。または、「あなた、今度からはもっと上手にやりなさいね」と説教してくる人や(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071206)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120124)、ましてや「本当のイスラームってね...」と教え諭そうとする人までいて(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071025)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090620)、甚だ迷惑だった。話がここでも通じないのか、と。
あの頃、同志社系の教会牧師の方達とも何人か知り合ったが、愕然とすることばかりだった。「人に対する信があるんじゃないですか」と、人類史に関する基本的な知識や人間洞察のまるで欠如した牧師、「イスラームっていいですね。価値判断がはっきりしていて。これからは、アッサーラムアライクムって、教会でも言おう」と、まるで話の核心がずれている牧師、「私の母校ですから」と、誇り高く見下げてくる牧師等々。
唯一、亡くなった新約聖書学者のH先生は(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070706)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20081212)、東京の御茶ノ水駅で、恐縮するほど何度も私に謝って来られた。また、2007年3月にイスラエル旅行でご一緒させていただいた80代のベテラン牧師先生は、「長い目で見て、いい研究をしてくださいね」と励ましてくださった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070729)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100304)。「ロッド空港の日本赤軍派事件もありましたからね」という思い出話を添えて。
つまり、氏一人のみが浮き足立っているのではない。氏が学問的には極めて厳格かつ忠実であることは、私とて充分に承知している。そうではなく、よそ者の私が一瞥した途端、驚いて後さずりしたくなるような、何かもっと根深い思想的土壌が、学部や中東学会全体に染み込んでいるということなのだ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100131)。言うまでもなく、マレーシアと中東は、遅くとも13世紀頃から巡礼などで密接なつながりがある。もっと大きく言えば、文系の左傾化現象ということだ。

当時、以下にブログを部分引用させていただく池内恵氏(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%C3%D3%C6%E2%B7%C3)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141003)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141007)は、京都の国際日本文化研究センターに勤務されており、日文研の公開講演会および、同志社大学経済学部での講演会に私も出かけたことがある。あの頃の状況からは、新鮮なオアシスのように感じられ、お礼のお葉書を複数回、お送りした。自分の研究のご指導をお願いしたかったが、ちょうど翌年辺りから東大にご栄転の時期と重なっていたことと、「東南アジアのイスラームは穏健」というご発言に(少し違うかしら)と感じたこともあって、あきらめた。(「穏健」という表現については留意が必要だ。ではなぜ、インドネシアで大虐殺が頻発したのか?マレーシアの場合、非ムスリムの人口配分が約4割強のために、急激なイスラーム化に歯止めが利いている面もある。いずれにせよ、安穏とはできない。)
同志社一神教学際研究センターで池内恵氏をお招きして研究会をしようとしたが、条件(多分、謝礼のことか)を徐々に上げて、三度、依頼しても却下されたと目の前で聞いた。その話に溜飲が下り、今時珍しいと感動した。もっとも、主催者の方は、池内氏を面前でこき下ろすつもりで招いたのだ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080519)。同席した女性研究者がいかにも憎々しげに、「いけうち、いけうち」と講演原稿の脇に何度も書いた、と自分で告白していたからだった。
大変なところに来てしまった、と。だから、あれから十年経った今、こうしていられることを感謝している。

http://chutoislam.blog.fc2.com/blog-entry-209.html


(前略)
また、この段階では顔と名前が出ていませんでしたが、元同志社大学神学部教授の中田考氏の関与をめぐる捜索についても番組では取り上げられていました。


中田考氏は東京大学文学部イスラム学科という、日本の大学の中では稀な学科の一期生です。1982年設立と歴史も新しく、3年時にこの学科を選んで進学してくる者の数も極めて少数に限られています(2人か、1人か、0人か、というのが通例と思われます。あと学士入学・修士からの入学者がそれ以上にいます)。


実は私もまたこの学科を卒業しており、1994年に進学しているので、一回り下の後輩ということになります(なんでこの学科に入ったかはココで)。私自身は大学院は地域研究に移っており、1・2年の教養学部においてもイスラム思想以外のさまざまな学問に触れており(そもそも家庭教育で全然別のことを仕込まれていた)、イスラム学のみを自分の学問の基礎とはしておりませんが、同時に最も重要な学部3・4年を過ごしたことから、今に至るまで強い影響を受けてきたと自覚しています。この学科の一期生が、このような形で脚光を浴びるに至ったことには、卒業生として他人事とは見ていられず、世間一般にとっては奇異・不可解にのみ見えかねない状況を少しでも理解しやすくしておきたいという気持ちがあります。


この学科は歴代の卒業生を合わせてもそれほどの数ではなく、特に一期生は、業界内ではいろいろな意味で目立つ人たちであり、学生時代から意識せざるを得なかったことから、中田考氏についてはその人となりと思想・行動を私なりに理解しているつもりです。


いくつか言えることを記すと、まず、彼は顔を隠したり、思想や実際に行った行動について問われて否定することはないだろう、ということです。彼にとっては、「アッラーの教えに従った正しいこと」をしていると信じているがゆえに、「無知な異教徒」に積極的に話す必要はないが、問われれば話してもいい、ということであろうと思います。現にその後顔と名前を出したインタビュー記事が表に出るようになっています。


中田氏自身は日本の刑法に明確に触れるようなことはしていないと思いますが、ジハードによる武装闘争をシリアで行うことには強く賛同していると見られます。「イスラーム国」についてはその手法の一部が適切ではないと批判していますが、イスラーム法学的に明確に違法とまでは言えないと解釈しいる(ママ)ようであり、その存在を肯定的に見て、接触を図っていることは、公言している通り、おそらく事実であると思われます。


そのことだけでも、日本の法制度では「私戦」の予備あるいは陰謀に関与したととらえられる可能性が、法の解釈と適用の裁量如何ではあり得るものであり、そのことも、現在の中田氏は自覚していると思います。日本の刑法の存在と実際の効力は認めているものの、本人の思想によって超越的な視点から日本の刑法の価値を(「永遠の相の下では」)限定的(あるいは無価値)と捉えているため、刑に問われる可能性を認識しつつ、それほど意に介していないのではないかと思われます。


ただし2014年9月24日の国連安保理決議で「イスラーム国」への支援を阻止することが各国に義務付けられる以前には、この規定の適用によって「イスラーム国」への支援・参加を処罰することが現実的にあり得ると周知されていたわけではありません。死文化していたこの条文を適用して公判維持が可能なほどの犯罪事実を、9月24日から10月6日までの間に中田考氏が行ない得ていたかどうかを考えると、そのようなことはなかろうとかなり確信を持って言えます。


ジハードに関する中田考氏の立場は、イスラーム世界の中で、少なくともアラブ世界においては、さほど極端な意見ではなく、一つの有力な考え方であると見られます。ただし実際に実践することができる人はそれほど多くないとされる立場です。尊重されるが必ずしも多くによって実践されることのない、アラブ世界において一定の有効性を保っている思想を、ほぼそのままの形で日本に伝えてくれるという点で、中田考氏は貴重な存在です。日本向けに、日本社会に受け入れられることを主眼として、現実のアラブ世界ではさほど通用していない議論を「真のイスラーム」として発言する方が、長期的には認識と対処策を誤らせると考えます


イスラームは平和の宗教だ、対話せよ、共生せよ」といった議論を表向き行なっている人物が、学界の権力・権威主義・コネクションを背景に、気に入らない相手に公衆の面前で暴力をふるうに及ぶ(そして高い地位にある教授のほぼすべてが一堂に会しておりながら黙認して問わない)、といった事例さえ複数回体験している私にとっては、中田考氏からは、現世的な意味での権威主義を嫌い、暴力を忌避する、温和で、概して公正な人物であるという印象を受けます。その評価は、この事件に関する報道を見た上でも、変わっていません。


ただし、いくら現実が欺瞞に満ちたものであり、浅薄で劣悪な人間が世にはびこっているとしても、それに対抗して別の世界から何か絶対的な超越的な価値基準を持ってきてそれを当てはめて現実を全否定しても、自己満足以外に得るものはあまりないと私は考えています。


中田氏の日常・対人関係における穏和さは、イスラーム教によって示された真理を自分が知っているという確信から来るものであるため、「それを知らない・知ろうとしない異教徒」である私に対しては、別種の超越的な権威主義をもって接してくるため、かなり遠い過去に何度かあった会話の機会において、それほど話が通じたとは思いません。(そもそもまともに話したのはかなり若い時であり、年齢や研究者としての経験が違い過ぎたという事情もありました。また、イスラーム法学者としての聖典・法学解釈の運用能力を普遍的に価値的に優越したものととらえる中田氏からは、私の議論はそもそも前提としてなんら評価に値しないといった理由もあります)。


そして、中田氏の宗教信仰からもたらされる政治規範では、異教徒にはイスラーム教徒よりも制限された権利が与えられ、その価値を一段劣るものとして認定され、その立場と価値基準を受け入れる限りにおいて生存が許されることになっており、それを受け入れることは自由主義の原則の放棄を意味し、近代的な社会の崩壊を容認するに等しいと考えており、私は強く反対しています。


しかし立場が異なる人々の思想を、それが他者への危害を加えない範囲であれば認めるのが近代の自由主義の原則です。中田氏の思想に内包する危険性を認識しつつ、それを日本において実効的に他者に対して強制する機会が現れない段階では、中田氏の思想表現に規制をかける正当性は、自由主義社会の原則に照らせば、ないと考えています(そもそも人の頭の中身は外から規制できませんが)。そのことは中田氏の思想そのものを真理であるとか優越したものであると私が認めているということではありません。


イスラーム思想研究者としては、中田氏はまったく異なる見地から私と同じものを見ているということではないかと考えています。もちろん、中田氏の方では私がイスラーム教を日本の言説空間に紹介する際に「正直に話している」という点においては一定の評価をしつつ、(アッラーの下した唯一絶対の真理を認識することができないという意味で)「無知である」と認識しておられ、そもそもそのような「無知(超越的な視点からの)」であるにもかかわらずイスラーム教について発言することが本来(超越的な視点から)は許されないことであると考えていることを、いくつかのインターネット上の発言などから見知っています。中田氏の立場からは論理的必然としてそのような認識になることを私は理解しており、私の発言を実効的に制約したり物理的危害を加えることを自ら行うか教唆したりしない限りにおいては、表現の自由の範囲内であろうと考えています(受け取る人が中田氏の真意や思想体系を理解しておらず、中田氏の私に対する批判を異なる目的のために利用することは困ったことだとは考えていますが、基本的にそれは受け取って利用する人の理解力や品性の問題であると考えています。誤解による利用に中田氏がまったく責がないとも無意識・無垢であるとも思いませんが・・・)。


中田氏は、今回の事案を受けてのさまざまなインタビューでおそらく公に認めていることではないかと思いますが(活字になっているかどうかは別として)、正しい目的のためのジハードで軍事的に戦うことは正しい行いであり、そのような行いを目指す人物が自分を頼ってきたときにはできるだけの手助けをする、という信念を持ち実際にその手助けを行なっているものと思われます。これは、アラブ世界で(あるいはより広いイスラーム世界で)非常に多くの人が抱いており、可能であれば実践しようとしている考えであり、だからこそ国家間の取り決めによるグローバル・ジハード包囲網に効果が薄く、「イスラーム国」あるいはそれと競合する諸武装勢力への、多様なムスリム個々人による自発的な支援や参加が有効に阻止できていないのだと思います。


中田考氏が「イスラーム国」のリクルート組織の一員か?と問われれば、私は捜査機関ではなく、個人的に付き合いもないので本当のところは調べようがないのですが、イスラーム政治思想を研究し、グローバル・ジハード現象を研究してきた立場からは、「中田氏は組織の一員とは言えない」と推論します。


その理由は、中田氏がジハードに不熱心だとか組織と意見が違うといったことではなく、そもそも「イスラーム国」やアル=カーイダは明確な組織をもたずに運動を展開しているからです。シリア・イラクの外で「イスラーム国」に共鳴している人物・集団のうち、中田氏に限らず、シリア・イラクの「イスラーム国」そのものとの組織的なつながりが実証されうる人物や集団は、ごく限られていると考えられます。


しかし共鳴した人物・集団がもし実際に国境を超えて「イスラーム国」に合流し武装闘争に有機的に統合されれば、紛れもなくその組織の一員となります。中田氏はおそらく年齢・体力的にもそれは困難で、本人がインタビュー等で認めているように、組織の一員の友人、あるいはその紹介で訪れた客人、という立場を超えることはおそらくなかったのではないか、と推測します。


中田考氏は、そもそも正しいことをしているという信念が前提にあるために、インタビュー等で実際の行動や意図を偽ることはないと思います。ただし、その行動や意図の「正しさ」の基準が、イスラーム法学であるために、日本の一般的な聞き手や読み手には、真意が測りがたく、場合よっては冗談か不真面目なウケ狙いの回答であるかのように見えてしまう場合もあるかと思います。また、イスラーム教を世界に広め、守ることを本分とするイスラーム法学者の役割に忠実であるため、異なる価値観が支配的な日本において、イスラーム教そのものへの強い批判や排斥を招きかねないと考える主張については、聞き手・読み手の誤解をあえて誘う立論を行なって関心を逸らす、あるいは肯定的な誤解をさせるということも、イスラーム教を広め守るための教義論争上のやむを得ない戦術として肯定しているのではないかと思われる節があり、日本の読み手が自らの論理や規範の範囲内で額面通りに受け取ることも、若干の危険性があるのではないかと危惧します。しかしそのような発言も自由の行使の範囲内であって、重要なのは、編集者や読み手が、発言の前提となる極めて異なる価値観(それはイスラーム世界では非常に支配的な価値観である)を認識した上で中田氏の意図を読み解くことであろうかと思います。


イスラーム国」をはじめとしたグローバル・ジハードの諸運動については、「日本に組織ができたら危険だ」/「日本には組織がないから安全だ」という議論も、「あの人は組織に入っているからテロリストだ」/「組織に入っていないから無関係で無実だ」といった議論も、的を外しています。組織がないにもかかわらず、自発的に、一定数の支持者・共鳴者を動員できることにこそ、グローバル・ジハード運動の特徴があり、日本社会あるいはその他の社会にとっての危険性があります(それを支持する人にとっては「可能性」があります)。「イスラーム国」そのものにしても、複数の小集団のネットワーク的なつながりしかないものと考えています。イスラーム教の特定の理念、つまりカリフ制といった誰もが知る共通の理念の実現という目標を一つにしているからこそ、つながりのない諸集団がほぼ統一した行動を結果的に行っているものと考えています。


宗教者がテロを教唆したか否か、という問題には、人間の意志と行動との間の、非常に複雑で実証しがたい関係を含んでいます。


宗教者として一定の尊敬を集める人物が、例えば「ジハードに命をささげるのはアッラーに大きな報奨を受ける行為だ」と発言した場合、世界宗教であるイスラーム教の明文規定に支えられているために、信仰者あるいは異教徒のいずれの立場からもその発言を批判することは困難です。そして、このような一般的な発言を行なうことで、結果的に一定数の聞き手が武器を取って紛争地に赴き、状況によってはテロと国際社会から認定される行為を行うことは、一定の蓋然性をもって予測されます。しかし一般的な宗教的発言と受け手の行動との間に因果関係を実証することは容易ではなく、宗教者が意図を持って行った教唆として認定することも容易ではないため、法の支配の理念を堅持した法執行機関の適正な運用による対処を行なって実効性を得るには、困難が伴います。


分かりにくいと思いますが、この問題について、事情をよく分かっていないまま勘違いして発言・反応する人を含めた様々な人たちから揚げ足を取られないように書くには、このような書き方になります。


グローバル・ジハードへの動員は、日本では極めて小さな規模で、日本のサブカル的文脈でガラパゴス的な形で発生しています。しかし西欧社会では大規模な移民コミュニティを背景に、非常に大きな規模で、この「組織なき動員」が生じています。そのため、問題の対処は緊急性を帯び、かつ困難を極めています


日本でも、やがてこの問題にもっと正面から向き合わなければならなくなると思います。

(中略)

しかし日本が将来に直面する問題の先触れとして、今回の、多くの人にとっては奇異なことばかりに見える「イスラーム国・その他武装勢力への参加希望者出現」という話題は、もしかすると、より重要な意味を持っているのではないかと思います。

(部分引用終)

私よりもお若いので、少し表現が回りくどかったり(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140613)、見解が少し異なったり(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140718)、がっかりしたりする点もないわけではないが、上記の長文ブログについては、「よく書いてくださいました」と、その勇気と知識人としての矜恃に感謝申し上げます。
特に重要なポイント:
・「さまざまな学問に触れており」「家庭教育で全然別のことを仕込まれていた」という池内家の背景
・「現実のアラブ世界ではさほど通用していない議論を『真のイスラーム』として発言する方が、長期的には認識と対処策を誤らせる」という専門家としての筋の通し方
・「学界の権力・権威主義・コネクションを背景に、気に入らない相手に公衆の面前で暴力をふるうに及ぶ(そして高い地位にある教授のほぼすべてが一堂に会しておりながら黙認して問わない)、といった事例さえ複数回体験している私」
←この秘話については、「私(ユーリ)」も、実は別の筋から既に聞き及んでいる。関連ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080107)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120126)。
・「それを受け入れることは自由主義の原則の放棄を意味し、近代的な社会の崩壊を容認するに等しいと考えており、私は強く反対しています」。
←全く同感。そのために、冒頭の叙述が必要だった。

PS:末尾の文について追加を。
10年前から、本件について関係者の間で話題が上る度に私が繰り返していたのは、「イスラームを理解することは重要。N氏の学問的な厳密さや忠実さには、何も申し上げることはない。学歴も立派で、論文も理路整然としている。でも、あの考えを大学を通して日本に広め(ダアワ、つまりイスラームへの呼びかけをし)てもらっては困る」ということだ。
私の立場は、当時も今も変わっていない。N氏とサシで話していて、ささやかながら積み上げてきたものがガラガラと崩れる思いが何度もしたのは、まさに池内氏の述べる「近代的な社会の崩壊」「自由主義の原則の放棄」を自分の内部で予知経験したからだろう。換言すれば、私の言動そのものが、信教の自由を規定している日本において、イスラーム否認、ムスリム信仰の拒絶を意味することになるので、「それなら出て行ってもらう」という結果になったのだ。
さらに、イスラームムスリムに関して全く無知で初心者なのではなく、若い時期に、公的機関からの派遣でマレーシアのマレー・イスラーム環境にどっぷりつかって仕事をしてきたのに、なぜイスラームを理解ないしは受容しないのか、という苛立ちを感じさせるからだろう。
その論理性を知らない人やムスリム圏内での滞在経験を持たない人が、イスラームと他宗教を同列に並べてあれこれ論じようとするから、または、直接には無関係な思想と勝手に絡めて、イスラームに親近感を寄せるような身勝手な解説をする人がいるから、池内氏のみならず、私も困ったものだ、と考えているのだ。
その心理は、ダニエル・パイプス先生だって、もちろん共有している(http://www.danielpipes.org/11786/)。言うまでもなく、世代からも、経験幅からも、彼の方が大先輩だ。
もう一点、申し添える。恐らくは今後も繰り返される現象なのだろうが、今回、イスラーム国問題がクローズアップされたことで、パイプス先生は、しばらく前のカナダのテレビ番組で「我々は失敗した。でも、やっとこれでイスラームの本質が可視化されることになり、自分としてはほっとした」という意味のことを発言された。実は、9.11直後にも似たようなことをおっしゃったが、当時はユダヤシオニスト陰謀論なるものが邪魔をして、長続きしなかったようだ。でも、今回は、いくら何でもアメリカ一般に啓蒙教育が浸透しつつあるので、同じことにはならないだろうと希望する。