ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

マレーシアやマレー語聖書のこと

先程、入力していたら突然、パソコンが勝手に再起動してしまい、全文消えてしまいました。

今朝の朝刊には、来月にマレーシアの総選挙が行なわれる見通しだとのニュースが、かなり大きく掲載されていました。今回は、青天の霹靂で、長年の友人も立候補することになったので、気が気ではありません。よくメールが来て、「右にも左にも逸れないように見守っていてくれ」などと書いてあるので、心理的には結構大変なんだろうなあと思います。1969年の選挙がきっかけとなって民族暴動が発生した経緯を持つマレーシアは、一般の人々の緊張が高まるのも、決まって総選挙前の時期です。ともかく、平和で公正で透明感のある選挙であるよう、遠くから祈念するしかありません。

さて、昨日は私も、主人とは別の大学病院に行ってきました。(たいしたことはないだろう)と思っていた、ここ数年来のある症状が、実は「難病中の難病」とのこと。これで晴れて夫婦二人、難病患者の認定となりました!主人は特定疾患の認定を受けていて、日常生活にもかなりの不自由があります。医療費計算などのため、確定申告書類で今は忙しくしているのですが、ともかく、人生は実にチャレンジングです。帰宅した主人と、「なかよくしようね」と握手しました。

そうしてみると、昨日の「ユーリの部屋」の末尾に書いた「優秀な人なら二十代で終わっているのに、まだやっているの?」などという周囲のコメントは、あまり意味がないことになります。院生時代に、「いつまでも勉強していると、表面的には何も言わなくても、腹の中で人は馬鹿にするよ。世の中には、そういう怖さがあるんだよ」とよく私におっしゃったある教授の言も、どうだってよいことですね。

まあ、人が何と言おうと自分の人生。そういう失礼な人々の発言を真に受けて、(皆、本当は心の中で私を軽蔑しているんだ)と思い、身も心も縛られたような圧迫感が昔はありました。しかし今や、いくら生まれ故郷の母校であっても、人を貶めるようなことを平気で言ってくるような環境から抜け出して、本当によかったと思います。いずれ書く予定でいますが、教育立国である信州大学の学長を務め、眼科学の専門でエスペランティストだった父方の大叔父の著作には、人の教育に関してほとんど正反対の主張が書いてありました。それを支えに飛び出す決断をしたのですが、やっぱり正解でした。

蛇足ですが、病院でもらってきたパンフレットを読んでいたら、「患者の諸権利」が列挙してあり、人としての尊厳は守られるべきである、と高らかに謳われていました。また、人には自己決定権や自由意思というものがある、とも。現実はどうであれ、少なくとも理念上は、そのような方向に世の中は向かっているわけです。ですから、若い時の‘劣悪な’環境は、非常に悔しいですけれども、少なくとも今からはますます、与えられた自分の道を、自己実現に向かって日々努力しなければなりません。

マレーシア聖書協会からも、早速、連絡が入りました。去年10月に申し込んであったマレー語聖書など二冊は、2ヶ月後には届くだろうとのこと。良い状態で確実に届きますように。聖書については、税関でいろいろもめることの多いマレーシアですから、送り主も無事届くかどうか、やきもきされているのではないかと思いますけれども、入国ではなく出国の方ですから、マレーシア当局としても「外国のことは我関せず」で干渉不可でしょう。

イスラエルでは逆に、我々が出国する時の方が、ベングリオン国際空港で厳しく念入りに時間をかけてチェックされました。タシュケント経由での入国の方が楽でした。でも、こうまでして自国の防衛に努めざるを得ないイスラエルの人々のことを思うと、あつく胸迫るものがあります。どういうことかと言うと、イスラエルからの出国者に何か事が起こったら、責められるのはイスラエルだということです。落ち度は別のところにあったとしても、常にその種の言いがかりや口実をふっかけてこられる環境にあるのが、イスラエルという国なのです。

現代の政治面はともかくとして、聖書を生み育ててきたのは、この人々の祖先なのですから、私の立場ははっきりとしています。この民から勇気づけられ、学ばされるものは、数限りなくあります。