ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

神戸バイブルハウスにて(1)

昨日の午後は、私も一会員である神戸バイブルハウスへ、久しぶりに講義を聴きに行きました。
神戸バイブルハウスは、日本聖書協会の関西支部の位置づけにありますが、元ノルウェー海員教会の会堂を使用しており、こざっぱりと落ち着いた清潔な雰囲気を醸し出しています。ノルウェー海員の教会なんて、いかにも神戸らしいと思いませんか。神戸港から貿易その他の仕事で大海へ出て行くのに、航海の安全と船員の健康と無事を祈ることは、ほぼ必須の要件でしょう。この小さな会堂で、船長はじめ船員達がチャプレンと共に祈り、賛美歌を歌っていた時代があったなんて、想像するだに心躍る気分になります。
神戸バイブルハウスで好きなのは、古い日本語の聖書分冊や外国語訳聖書などが展示されていること。そして、時折、キリスト教美術の展示もあることです。会員は430名とのことですが、私の見るところ、中高年者が中心となっているようです。若い方達は、働き盛りだからなのか、個人の用件で忙し過ぎるのか、小さい子ども達も含めて、今までめったに見かけたことがありません。後継者など、どうされるのだろうかと心配になります。
ところで、出かける時、早めに時間を見積もっていたのに、つい5分ほど出遅れてしまったため、歩ける距離なのですが三宮駅からタクシーに乗ることにしました。道脇に止めてあったタクシーに呼びかけると、中からやる気のなさそうなおじさん運転手。「近くて申し訳ないんですが」と言うと、「じゃ、乗りなさい」。車を走らせながら、おじさんが話し始めたのは、阪神大震災後の復興で、町並みは一見きれいになったものの、画一化されて神戸らしさがなくなってしまったこと、そして、世の中には運転手を騙す悪いヤツがいるという実体験でした。
地震の前は、店でも個性があった。うちはこうするんだ、という独自のやり方で店を切り盛りしていたおばあちゃんらがいたのに、復興の時、同じ建設会社があちこちに建て直してしまったから、そういう店がなくなった。“水清ければ魚住まず”と言うけれど、神戸のおもしろみがなくなったなあ」。この辺りの感覚は、名古屋育ちの大阪居住者には、なかなかわからないところです。神戸といえば、ハイカラでおしゃれな開けた街のイメージがありますから。
しかし、私にとって印象的だったのは、もう一つの話でした。「昨夜の二時頃、遠方の○○(地名を聞き漏らしました)まで乗せたお客に、騙されて料金2万9千円払わずに逃げられた。貴重品だけ置いていけ、というのに、すぐ戻るから、というので、こちらもつい信用してしまったんで。もう、こんなことなら、殺されていた方がましでしたわ。まあ、でもねえ、その場では騙した方が得するように見えても、結局人生は、自分でしたことが自分に返ってくることになっているんだから。お客さん、教会に行っているんだったら、そういう話、いつでも聞いているんでしょう?」思わず、話が嘘か真かにわかに信じられず、口ごもっていると、「うちの家内が亡くなった時にもねえ、腫瘍ができて入院することになって、医者と治療法を議論したんですわ。でも、医者の言うとおりにしても、家内は死んでしまった。これだってねえ、自分のやったことを自分で支払っていかないとね」。
もし話が本当だとしたら、私の日常なんて、なんて甘っちょろいものなんでしょう。でも、まるで嘘とも思えませんでした。だって、乗り込んだ時、会社タクシーであることを確認しましたし、ちゃんと帳簿に時刻や行き先などを記入していましたから。昨夜にそんなひどい目に遭ったとしたら、人間不信になって、態度がふてくされもしますよね。ただでさえ、タクシー業界は無責任な自由競争化を導入して、運転手さん達、ふうふう言っているのが現状なのに…。
「運転手さん、ありがとう。いいお話聞かせてもらったから、おつり、要りません。少しだけどもらってください」。目的地に到着し、降りる前に私はそう言いました。
「え、お客さん、お釣り受け取ってよ」「いいの、いいの。急いでますから。お気をつけて」。
その時のおじさんのぱっと輝いたうれしそうな顔ったら…。
一つ大事なことは、運転手さんがキリスト教に連なる人に対して、幾分か期待していたらしいことです。教会には行かなくとも、クリスチャンではなくとも、神戸バイブルハウスと言えば、教会関連だとわかり、そこへ行く人なら、こういう打ち明け話をしてもわかってもらえるかもしれないという期待があったのではないでしょうか。ならば、私にそれを裏切る権利はないわけです。しかも、今は待降節。恵みを分かち合いながら、光を待ち望む月です。虐げられた、弱き人々の所へきちんと福音が届くように、ささやかながらも実践を心掛けなければなりません。
小さい頃から、それとは知らずに読んでいたキリスト教児童文学のモティーフが支えとなって、私にとっさの選択を迫ったのです。しかし、それにしても、何ともひどい乗客がいるものですね。経済界や実業界にもっとクリスチャンが一定数入っていって、公正な法的ルールの確立に努めてほしいものです!

帰る時には、須磨区から一時間かけて来られているというご年配の女性と、途中までご一緒しました。「須磨と言えば、妹尾河童の『少年H』を思い出します」と私が言うと、「私、少年Hのご一家と一緒の教会なんです」とのお返事。まあなんと、世界は狭いというのか、キリスト教人脈のつながりは密というのか。「お母様、まっすぐな方でいらっしゃったようですね」と私。「いえ、もう本当にお世話になりました。おもしろいお母様でしたよ。もう召天されましたけど。私、妹尾河童さんと同年代なんです。あそこは奥様も何かしてらっしゃるでしょう」と、これから話が弾みそうなところで、お別れとなってしまいました。でも、こういう話を聞くと、やはり神戸に来たかいがあったと思いますね。

肝心の講義ですが、改革派神学校の教授が講師だったためか、教義に忠実とはいえ、一方で厳しく狭い神学的背景を感じました。特に、主要テーマである天皇制とキリスト教宣教のあり方については、高校の日本史でも習うような既知の事項提示ばかりで、なんら具体的な提案も新奇性もなかったのが残念でした。そのため、質疑応答の際、高々と挙手して次のように申しました。
「お話、ありがとうございました。天皇制についてうかがいます。今の天皇家や皇族の中には、国事として公には神道行事に従うけれども、心はクリスチャンだとか、無教会だとか、聖書研究をされている方もいらっしゃいます。そのことについて、先生ご自身はどうお考えでしょうか」。
私の質問内容は、ずっと前から公然の秘密であり、学生時代にも、既に逝去されたある福音派プロテスタントの牧師が、美智子さまに面会を申し込んで、キリスト教伝道を試みたという話を聞いたことすらあります。本当かどうかは定かではないのですが、美智子さまは「私も自分に罪があると認めます」とおっしゃったとか、もうずっと前の話ですけれども、人づてに聞きました。それに、常陸宮さまが無教会のキリスト者だとも読んだことがありますし、有名なところでは、三笠宮さまのオリエント学と称する聖書研究がありますね。キリスト教史学会の古い会報を見ていたら、かつては三笠宮さまも学会に参加されて、懇親会のお料理に「おなかがいっぱいで言葉も出ない」とおっしゃったとか。
つまるところ、私の質問の趣旨は、次の3点に絞られます。
(1)キリスト教の立場から天皇制を批判し、君が代や日の丸に反対するだけでは、日本国内でのキリスト教の前進を阻むことにならないだろうか 
(2)天皇制を否定したら、その代替案として誰が日本国の代表に立てられるのだろうか 
(3)国事の神道行事は日本国の象徴としての公務と解し、個人の内面は問われないという条件付きで密かにキリスト教を受容した一部の天皇家や皇族の存在を、我々は限定付き肯定で受けとめるのか、それとも全否定するのか

講師からの回答は、簡単にあっさりと「同情します」。「例えば、美智子さんはキリスト教に深い憧憬があっても、それを表に出せず、押さえつけられているので、自由がなく、失語症にもなる」「日本の宗教は寛容と言っているが、一面、異なる存在に対して不寛容である」とのことでした。うーん、それでは答えになっていないんではないか、と思ってしまったのですが、それは、私が大学や学会レベルでのキツイやり取りに慣れているからかもしれませんね。 
ただ、終了後にルーテル神学校の教授夫人から、「いい質問してくださって」とフォローがあったので、雰囲気としては悪くはありませんでした。

来月は、計6回も神戸バイブルハウスに通う予定になっています。淀川キリスト教病院や京都のバプテスト病院やホスピス緩和ケア研究振興財団などで有名な無教会の白方誠彌先生から、医療と信仰についての連続講義をうかがい、カトリック大阪大司教日本聖書協会総主事のお話にも出席するのです。忙しくなりますが、機のある間にチャンスを逃さず、というのが私の方針です。大学とは全く違った広く深く常識的なお話が聞けることを期待しています。研究ばかりでは頭が変になりそうなので、何事もバランスが大事というわけです。

ここでいささか話は変わりますが、後藤神父さまの事務所から、早速授賞式の模様を録画したDVDと毎日新聞記事の大きなコピーが送られてきました。それから、同志社大学神学部から『基督教研究』ジャーナルも届きました。こういうものを見ていると、先日書いた内容と矛盾するようですが、私も早く自分のテーマをまとめて、投稿三昧といかなきゃ、と思います。それと、ブリズベンのスシロ先生(久々のご登場ですね!)から早くもクリスマスカードがメール添付で届きました。ご家族の近況がこまごまと書かれていて、何よりです。

この「ユーリの部屋」でも、まだまだ書きたいテーマがいろいろあります。信州大学学長だった父方の大叔父の推進したエスペラント運動やアラブ友好協会の話は、是非とも近日中にまとめたいものです。それから、中原中也セミナーの続編もあります。どうぞ、気長にお待ちくださいね。