ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

アジアの聖書協会総主事(前編)

国際聖書フォーラム2007に関して、ようやく核心の話題に近づいてきました。これまでの日記では、余計なことを書いているようでも、少しずつ伏線を張り、連関を持たせながら、中心に向かっているつもりです。一見、狭い世界の話ではありますが、すべてのものには時があり、しかるべき時にしかるべき方々と出会い、ゆっくりではあっても広がりと高みと深さへと徐々に飛翔すべく、導かれているような感を抱いています。

去年の国際聖書フォーラムでは、イスラエルや欧米の聖書学者と共に、マレーシアやインドネシアや韓国、そしてパキスタンラオスの聖書翻訳者や聖書協会総主事が来日されました。アジア圏で講義を担当されたのは、前者三ヵ国の先生方だったのですが、何はともあれ、個人的に私が非常にうれしかったのは、これまでリサーチでずいぶんお世話になってきたマレーシアやインドネシアの先生方が、大成功をおさめたこのフォーラムに招かれたということです。このような機会でもなければ、日本の普通の大学は、まず招聘することすら思いつかないでしょうから....聖書協会だからこそ、できたことだろうと思います。特にイスラーム圏の場合、(あれ、キリスト教ってマイノリティじゃないの?)という判断からか、脇に押しやられてしまいがちです。あるいは、文化人類学的な調査はあっても、その根本となる聖書はどういう位置づけにあるのか、地元の誰がどのように聖書を受容しているのか、または反発を招いているのか、といった観点では、論じられることが少ないものです。

国公立の学校にしか通ったことのない私は、いくら守備範囲だからといっても、キリスト教の狭い枠内だけで研究発表することはできれば避けたいと思っていました。世俗の大学できちんと通用するような内容でなければ、特に日本のようなキリスト教人口の極度に少ない国では、独りよがりになる危険性があると、常に自分に言い聞かせていました。そのために、キリスト教批判の本は、学生時代から心して読んできたつもりです。

ところが、言うは易く行うは難し。どのような層に焦点を当てて、どのレベルで発表するか、というのは、いつも悩まされるところです。

関西在住の著名な某宗教学者は、私の書いたものを見て「バカ野郎!こんなこと、わざわざ書かなくても、誰でも知っているじゃないか!」と大叱責の葉書を寄こされました。余程ご機嫌が悪かったのでしょうが、その先生のおっしゃることは、確かに私でも承知済みなのです。先生が出版される聖書翻訳や聖書思想などの著作は、分厚く専門性も高度なのに、実によく売れるのだそうです。また、大学退官後は個人で講座もお持ちなのですが、予約がすぐに埋まってしまうほど超人気だとか。話術と学問上の業績がすばらしいということもありましょうが、人々が疑問に思っているキリスト教のあり方やその功罪などについて、ズバリと切り込むところが人気の秘訣なのだろうと思います。

このような碩学の存在をどこかで意識しつつ発表を準備すると、「なぜ聖書はそんなに翻訳を繰り返すのですか」という初歩的質問(?)が大先生から出されたり、「ちょっとぉ、自分は聖書のこと知っているかもしれないけどさぁ、こっちは誰がクリスチャンかもわからないんだしぃ、こっちがわかるようにぃ、聴く人が来て良かったな、と思うような発表してくれないとぉ、困るんだよな」と仲間内でひそひそ目配せされたことも一度ならず。かと思うと「お話はよくわかりました。ところで、そういう話と学問とは、どういう関係にあるんでしょうか」などと、実にありがたいガクモン的ご指摘を賜ったこともあります。

昔は、東大や京大のような非宗教的な国立大学でも、一般教養として、信者であるとないとに関わらず、聖書の講義が持たれていたと聞きますが…。しかも、講義室は満杯だったとか。講義の秀逸さと聴講者の質が、今とは比べものにならなかったのでしょうか???

いささか脱線しますが、東大の言語学者でもいらした無教会の故前田護郎先生が、次のように書き残してくださったことは、私にとっての大きな慰めです。

人前で話をしたあとで、体の疲ればかりでなく、心の不快や寂しさを感じることがよくあるものです。ある有名な西欧の哲学者は、講義の後で自己嫌悪に陥って、しばしば映画館に飛び込んだそうです。これは哲学者個人の思想を、多数の人々の間に通用する言語によって表現しようとする場合に起こる摩擦のためです。内容である思想がそれを表現する形としての言語とかみ合わず、話し手自身に違和感が生ずるのです。日曜に説教する人たちにとって、翌日はブルー・マンデイ(憂うつな月曜)であるといわれています。
わたくしも講義や講演のあとにいうにいわれぬ寂しさに襲われることがあります。それは上のような不満によるばかりでなく、聖書の真理を受け入れない聞き手が多くて暗黙のうちに反発されるときとくにそうです
。」
(『聖書愛読−ひとり学ぶ友に−』第133号 1975年(昭和50年)1月 p.1)

前田先生ですらそうならば、私なんて、まだまだ修行が足りません!喝!

とはいえ、聖書協会が「すべての人に聖書を!」「聖書は神のことばです」というスローガンを掲げてあちらこちらで聖書を頒布しているところにも、いささか問題がなきにしもあらず、です。他の宗教の人にとっては(え!うちは仏教/神道なのに…)と距離を置きたくなったり、「だってさぁ、聖書のどこが神のことばなの?特に旧約って、やたらわけのわからない戦いや殺し合いが出てくるじゃない?」と反発したくなったりするのは、私も同意できなくはありません。特に、紛争地域や自然災害で困窮状態にある人々に対して、「聖書をお贈りしました」などと報告される度に、(当事者のことをもっと尊重してよ!)という非難の声がしばしば聞こえることは、全くよく理解できます。聖書協会が新帝国主義的であると批判されているのは、上記の厳しい叱責を下された先生のご著書で、私も読みました。

その一方で、こういう協会の存在なしには、聖書翻訳事業がここまで進展しなかったであろうし、国と国の相違を超えた世界規模での協力関係の実現は、なかなか難しかったであろうという側面も無視できません。聖書翻訳によって、音声のみだった言語に文字が与えられ、文法書が作られ、辞書ができていくわけですから、世俗的観点から見れば「キリスト教に偏っている」と批判されようとも、そうでもしなければ、文字化もされず埋もれていったかもしれない言語だって世の中にはあります。もっとも、アカデミアでの言語学者の地道な努力を無視しているわけではありませんが、言語学者だって人の子、一つの言語のために一生を投じるためには、それなりのバックアップが必要なはずです。

つまりは、物事には両面あり、ということです。

私の立場は、聖書を学問的に批判的に多角的に読むという姿勢を保ちつつも、霊性や感性の上ではユダヤキリスト教の伝統に深く学びたい、というものです。そういう点で、日本国内においては、聖書協会の事業を一面ではサポートしつつも、そこに全依存せず、岩波の学者訳などの聖書に敬意を表しています。一方で、アジア圏、特にマレーシアやインドネシアのような途上国においては、地味な仕事が日の目を見ることが少ないだけに、日本の聖書協会を通して、その努力を支援していきたいと思うのです。

この続きは、また明日以降をお楽しみに....。