ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

パイプス先生とのお喋りから

フランス版シリーズ再掲。過去ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150413)掲載分と重なるが、その後、4月26日から5月6日(正確には、私よりも先の便で帰国されたので、前夜の5月5日でお別れ)まで共に過ごしたイスラエル旅行の間に、パイプス先生と交わしたお喋りから、追加事項を。

http://www.danielpipes.org/15657/us-israel-relations-strain
"How Serious the Strain in U.S.-Israel Relations?"
France 24
March 24, 2015
(10:44)

http://fr.danielpipes.org/15682/obama-gouvernement-iran
"Obama ne voit pas que le gouvernement de l'Iran ne change pas"
France 24
24 mars 2015
(11:11)

皆でぞろぞろ歩いている時、たまに何度か、パイピシュ先生の方から私に近づいて来られた。そこでチャンスを狙って、「『フランス24』の番組は、英語版とフランス語版ではニュアンスが違いますね?」とお尋ねしたところ、「トピックが違うから」とあっさり。内容が重複していることは事実なので、そこを突きたかったのだが、省エネタイプのパイピシュ先生、終わったことについて細かいことはおっしゃらない。その点は、いくら旅だといっても、徹底したプロフェッショナル精神と原則主義が旺盛なのだ。
「なぜ、フランスでは繰り返し、先生にオバマ氏について質問するのですか?」と尋ねると、「僕がアメリカ人だから」と胸を張って誇り高く一言。「でも、オバマ政権の問題は、国際ニュースです。日本の私だって知っている話です」と言うと、「あ、日本はねぇ、まだオープンだから。フランスはアフリカに関心があり、それほど開かれていない」とのことだった。
え、そうだったんですか?いろいろと突っ込みどころ満載の会話なのだが、やはり、スケジュールが目一杯の旅程の中、移動も大変だし、パイピシュ先生としても、極力、参加者35名に公平に接するよう心がけていらしたことと、私が独占すべきではない場であることは確かなので、あっさりと身を引いた。
もてる身はつらいですねぇ!

http://fr.danielpipes.org/15688/la-scene-contemporaine
La scène contemporaine
Radio J, Paris
23 mars 2015
(13:30)

このラジオ・インタビュー番組については、特に言及なし。イスラーム主義や反セム主義の動向に対して、冒頭で「楽天的」だと繰り返しているが、これがユダヤ思想の特徴であろうし、同時に、ユダヤ人が無防備な無邪気さを発揮してきた依り所にもなる点であろう(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070929)。

http://fr.danielpipes.org/15756/etats-unis-israel-relations-gelees
Etats Unis-Israël: Des relations gelées?
i24 News
28 mars 2015
(16:00)

1月頃、南仏を訪問した時に担当者と会い(ユーリ注:恐らくはこのコラム(http://www.danielpipes.org/15493/)の元となった訪問を指しているのだろう)、この鼎談討論をフランス語でやろう、という話になって、3月に実現したのだという。イスラエル向けなのか、と尋ねると、そうとは限らないとの由。しかし、2013年7月に開始されたこのテレビ番組はイスラエル発であり、本部はジャッファ港、テル・アヴィヴ、ルクセンブルクにあるという。使用言語は、英語、フランス語、アラビア語。ジャッファもテル・アヴィヴも、去る4月24日と25日に一人歩きで自由観察したので、今では懐かしい。パイプス先生にとっては、自分の庭の一つ?

フランス物は、ここまで。次は、イランの『プレスTV』について(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121117)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130116)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130124)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130128)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140715)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141105)。

メディア発言リスト(http://www.danielpipes.org/spoken/)から出演記録を抜粋すると、以下のようになる。

‘Islamic awakening across the Arab World’ April 10, 2011
http://www.danielpipes.org/9670/islamic-awakening-across-the-arab-world
‘Debate about possible war between Israel and Hamas’ November 12, 2012
http://www.danielpipes.org/12194/israel-hamas-war
‘Right wing hardliners gaining ground in Israel’ December 28, 2012
http://www.danielpipes.org/12412/israel-right-wing-hardliners
‘Debating Press TV - And Much More’ January 5, 2013
http://www.danielpipes.org/12438/pipes-crazies-press-tv
‘Interpreting the Israeli elections’ January 23, 2013
http://www.danielpipes.org/12487/interpreting-the-israeli-elections
‘Discussing Culpability in Syria on Iranian Television’ April 7, 2013
http://www.danielpipes.org/12710/culpability-in-syria
‘Saudi Ambitions in the Middle East’ August 8, 2013
http://www.danielpipes.org/13243/saudi-ambition-middle-east
‘Additional U.S. Sanctions on Iran?’ January 7, 2014
http://www.danielpipes.org/13921/additional-us-sanctions-on-iran
‘Debating the Morality of Israel & Hamas in Battle: with Hafsa Kara-Mustapha’ July 11, 2014
http://www.danielpipes.org/14580/morality-israel-hamas-battle
‘Dubious U.S. Mission in Syria’ September 27, 2014
http://www.danielpipes.org/14959/dubious-us-mission-in-syria
‘Assessing the Battle for Tikrit, and Beyond’ March 4, 2015
http://www.danielpipes.org/15587/tikrit-battle
‘Saudia vs Iran in Yemen - Rights and Wrongs’ March 29, 2015
http://www.danielpipes.org/15689/saudia-iran-yemen
‘Yemen: Saudi-style version of political solution?’ April 22, 2015
http://www.danielpipes.org/15782/yemen-saudi-political-solution

全部一応は見ているが、毎回、なかなか疲れる番組だ。
旅程半ばの夕食時のこと。まずは、旅の同伴クリアフォルダをテーブルに置き、ウェストポーチを椅子にかけて、自分の席を確保。ビュッフェのメニューを取りに行っていたら、何としたことか、パイピシュ先生がいつの間にか、その私の陣取り小物を勝手に脇に寄せてしまい、ご丁寧にもウェストポーチを隣の椅子にかけ直して、後から来たのにそこにどかんと座って食べ始めていた。つまり、お皿に料理を乗せて席に着こうとしたら、結局、いつの間にか私が押しのけられて、その右隣に座るはめになったのだ。(何だか、素朴なアラブ小作人から見たイスラエル建国初期の話みたい。主人に言わせると、「ユーリの荷物だってわかっていて、隣に来たかったんだよ、パイプス氏は…」。)
気を取り直して、その時、『プレスTV』の話を私から持ちかけてみた。
「先生、あの『プレスTV』、何とかなりません?あの番組は馬鹿げていて、私、いつも見て笑っています」。斜め前のオーストラリアの女性が「あら何、それ?」。私が「イランのプロパガンダ番組です」と口を挟んだものの、そこは早速、押しの強いパイピシュ先生が、自分で説明を始めた。「何年も前から、あの番組に出ないかって話があって、ずっと僕、拒絶していたんだ。でも、どうしてもというんで、一種の取引をして、出演することになったってわけ」。
今70歳になるという、そのオーストラリア女性は、旅の二ヶ月前に引退したジャーナリスト。アラビア語の"Al-Ahram"紙を英訳した経験の持ち主で、エジプトでご主人を亡くされたこともあり、同じくエジプト時代が中東研究者としての起点のパイピシュ先生とは、長い知り合いだという。
「あら、ダニエル。あなたって、なんてシャイなんでしょう?もっと早くから、それおっしゃってくださったらよかったのに…」。シャイというより、単に彼女が公式ウェブサイトを見るのを忘れていたか、メーリングリストをスキップしたというだけでは?そこで意を強くした私、「馬鹿みたいな話の進め方ですよね?ガチャガチャ喋って…」と。すると、思わず目を丸くして私を振り返ったパイピシュ先生。日本とイランの外交関係を知った上で、なおかつ私がはっきり感想を述べたことが、一種の驚きだったのだろうか?
ところで、参加を決心する何ヶ月も前に、やはり気になって、旅団メンバーの男女比率をメールでお尋ねしてみたところ、男性の割合が高い、とのことだった。「だから、女性比率を上げるために、何とかしてね」と、その時も押しの強いパイピシュ先生。結局、何だかかんだ言って、パイピシュ先生としては、私に来て欲しかったのだ。でも、参加者の手前、あくまで私の方が希望して来たという流れにしたくて、ぎこちなくクールを装っていたのだろう、というのが、じりじりしながら私の帰国を待っていた主人の解釈。
でも、それはわかる。中東の非専門家の私としては、依頼された訳文作成のために、もっと中東理解に確証を得たくて、一度は現場を見ておく必要があると願っていたのだが、それが本音であり建前であっても、他のファンクラブみたいな華やかな女性陣を考えると、私なんて誰が見てもアウトサイダー。ゴイ、つまり異教徒ですからね。
顔合わせの頃の会話を思い出すと、おもしろい。「いつからダニエルと知り合いなのか」というのが、参加者一人一人の背景と動機を試す定型質問だったからだ。
耳にした範囲では、最も古くは、9.11前後からの知り合いだという女性が一人。他にも、2005年頃から知っている、という女性もいた。暗黙の了解として、知り合い期間の長い方が、グループ内で有利な心理的立場を占めることができるが、ここまで来ることのできる人で、未亡人も何人か含まれていたために、女性陣の間では「私は彼と長い知り合いなのよ」という競い合いがあったことも、何となく感じられた。
もちろん、私の場合は何ら隠すこともないので、問われるままに「三年前」と返答するまでだ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120114)。パイピシュ先生の方にも、私に関する探りがあったようで、「インターネットで知り合った、と言っておいたよ」と平然としたもの。それだけでは納得しなかったコネティカット州の男性が、もっと探りを入れて、初日に会ったばかりなのに、わざわざ「あんた、マレーシアのリサーチしているんだろう?」と話しかけてきた。「あら?どうしてご存じなんですか?」と返答すると、「ダニエルが教えてくれたんだよ」と。
男同士の会話って、一体全体、何なの?でも、最後のお別れ晩餐会の時には、その男性が、私に関して合点がいって安心したらしく、近づいてきて「またな」と挨拶を。「じゃ、『来年はエルサレムで』ではなく、『来年は日本で』ですね」と私も肩をたたいて応答を。
しかし、私の方から、「なぜパイプス博士のツアーに参加したのか」「どうしてパイプス博士の活動を支援するのか」と尋ねてみると、誰もが一様に、「彼はスマート(聡明)だから」「とてもインテリだから」というのには感銘を受けた。要するに、返答の方もさすがに賢くて、日本で時折ありがちな「有名人だから」「お近づきになりたかったから」という浮ついた態度が、全く見られなかったのである。要するに、パイプス先生の大胆な知的戦略活動が強い魅力を放ち、親子二代、輝ける米国の知的ヒーローかつ頭脳戦士としての位置づけなのである(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141007)。
また、全員が必ずしも初めての参加というわけではなく、第一回目の2012年3月の試み「イスラエル系アラブ人理解の旅」(映像は(http://www.danielpipes.org/10836/middle-eastern-upheavals-immigration-israel)(http://www.danielpipes.org/11053/muslim-claim-to-jerusalem)、その旅の一つの結論を集約したコラムは拙訳(http://www.danielpipes.org/10907/)にある)、と昨秋の第二回目「キプロスの旅」(旅程調整のため、当初よりは遅れた企画。旅の途中のテサロニケ大学での講演映像は、インターネットでは見つかったものの、どういうわけかパイプス公式ウェブサイトには掲載されていない。その旅から得られたことを考察したコラムは拙訳(http://www.danielpipes.org/13593/)にある)のいずれかに参加したという数名もいらした。細かい点では、キプロスでの突如の予定変更で少し‘dissapointed’があったという人も約一名いたとはいえ、概ね、「とてもよかったわよ〜」という肯定的な感想だった。
一番奇妙かつおかしかったのが、カリフォルニア出身のシングル女性。年齢はかなりだと思うが、なかなかスレンダーでおしゃれさんだった。元モデルだという。スチュワーデスでもあったらしい。目の前ではとてもお化粧が濃いのだが、写真では結構映える。で、私のメモによれば、初日には確かに、「私はダニエルを長い間、知っているのよ」と皆に鷹揚に言って回っていたことになっている。「私は政治に興味があるの」と。そこで、(1990年代から国内外を飛び回って講演活動されていたパイピシュ先生のこと、ずっと昔に、どこかのエアラインの機内サービスなどで知り合って、話が弾んだんでしょうね)と思ったことまで覚えている。
ところが、最終日の翌日、チェックアウト前のゆったりしたエルサレムのホテルのロビーで、何とまた、その彼女に会ってしまったのだ。前の晩、ハグまで求められてお別れしたはずだったのに。こういう気まずさって....と思っていたら、彼女も気を取り直して、もう一度話しかけてきた。
「実はね、私、ダニエルの書いたもの、一本も読んでいないのよ」。
え〜!それはないんじゃないですか?これは、一応「事実直視のスタディー・ツアー」ということになっていますけど。「ホントに彼のこと、何も知らなかったのよ。イスラエルも初めてだし」。そんなぁ。大胆ですね。
「○○さん達に誘われたから、参加したの。でも、ダニエルは私にとても親切だったわ」。この先は聞かないことに。ここまで来ると、誰の言っていることが本当なのか、だんだんわからなくなってくる。
ウェブサイトで一年も前に旅企画を公表して、メーリングリストでも何度か案内を送って参加者を募集して、その挙げ句、こういう人も混じるんですからね。なかなかリスキーな試みではある。
その中で私なんて、ゴイであってもゴイなりに、中東の非専門家でありながらも、非常に真面目で前向きで、まずは健闘優等生かつ精一杯の理解者だったのではないでしょうか。
企画は準備が大変だし、人を募るのもドキドキものだし、治安確保も気になるところだし、日本基準では相当勇敢な試みだとは思うが、これが世界水準だという一事例として、ご参考までに少し。
ダニエル・パイプス先生について、いい加減に批判もどきの根拠の薄い悪口を書いていた日本人研究者による日本語文献(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121128)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130920)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140629)やネット記述(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130516)が幾つかあるが、彼の書くコラムや発言は、このように深く幅広い文献研究と定点観測を踏まえた長年(約50年)の現地観察と教育啓蒙志向を伴っており、かなり熟練した高度な能力および体力およびタフな神経を持っていなければ、安易なことは書けないし言えないはずだ、と私は思う。