自分の価値観を大切に
デニス・プレーガーの「プレーガー大学」なる一般向け啓蒙講座(4分37秒)を見ていたら、ペンシルヴェニア州立大学の男性講師がおもしろいことを言っていた(http://www.prageruniversity.com/Political-Science/How-the-Liberal-University-Hurts-the-Liberal-Student.html#.VAMQTP0cSdJ)。
第二次世界大戦後のアメリカでは左派リベラルが台頭し(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120811)、大学教員の9割がリベラル派(民主党)で、保守派(共和党)は1割だという。特に文化人類学や経済学や歴史学や哲学や政治学や社会学など特定の文系六分野には、その傾向が顕著である。つまり、大学とは左派思想の注入の場である。保守派学生は保守派のまま、リベラル学生はリベラル派のまま大学課程を経過していくが、その後に世の中に出てからの人生経験は、どのように評価されるか。脳の大きさを図示すると、保守派はキャンパスでは少数派であっても、多様な考え方に触れ、世の中に出てからも学んだことを自分でテストして軌道修正しながら人生行路を歩むので、脳が自然に拡大し、成長していく。一方、リベラル派はリベラル思想のみに触れて人生を過ごすので、保守派の考えを知らず、脳は成長せず、そのままの大きさだ。
こんな話を聞けば、大抵の日本人は(それは眉唾だろう)と無視するか、却下するかもしれないと想像される。ところが、この歳になって振り返ると、いささか単純化し過ぎのきらいはあるものの、実はその通りで、言い得て妙ではないか、と私は思う。
例えば、昨夜10時から12時までの99分間、NHK-BS1の“Wisdom”で中東の動乱や世界秩序の議論を放送していた。
(http://www.nhk.or.jp/wisdom/140830/theme.html)
ガソリン価格が高止まりしている。1リットル当たり170円に迫り、生活必需品の価格上昇にもつながる「オイルショックの再来」への懸念も出始めた。原因は泥沼化するイラク情勢だ。今年6月、イスラム教スンニ派の過激派組織が、隣国シリアにまたがる地域を制圧し、「イスラム国」の樹立を宣言。その影響が中東全体に拡大しているのだ。
背景にあるのはオバマ政権の「不介入政策」だ。去年、アメリカは、シリアのアサド政権打倒を目指して、武力行使を検討したが断念。アサド政権を擁護するロシアの仲介を受け入れ、結果的にアサド政権の延命を許した。そして、この決断はこれまでアメリカとともにアサド政権と対立してきた中東諸国の反発を招き、サウジアラビアはシリア国内の反政府勢力の支援を強化。それが、当時シリアで反政府活動をしていたスンニ派の過激派組織の勢力拡大につながった。
さらに、「イスラム国」の樹立宣言後もアメリカが介入を避け続ける中、イラクではクルド人も独立の動きを強め、国家分裂の危機に陥っている。「世界の警察」の役割から距離を置くアメリカ。国際社会への影響力を強めようとするロシア。そして宗派、民族対立の激化。イラク情勢は、まさに変動期にある世界情勢を映し出している。
分裂の危機に陥っているイラクに対し、中東で勢力を拡大する動きを強めているのがイランだ。イランは、同じシーア派のイラク・マリキ政権との関係を強め、過激派組織を掃討するために精鋭部隊「革命防衛隊」を動員。こうした中、イラクへの軍事介入に消極的なアメリカは、これまで核開発問題で対立を深めていたイランに接近し始めている。しかし、これは、サウジアラビアを始めとするアメリカの友好国から不信を買い、中東のパワーバランスを動揺させている。
さらに、イラク情勢は、中東の国境線を再編させる可能性をはらんでいる。「イスラム国」の目的は、第一次世界大戦時にイギリスとフランスなどが交わした「サイクス・ピコ協定」によって作られた国境線の破壊だ。当時のオスマン帝国をイラクとシリアなどに分断したこの協定による体制を破壊し、再びイスラム国家を統一すべきだと主張しているのだ。この主張はイラクの周辺国で支持を集め始めており、西側が定めた中東の地図は、いま、大きく揺らいでいる。
大きく変動する世界の情勢は、イラク問題にどのような影響を与えたのか?今後、中東地図はどう変わっていくのか?流動化する中東秩序に国際社会がどう向き合うべきかを、世界のウィズダムが議論する。
出演者は、以下の通り。
・[イラク] サーミー・ラマダーニー(イラク・アナリスト)
イラク生まれ。社会学者。イラク情勢と中東情勢について英国ガーディアン紙などで記事を執筆している。ロンドン・メトロポリタン大学で社会学の講師も務めている。1969年、フセイン政権時代に政治亡命。2003年のイラク戦争時には、アメリカの主導で制裁が加えられることと、その後の占領統治に反対する運動を続けた。
・[アメリカ] ナイル・ガーディナー (ヘリテージ財団 マーガレット・サッチャー自由センター所長)
対イラク政策、テロとの戦いやイランなど“ならず者国家”に対するアメリカ外交にイギリスなど同盟国が果たす役割について研究。さまざまな重要課題についてアメリカ政府への助言やアメリカ議会での証言をしてきた。また2002年からはイギリスのマーガレット・サッチャー元首相の外交顧問として2年務めた。FOX NEWS、CNN、BBCなど数多くのテレビやラジオに出演し外交政策を語る。また、ウォールストリート・ジャーナル、ロンドン・タイムズなどのアメリカやイギリスの新聞に数多くの記事を掲載。
・[フランス]ドミニク・モイジ(フランス国際関係研究所 特別顧問)
フランス国際研究所の創設メンバー。キングス・カレッジ・ロンドンの客員教授も務める。主な著作に「『感情』の地政学 恐怖・屈辱・希望はいかにして世界を創り変えるか」(2010年)。日本語を含む25カ国語に翻訳されている。フランスの新聞だけでなく、ヨーロッパの国際紙プロジェクト・シンジケートでコラムを持っており、米国のフィナンシャル・タイムズにも頻繁に寄稿している。
・[アメリカ]フアン・コール(ミシガン大学 教授)
中東の歴史、政治が専門。30年にわたって世界史の中でのイスラム世界について研究。中東の歴史・宗教を考察する自身のブログ「インフォームド・コメント」は世界中で広く読まれている。イスラム諸国に約10年滞在した経験を持ち、現在も定期的に各地を訪問。アメリカのテレビやラジオ番組にレギュラー出演するなど幅広く活動。現在、ミシガン大学の中東センター所長も務める一方、オバマ政権に中東政策を提言。著書に「新たなアラブ:新世紀世代がどう中東を変えるか」(2014年)、「イスラム世界との関わり」(09年)、「ナポレオンのエジプト ― 中東への侵略」(07年)など。
・[サウジアラビア]アブドルアジーズ・アルハミース (政治アナリスト)
ロンドン在住のサウジアラビア人ジャーナリスト、政治アナリスト。大学時代はメディアと国際関係、政治学を学ぶ。専門はアラビア湾での政治的イスラーム。英国の様々な大学でアラブメディアや中東問題について教えている。現在、イギリス初のアラビア語日刊紙「アルアラブ」(1977年創刊)の主筆を務める。BBCやアルジャジーラなど、欧米やアラブ諸国の主要メディアに多数出演しているほか、アラブ諸国の日刊紙にも数多く寄稿している。
・[インド]チンマヤ・ガレーカン(元国連事務次長 元インド国連大使)
インド国連大使を経て、1986年から6年間、国連常任委員を務め、その間、国連安全保障理事会の理事長を2度務めた。1993年、国連事務総長の任命で国連事務次長を7年務め、安保理では国連事務総長の代行も務めた。さらに事務総長の上級顧問として中東和平プロセスの特使を任命され、1997年からガザ地区に2年半滞在、2004年から2009年まではインドの特使として中東で任務を果たす。外交問題についてインドのメディアや国際メディアでも活躍。主な著作に「The Horseshoe Table: An inside view of the Un Security Council」(2006年)がある。
・[日本]藤原 帰一(東京大学大学院 教授)
東京大学大学院博士課程を修了後、フルブライト奨学生として米エール大学博士課程に留学。専門は国際政治、比較政治、東南アジア現代政治。千葉大学助教授、東京大学社会科学研究所助教授を経て、1999年から現職。主な著書に、「戦争を記憶する」(2001年)、「デモクラシーの帝国」(02年)、「平和のリアリズム」(04年第26回石橋湛山賞受賞)、「国際政治」(07年)など。日本比較政治学会元会長。
あまり面白そうではなかったので、普段からテレビを見ないこともあって(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091029)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20101015)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130814)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131002)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131213)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140315)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140804)、全部を視聴したわけではない。だから、ここに書く資格などもないのだが、一つ気になった点を記す。
アメリカなどの討論番組と異なり、さすがに温厚な調和志向の日本文化に合わせてなのか、どなたもゆっくりペースで落ち着いた発言を順にしていた。だが、ところどころ、隣の部屋から聞こえてくる音声をキャッチした範囲では、(今でもまだそんなことを言っているのか)と、いささかうんざり。要するに、長々と話していくうちに、要はアメリカのイラク戦争が引き起こした今の中東の混沌だ、という結論に至ったのだ。たまに(それなら聞ける)という発言が出てくると、実はヘリテージ財団からの発話だったりして(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120528)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120623)、やっぱり、と納得。
そんなことは、当のアメリカ自身がもう随分前に、ブッシュ政権近くにいた要人やシンクタンクなども、自ら詳細な考察論文を出して反省もしていることだ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140808)。かなり遅れた日本側のお膳立てで、何も改めて同じ結論を出さなくてもわかりきったことである。それに、イラク戦争開始だって、当のブッシュ政権側の内実としても、日本の一部で言われていたほど気楽にホイホイ始めた戦争でもなかったことは、各種の書籍から明らかにされている(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140213)。結構、苦渋の決断でもあったのだ。他にどのような選択肢があっただろうか。
問題は、アメリカのせいにしたままで終わらせるのでは、何ら解決に結びつかないという事態を、どう転換していくのか、である(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140809)。また、広く世界史の観点からこの現象を眺めた場合、どのような位置づけに現在の我々があり、この先をどのように考え、軌道修正していくべきか、なのである。
フアン・コール教授といえば、反イスラエル言説が飛び出すことで有名。もちろん、ダニエル・パイプス先生とは犬猿の仲(http://www.danielpipes.org/13358/)(http://www.danielpipes.org/13142/)(http://www.danielpipes.org/11530/)。これ以外に少し調べてみたところ、単にイデオロギー見解の相違で喧嘩になっているだけではなく、あまりにもいい加減なお気楽な発言を大学教授の立場でするからのようだ。日本語の訳書が出ているので、今回、NHK-BS1の番組に招待されたのであろうか。だとすれば、半官半民の立場であるはずのNHKが左派に傾いているという日本国内の批判は、見事に該当していることになる。
その他に、最近、殊更気になる点がある。日本の中東研究者が「アメリカやイスラエルなどの西側情報を鵜呑みにしないように」という意味合いの発言を、訓示として垂れているのだ。つまり、「バランスを取る」ために、アラブ情報・イラン情報・トルコ情報にも「目配り」(注:「気配り」ではない)せよ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131001)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131024)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140512)、との仰せのようなのだ。
これは、一見ありがたい教えのようであって、実は無理難題。それこそ、文字通りにその仰せを真面目に鵜呑みにして実践しようとしたら、時間ばかりかかって方針が定まらなくなってしまう。究極的には、何も言えないことになる。なぜならば、イスラエルを除く中東では、何かと陰謀論ばやり(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120612)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120618)。誰が本当のことを正確に発しているか、言論の自由が未発達で、部族社会が残ったまま宗教に雁字搦めになっている社会では、確認するだけでも一苦労だ。それに振り回されるほど、人生は長くもない。さらに、英国やフランスやイタリアやスペインやドイツなどの中東イスラーム世界との関わりの長さと深さと蓄積は、日本など、いつになっても追いつけないほど。アメリカは、同じ西洋由来の国として、戦後はしっかり主導権を握れたが、それとて西欧からは一段軽く見られる面もあり(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140704)、そこへロシアと中国などが入り込めば、もっと混沌とする。
ならば、とりあえずは、現実を直視し、国益重視の立場を明確にしている、アメリカやイスラエルの保守派の発信に軸足を置いた方が、効率の上でよいのではないだろうか。相手の立場がはっきりしていれば、日本と異なっていても調整しやすいからだ。そこへ、フランス語圏やドイツ語圏などの資料や情報発信も随時合わせていく。その後に、補足追加として、アラビア語やトルコ語情報が添えればよい。ペルシャ語の情報は、官製以外ならば、よいかもしれない。いかに、英語やフランス語での外部向け発言と国内向けの自言語発言が異なるか、知る程度でよろしい。少なくとも、自分の価値観や生活実感に基づく本音の感触と合致していることこそが大事で、無理矢理に、「目配り」やら「バランス」のために、信用ならない筋からの情報発信にまで手を広げる必要はないのだ。
ところで、パイプス先生のご両親は91歳と89歳とご高齢だが、ご加齢に伴う体の故障がある他は、それぞれに自立して、お二人でご一緒に暮らしていらっしゃるとのこと。精神面では全くお元気で、「これ以上望むことは何もない」とダニエル先生。
お父様は、ご子息のテレビ・ラジオ出演について何もコメントなさらないが、専業主婦として二人の息子さんを育て、かいがいしく教授夫人をなさってきたお母様は、さすがに典型的なジューイッシュ・マザーなのだろう、ダニエル先生の活躍ぶりを「誇りに思う」とおっしゃっているらしい。考えてみれば、動乱の学生運動時代に、すっかり孤立しながらも左派に染まらず、ご両親の真面目で賢明で勤勉な生き方をそっくり受け継いで、祖先とは異なる新たな国で自分の道を切り開いたダニエル先生。政治面でもお父様とほとんど同路線を歩み、かわいくて仕方のないご自慢の愛息子さんに違いない。
ありがたいことに、ご両親は私と喜んで会ってくださると、ダニエル先生が保証してくださった。それより何より、去る4月にメールで繰り返されたのもさることながら(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140508)、今に及んでも「僕は絶対に再会するよ」と。
いつになるかまだわからないが、本当に信じられないほど、温かく、親しくしてくださるパイプス先生。時を活かして用い、貴重な出会いを無駄にしないよう、心したい。