ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

事実に基づいて語る姿勢を

現在のトルコやエジプトのイスラミスト政権への反発から出る暴動や反乱を見ていると、必ずと言っていいほど、反ユダヤ言説(背後でユダヤ人が陰謀で操っている)という風評が蔓延していることがわかります。
昨日の「ユーリの部屋」(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130703)では、軍国主義時代の日本の朝日新聞が、枢軸国の同盟であったドイツとの関連で、親ヒトラー路線を張り、ひどい反ユダヤ言説を流していたことを書きました。
結局、ファシズムイスラーム主義や共産主義などに特有のイデオロギーの欠陥は、全体主義的であるため、たとえ経済が一見高潮のように見えても、内部では異なる立場や少数派の意見を封じることによって嘘偽りや誤りを見出すことが遅れ、気づいた時には大惨事になっていることが多い点にあるかと思います。例えば、現在のムスリム世界も中国も、イスラーム主義の勃興や共産主義政策に加え、広大な地域に多くの人口を抱えているため、問題が肥大化しやすいのです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20111221)。
最近、ダニエル・パイプス先生とのメール交換の際、自分で気づいたのは、大抵、社会的弱者の側が、その力量不足を補うためにイスラームに寄りすがる傾向にあるということです。

パイプス先生は、「1969年にこの分野に入って」徐々にイスラーム主義の拡大に気づいたと述べていらっしゃいます。この「1969年」は、学生運動をきっかけとして、世界的にも、パイプス先生ご自身の人生にとっても、岐路に立つ重要な年であります(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120113)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120115)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120131)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120507)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120515)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120904)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120917)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121117)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130405)。私自身の観察からも、現代イデオロギーの一つであるイスラーム主義の勃興に関して1969年前後を重視するのは、以下二つの特別な事例から理由づけられます。

(1)マレーシアの場合、1969年5月13日に主にクアラルンプールで発生したマレー人と華人の民族衝突事件を機に、ブミプトラ政策のみならず、イスラーム化政策によっても、徐々に社会経済的に劣勢にある側を引き立てる方向へ移行した。特に1979年のイラン革命後は、国民の過半数とのコンセンサスなしに、一方的にイスラーム法が急に増えていった。


(2)ムスリム同胞団の源泉は1928年に遡れるものの、1967年の六日戦争(第三次中東戦争)で圧倒的多数派のアラブ・ムスリム側がイスラエルに敗北したことによって、中東における各種のイスラーム主義(政治的イスラーム/戦闘的イスラーム/過激なイスラーム)が繁栄するようになったと言われた。

イスラームは、8世紀から10世紀ほどのアッバース朝時代に最盛期を迎えたこともあり、「過去の栄光」を取り戻そうとする上で、心理的にも精神的にも優位に立てるというわけです。また、その教義内容から、非ムスリムを差別して劣位に置く、あるいは、イスラームに逆らわない限りは無視して放置することが当然とされるために、力が劣っていても、政治的には優位に自らを位置づけられる特徴があります。
もちろん、人間社会の生存競争からすれば、実力を備えていない者が上位に立とうとすれば社会が混乱して崩壊するのは当然のことで、だからこそ、自己利益のために国際ルールを平気で違反する中国や、国に貢献してきたユダヤ系実力者を迫害するムスリム諸国が、複雑な問題を内包する地域だとされるのは、故あることでもあります。

私からダニエル・パイプス先生への問いかけメールの続きです。

「一般的に申しまして、世界のイスラーム史全体は、地域によって、スルタンによって、時代によって、イスラームの型や強調における変化が確かにあったことを我々に語っています。イスラームそのものは、政治拡大への基本的衝動を備え、本質的に宣教宗教ではありますが。」


「去る5月以来、何人かのアメリカの活動家達がなぜ突然、この特別なトピックについて、先生の見解を批判したり、言論で攻撃したりし始めたのか、不思議に思ってきました。ただ先生は、イスラームイスラーム主義の間の識別を何とか説明しようとされただけなのに。」


「呼称は確かに難しいと理解しておりますが、用語よりも現象そのものが重要です。そして、近年の頻繁なイスラーム関連テロが、西洋やムスリム諸国を危機に陥らせること、そして人々の間に懸念を起こしていることも、私は充分に理解しております。」


「なぜ、彼ら(突然パイプス批判を始めたアメリカのお仲間活動家達)は、この話題に関して、先生の昔の著述や分析を読み忘れているようなのでしょうか? なぜ、繰り返して先生の見解を批判する人々が時折いるのでしょうか?」

一応は、慎重に周辺を確認し、批判や反発についても充分に検討した上で、責任を持って自分の名前で翻訳を公表している以上は、何かをきっかけに突然降りかかってくるような余計な火の粉についても、気になる点は直接ご本人に確認しておかなければならないと考えたからのことです。

そのお返事。

「質問をありがとう。この人達は9.11のために目覚めた人々で、彼らが知っている全ては、それ以降の炎症を帯びたイスラーム主義なんだよ。僕は異なった見方をしている。30年前に出版した著述の一部を見てご覧。」
「金切り声は悩ましいけど、彼らは仲間なんだ。」

ということは、日本のイスラーム研究は、親イスラームであれ、反イスラームであれ、中立客観の立場であれ、後発組とはいえ、日本の立場としてはまずまずの路線を歩んできたことに、もっと自信を持っていいと言えます。
問題の根源は、パイプス先生が1980年代半ばにアカデミアにおけるイデオロギー見解の相違から大学を去ってしまわれたために(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120129)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120924)、その後、自ら立ち上げたシンクタンクの運営上、資金集めや、自分の声を広く世間に届かせる意図で、私から見ればいささか素人っぽいお仲間活動家達と一緒に行動していることです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120924)。だからこそ、活動路線としては同志であっても、学問的にはしっかりした根拠を持っているのではなく、ちょっとでも自分達と異なる見解がパイプス先生から出たと感じるや否や、裏切られたかのように感じて、途端に悪口の限りを浴びせてしまう傾向にあるようです。(だから素人だと私は思うのですが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130521)。)
お名前は挙げませんが、最近、英国入国を禁じられたという、女優さんのような風貌のユダヤ系女性や大衆向けのイスラーム本を書いたカトリック男性は、どう見ても、きちんとした学問的訓練やイスラームの深い学識があるとは思えません。確かに、本を書いてベストセラーになった力量は認めますし、毎日、一定の時間に世界中のイスラーム情報を集めてメーリングリストで流し続ける努力には、学ぶべき点があります。しかし、それこそ金切り声でわぁわぁ叫ぶようでは、こちらも引いてしまいますし、最初から(どうしてパイプス先生はあの人達と付き合っているのだろう?)と不思議でした。
アメリカ内部のイデオロギー対立を映像で見ていて、「相対化」「両論併記」のいかがわしさもますます痛感するようになりました。一見「公平」なようでいて、実は情報不足と知識不足の頭を混乱させ、方向性を見失わせ、中心性を曖昧にする操作に過ぎないからです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120521)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120929)。

https://twitter.com/ituna4011
1. Lily2 ‏@ituna4011 18s
戦争と平和 (2)』(新潮文庫トルストイ(著)工藤精一郎(訳) (http://www.amazon.co.jp/dp/4102060146/ref=cm_sw_r_tw_dp_rau1rb1VX73WB …)も合わせて届きました。


2. Lily2 ‏@ituna4011 1m
戦争と平和〈1〉』(新潮文庫トルストイ(著)工藤精一郎(訳) (http://www.amazon.co.jp/dp/4102060138/ref=cm_sw_r_tw_dp_x.t1rb0QAZWMJ …)が届きました。