ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

いじめられているキリスト教?

本日付の英語版ブログ“Lily's Room”(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20101115)には、OICに連なるムスリム諸国が、国連制度を通してイスラームムスリムに対する否定的言説を禁じていることの問題点を鋭く指摘した文書を掲載いたしました。ムスリム諸国のほとんどが、少数派の非イスラーム諸宗教を差別したり、イスラームでも公式に認可されていない派を許可しなかったりする一方、イスラーム関連の批判に関しては、いかなる種であれ非難を浴びせることは、広く知られています。残念ながら、穏健だとされるマレーシアも、例外ではありません。
この件で思い出すのは、8月末のあるキリスト教関連の会合でのことです。その昔、アメリカで組織神学の学位を取得され、私の発表をずっと聞いてくださっているご年配の先生が、別の先生に私を紹介するのに、「イスラムにいじめられているキリスト教のことをやっている人」とおっしゃったのです。そう言われて、温厚そうなその先生は、(まぁ、あれねぇ)というような表情で、ただにこにこされていました。最初の先生は、「最近、ヨルダンのクリスチャンの話も、別のところで聞いた」と付け加えられました。
私としては、「いじめられている」という表現を一度も使った記憶がないのですが、自分の参与観察も交えて、具体的な事例やデータを挙げて説明していると、ご年配の先生方にとっては、どうもそのように受けとめられるようです。確かに、マレー語訳聖書一つとっても、理不尽なことが長く発生しているのは事実です。そうであっても、「イスラームフォビア」と称して、被害を受けている側の口を封じる、といった風潮が皆無だとは言えません。なので、一見単純な問題も、動向の兆しが見えるまでに、相当長引くのです。改宗問題しかり、聖書問題しかり、です。
お目に掛かった時、「ようがんばってらっしゃる」と、その先生は言ってもくださいました。やはり、世代によって、おっしゃることも対応も違うんだなと、ありがたく思った次第です。