ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

アジアの貢献は自らへの挑戦

今日の朝日新聞夕刊に、すかっとするような興味深いコラムが掲載されていました。
「アジアの人権観」と題する「窓−論説委員室から」です。
今月初めに東京で開かれた第2回アジア国際法学会公開フォーラムで、「アジアの挑戦−多極化世界の法と価値」というテーマが議論されたのだそうです。記事によると、中国代表は「欧米の人権観の押しつけへの批判」を発言されました。東南アジアの代表者(どこの国なんでしょう?)も、「アジア流の紛争解決や考え方を、もっと国際法に反映すべきだ」と主張したようです。
ここまでは、予想された内容ですが、ここから先がおもしろかったんです。
ICU教授の最上俊樹教授は、「欧米への挑戦ではなく、アジア自らへの挑戦が必要だ」として、域内の人権保護を求め、沖縄の暴力否定の文化を発信すべきだと訴えたとの由。また、オランダの国際司法裁判所小和田恒所長も、「アジアと欧州の価値に対立や矛盾があるとの発想は正しくない」「アジアの挑戦ではなく、アジアの貢献が重要だ」とはっきりおっしゃったそうです。
記者は、そこから、90年代の「アジア的価値観」論争を「日本はやや距離を置いて眺めていた印象がある」と書いていました。

う〜ん、そこで私は考えてしまうのですが、沖縄の文化発信はともかく、アジア域内の人権保護の緊急性や、欧州との対立や矛盾を軸にアジアの挑戦とすることの問題性は、常々、マレーシアを眺めながら感じていました。ところが、アジア寄りの見解に与するタイプの日本人は、果たして本当に「距離を置いて眺めていた」かどうか、疑問に思うんです。どちらかといえば、マハティール流の欧米との対決姿勢を「アジアからはっきり物を言える人が出てきた」と賞賛していた人達もいたのではなかったでしょうか。マレーシア国内で、人権蹂躙が行われていた事実にもかかわらずです。
さすがに、国際経験豊富な知識人の発言は、日本人であっても、そこでアジアに安易にお追従せず、高い見地からはっきりと「アジア域内への挑戦」「アジアの貢献」を要求された点、指導者たるもの、そうこなければ、と思いました。

話はやや変わりますが、昨日届いた『みるとす』には、前号に引き続き、「アラブスクール」の外交官の中には視野の狭い人がいて、外国語研修期間に、「優等生であるがゆえに」留学先の思想に染まってしまい、すっかり職分を忘れて、相手側の主張を丸呑みしている人達がいるという内容が書かれていました。外交官として、それが果たして日本の国益にかなうかどうか、という観点から、中東の中では高度な民主主義が実践され、教授法も整っているイスラエルで、まずはアラビア語の研修をしてはどうか、それからエジプトなりシリアなりに行ってアラビア語に慣れるようにすれば、相対的な視野が得られる、との提案が添えられていました。
私見では、国益といえば、アラブ諸国との友好関係も必要なのですが、確かにバランスのとれた客観的な見識を持つ外交官の養成でなければ、大変危険だとは思います。手元にあるアラビア語の本を見ても、オランダ語やドイツ語や英語やフランス語などの教本に比して、例文が思想的に狭いような印象を持ちますので。ただ、昔むかしの外国人向けの日本語教科書も、未熟な点が多かったとは思いますから、あまり人のことを言えないのですけれども。
留意すべきは、これはノンキャリアの語学研修について述べているのであって、キャリア組は、語学研修後、英国か米国の大学で地域研究を行うのだそうです。よかった!

とにかく、「優等生だから」留学先の思想に染まる、という傾向は、何も外交官だけではないと思います。研究者だって、もしも初めてある国に行って、熱心に調査をしているうちに、すっかり相手側に染まってしまうことだってあるんじゃないでしょうか。私なんて、いつも迷いながらの前進で、葛藤の連続ですから、相手に染まる余地もなく、むしろ、その点では幸いです。
こうしてみると、この頃は、NHKでも朝日新聞でも、マレーシア事情について、批判的な角度からの報道も掲載されるようになったのは良い兆候だろうと思います。

カトリック・アジア・ニュース』最新号には、憲法とルクネガラの定義の再考から、マレーシア国内の発行物としてはかなり思い切った記事が載っていました。もう、我慢の限界、といったところでしょうか。編集長のO.C.Lim神父が心臓の手術を受けて、お休み中なので、どうやら私の友人が編集長代理として、張り切って書いているようです。当局から何年も警告書がたびたび来ているのに、めげない精神には、本当に敬服します。