ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

最期への心構えは幼児期に

キリスト教会は、できもしないことを語り過ぎる」と聞いたことがあります。
思わずムっとされましたか。でも、これは、マレーシアでの話です。
博士号を持つあるプロテスタント華人の方ですが、ある日、私に嘆息気味にこう言われました。「とにかく、昨今の教会は活動し過ぎる。カウンセリングだの、オーケストラだの、青年キャンプだの、伝道大会だの、国際決起大会だの…。疲れて休みたいと思っても、そのことで信仰をはかられてしまい、仲間内での圧力があるので、休むこともできない」「ある牧師夫妻は、あまりにも活発で、他人の面倒ばかりみているけれども、自分の子の躾や教育はほったらかしている。その結果その子は、教会に来ていない子よりもっと悪くなってしまうのだ」「だから私は口を酸っぱくして言っている。活動をいったんやめよ。落ち着いて机に向かって座り、聖書を開いてじっくりと読め、と。なかなか聞いてはもらえないが」。なぜそういう傾向にあるのかと尋ねると、「自分達が有能であることを示したいからだろう」との由。
その方は、他の理由も重なり、ストレスから不眠症にもなったため、結局、娘さんの留学先の英国グラスゴーにしばらくご夫妻で滞在して休養し、長い逡巡の末、私と会った時に就いていた責任あるキリスト教系組織の仕事を、辞職することにしたそうです。かつて私を乗せてくれたこともある立派な車も、ガソリン代が高くなったからと極力使わずに、長距離バスで移動しているとのこと。今は地方で、静かに目立たない仕事に専念されているようです。
このように、「マレーシアのキリスト教」と一口に言っても、その内実はなかなか複雑です。

神戸での白方先生を囲む談話会で見聞した話をもう少し続けますと、一言でいえば、人間模様のさまざまを知る良い機会だったという結論に落ち着きそうです。中には、「クリスチャンとして格好よく死にたい」とか「断末魔に自分をどこまでコントロールできるかが気になる」などという発言も聞かれ、重複しますが、(私って本当に世間知らずだったんだなあ。世の中には、実にいろんな人がいるんだなあ)と改めて思いました。
私なんて立場も地位も持たないし、小さい頃からスタイルもよくないし、多々ご迷惑をかけながらここまで来たのだし、(まあどうなっても仕方ないなあ)と思っているので、他者が自分の死に際をどう思うかなんて、ほとんど考えたこともありません。少なくとも、間際にはいろいろな方々にお世話になることだけは確実なので、最低限なすべきことだけは自分でして、きちんと感謝できればいいのだけれどと、思っている程度です。それ以外、それ以上のことは、考えても心配しても仕方がないのではないでしょうか。

子どもの時、母方の祖母が「自分のお葬式に、どれぐらい多くの人が来てくれるか心配だから、元気なうちに誰にも愛想よくして、友達をできるだけたくさん持つように心がけている」とよく言い、ついでに私に向かって「友達が少ないんじゃない?もっと増やしなさい」と説教しました。ちなみに父も、マレーシアから帰国した直後の私に、「日本にいなかったのだから、年賀状が一枚も来なかったんじゃないか」と言ったことがあります。それを聞いていつも感じていたのは、(そういう人生だけは歩みたくない)という反逆のようなものでした。つまり、自分を中心に人を利用するような利己的考え方をしていたら、結局は自分に跳ね返ってくるのではないかということです。
おかげさまで、多忙な現在では、簡素なお葬式が好まれるようにもなり、義理や見栄で盛大な葬儀をするよりは、「香典はご辞退いたします」という方も増えてきました。いわゆる社会的地位の高い方に、むしろそれは目立つように感じられます。確かに、ご遺族の負担の方が大変ですからね。
主人の方は、同居の祖父母と父を既に亡くしているので、もっと現実的に考えています。「死ぬ時には意識がなくなるのだから、誰が何人来ようが自分にとっては構わない。ただ、常識的に考えて、これまでお世話になった人々に対して失礼のないよう、すべきことはしなければならないな」と。主人の父の時には、思いがけず、会社の同僚の方達も結構来てくださったそうで、その時のうれしかった気持ちの方が忘れられないそうです。
こうして考えてみると、名古屋人は、やっぱり見栄っ張りなんでしょうか。
ところで私は、名古屋市内のカトリック教会経営の幼稚園に通っていました。園長先生はいわゆる白人で、シスターにも白人の方が何人かいました。皆、丁寧過ぎる敬語の日本語で、私達に話しかけてくださったことを覚えています。広大な敷地にお聖堂と幼稚園の教室が整然と建てられていました。ちょうど第二ヴァチカン公会議直後でしたので、躾は厳しかったものの、清新で生き生きした雰囲気がみなぎり、あの頃としては進歩的な幼児教育を施されたように思います。三つ下の妹の時には、さらに先進的な教育が工夫実践されていました。それもそのはず、教育修道女会が関与していたからです。
今その教会付幼稚園がどうなっているかと言いますと、数年前に見た当該ホームページによれば、幼稚園そのものは続いているようですが、沿革説明の後、「当初の教会の使命はその役割を終えたため、現在では、地域社会における高齢化社会社会福祉事業に力点を移行しています」とのことです。
話はいささか脱線しますが、プロテスタント系幼稚園の方は、閉鎖が相次いでいるようです。無牧教会も増えているので、そもそも牧師兼園長先生のなり手がいなくなったり、少子化などで園児募集が停止になったり、近くに公立のよい託児所や保育園などができると、そちらに流れていったり、という状況だそうです。同じようなことが、仏教系幼稚園でも発生しているのでしょうか。
これは全くの私見に過ぎませんけれども、あえて比較するならば、幼児教育や初等教育カトリック系の方が総じて優れていて、高等教育はプロテスタント系の方が平均的にはよいと聞いたことがあり、一部に例外もあるとはいえ、概ねそのような印象を私も抱いています。(と言ったら、ものすごい形相でにらみつけてきた牧師がいました。後で調べてみると、その牧師の前任地の幼稚園が閉鎖されたからだとわかりました。)
しかし、物事には何事も理由があります。地域差も大きいとは思いますが、私の見るところでは、プロテスタント系幼稚園では、どういう教育方針なのか、よくわからないことが多いのです。「神様に愛される子どもになりましょう」「神様はいつも私達と共にいらっしゃいます」という標語を見かけたり、とにかく遊びの中で子どもを育てる方針だと、園長兼牧師から聞いたことがあるのですが、正直なところ、もし本当にそれだけならば、自分の子はとても通わせられない、と感じたことがあります。カトリック系幼稚園の方はと言えば、なんとか通えそうな範囲内では、モンテッソリ教育を導入したり、シュタイナー教育を一部取り入れたりしているそうで、モラルや躾がしっかりしている様子でした。そして、事前に説明会があり、見学もさせてもらえるところがありました。なので、当初は、多少自分の仕事や何やらを犠牲にしてでも、できれば子どもはそういう所に入れたい、と考えていた時期があります。
結局のところ、牧師として聖書や神学の勉強をして、使命感もお持ちで子ども好きであったとしても、本当の意味で幼児教育の専門家ではないならば、安心して自分の子を預けるわけにはいかないのです。
高度経済成長期以前ならば、キリスト教会付属幼稚園は、アメリカなどの援助もあり、近代的で信頼できる安心感があったかもしれません。しかし、現在では高等教育でさえ、ミッション系学校への海外資金援助はとうに打ち切られたと、ある文献で読みました。その理由は、「豊かになった日本は、もう自力でやってください」「ここまで我々が援助しても、日本のキリスト教は人口が増えないので」ということらしいです。それが本当だとしたら、もしかしたら、さまざまな面での依存体質が日本側にあったのかもしれません。例えば、教会に来ている父兄の子弟なら、当然うちの教会付属の幼稚園に来るはずだ、と内心安穏としていたとか、かつてのイメージによりかかって創意工夫を怠ったとか、など。
派生的な余談ですが、伝統的な教会に所属するご年配の女性と話していると、教会内では「私は娘を○○に入れました」「うちは代々◎◎の卒業生です」ということがステータスシンボルになっていることに気付きました。もちろん、これらの学校は、すべてキリスト教主義とかミッション系学校として名を馳せているところです。私などは、家族全員、国公立しか経由していないので、その点、本当に肩身の狭い思いをしたものです。信仰的な家族だということの誇示なのか、あるいは金銭的に裕福な家系だということを意味しているのでしょうか。しかし一方で、もしも学力重視の価値観で進学先を決めるのであれば、キリスト教系学校以上の優秀な学校は日本に数多くあるわけですから、その場合の「教会内ステータス」は、いわば外面的なものとなりはしないでしょうか。実際、「娘をクリスチャン学校に入れました」とおっしゃった方の娘さん自身が、私の前で、「私、信仰なんて持ってへんし」と言い切ったのも同時に経験しました。
ともかく、お見合いの条件として「○○校出身の娘さんをぜひ」という話も、昨今はとっくに聞かなくなってしまいました。世の中に出たら、やはり実力勝負ですからね。若い世代ほど、そういう世の潮流には敏感です。
とすれば、教会には、宗教一般のならいとして、世の流れに逆行する保守的体質が温存されているのでしょうか。

それはそうと、私自身は、あの時期のカトリック系幼稚園で育ったことを非常にラッキーだったと思っています。テレビや写真で拝見する限り、カトリックの修道女は、左手を右手の上に重ねて座る習慣があるようで、かしこまった時には、今でも私もついそのようにしていますが、これは幼稚園時代の躾によるものです。(ただし、茶道を習った時には、逆だったようです。師匠や流派によるのかもしれませんが。)また、当時は、文語訳の祈祷を幾種類か丸暗記して、毎日幼稚園でひざまずいて何度かクラスで唱和していたので、今でも文語訳が大好きですが、これは大人になってから特に助かります。ほんの4,5歳の子どもに対して、容赦せず文語訳を与える教育を、私は尊敬します。暗誦祈祷の一部「いまもりんじゅうのときもいのりたまえ(今も臨終の時も祈り給え)」のおかげで、「生」と表裏一体である「死」に対する備えや心構えが、幼稚園時代から身についたのですから。

「神様は愛してくださいます」「神様はいつも共にいらっしゃいます」という抽象的な教えだけなら、仏教系幼稚園の方がはるかにしっかりした教えと躾を実践されているのではないでしょうか。キリスト教系幼稚園閉鎖を嘆く間に、もっと実地調査と研究をされてはいかがかと思うのですが。