ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

内田光子さんの三度目の演奏会

昨夜は、内田光子さんのピアノ・リサイタルを聴きに西宮の芸文センターへ。チケットは酷暑だった7月に入手しておいたものである(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20180717)。
今回は、オール・シューベルトソナタ三曲。会場はほぼ満席で、盛大な拍手にスタンディング・オベーション。髪の毛を掻き上げ、はにかんだ笑顔に深いお辞儀が、トレードマークのようだった。最後のカーテンコールでは、投げキッスで終了。

20分の休憩時間にはCDを買い求めたが、非常によく売れていた。サイン会はなく、CDを購入した人にはサイン入りの白いカードがプレゼントされていたが、私の眼の前で、カードが終わってしまった。

内田光子さんは、これで三度目(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%C6%E2%C5%C4%B8%F7%BB%D2)。最初は、2014年4月9日にカーネギーホールhttp://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140509)。次が約二年半後に、大阪のシンフォニー・ホール(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161104)。そして、今回は、ちょうどその二年後の同日。昔は敷居が高くて、これほど演奏会でお目にかかれることになろうとは、想像もしていなかった。
舞台衣装は、色違いでいつもと同じ定番のスタイル。黒のインナーに天女のような透明感のある青色の上着だった。靴は白っぽい銀色でスポーティーな感じのもの。
衣装は「三宅一生のデザイン」だと、今年5月末に来京された豪州の二人の女性が私に教えてくれたが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20180626)、本当だろうか。ちなみに、この二人は、内田光子さんのことを「天才だ」と褒め称え、「日本人の音楽家は、本当に心から音楽を楽しんで演奏しているけれど、中国の音楽家(特にランラン)は、名声のために演奏している」とコメントしていた。

《2018年11月5日ユーリ追記:過去のブログでも記したが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140516)、この豪州女性二人との会話でも、偶然にも私が当時触れた話が出たことを思い出した。すなわち、「天才だ」というのは、「ミツコ・ウチダは、私達西洋人が真似できないような解釈でピアノを演奏するからだ」と。古典音楽そのものは西洋発祥で、「技術だけならば、東洋人でも誰でも訓練次第で弾けるようになる。でも、その解釈と実演は、訓練だけでは不可能である。あの人には、それができる」と。そこで私が、「内田光子さんのインタビューは、日本語だとやや物足りないけれど、英語やドイツ語ならば、知的で哲学的で興味深い」「でも、あるインタビューで『自分の基底に日本があるから』とおっしゃっていた」と言い添えた。》

二人のうち一人は(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/archive?word=Ida+Lichter)、若い頃、ピアニストを志していたそうで、アシュケナージキーシンとも親しく、著書にその旨記されている(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160622)。
まるで私とは雲泥の差なのだが、同じ親イスラエル派だということで、ありがたくも京都を二日間、案内させていただく機会に恵まれた。
今月はキーシンも来阪するが、その時には、彼女の「著書を持参してサインをもらうように」とお勧めがあったので、できるかどうかはわからないが、楽しみにしている。

さて、内田光子さんに戻ると、舞台ではメガネをかけていらっしゃったが、私は二階のバルコニー席で、背中と指使いがよく見える位置だったので、詳細はわからない。とにかく、最初から最後まで、ぐいっと引き込まれるような演奏で、薄命に終わったシューベルトの儚げで脆くも透明感溢れる旋律が、いつもながらの哲学的な解釈と繊細かつ大胆なテクニックで美しく響いていた。
小学生の頃、ドイツ映画だったか、シューベルトの伝記風の白黒フィルムをテレビで見たことがある。生計を立てるために学校で教えていても、ふとメロディが思い浮かぶと、そのままカフスに楽譜をサラサラと描いて、生徒達に笑われているようなシューベルト先生だった。
31歳で死去ということは、習っていたピアノの楽譜にも書いてあったが、気がつけば、自分は遥かに長生きをしている。そのような時代背景も、今回の演奏を聴きながら考えさせられたことであった。

芸文へは何度も来ているが、これまでと違って、今回は到着時間が半分以下で済んだ。つまり、西宮に近くなったということである。
早いもので約一ヶ月以上が過ぎたが、クラシック音楽のコンサートホールに近い距離の地域は、文化にも刺激がある。人々が都会風で、よろずテキパキと物事が進むのが心地よい。まるで昭和60年代の頃の名古屋に近い感覚がある(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20171114)。
(余談だが、先日、生け花展を見に行ったところ、天皇皇后両陛下が記念に植樹された場所だけあってか、非常にレベルが高く、何と小学一年生から出品している子供達が何人かいて、びっくりした。そういう習慣が、この街には存在するということなのだろう。また、この土地独自の流派があって、それはモダンで豪華な活け方であった。)
結婚後、20年と10ヶ月居住した以前の町は、京都文化圏の端に位置し、古代からの歴史文化が素晴らしく(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20171114)、自然環境と名水にも恵まれ、良い土地柄ではあった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070902)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20180624)。だが、残念ながら、コンサートホールは地域の趣味レベルであって、世界水準の芸術家の演奏が披露されるというわけにはいかなかった。但し、住民にクラシック音楽の「通」がいたことは、NHK-FMの『クラシック・リクエスト』で、私も含めて少なくとも三人、町内の人が朝岡聡さんに紹介されたことから、明らかである(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071003)。
今ではどちらの土地も甲乙付け難く、自分の人生を重ね合わせるのみであるが、少なくとも、ここに住んでいる限り、演奏会に通う時間が短縮されて楽になるだろう。
着物姿の女性も何人か見かけたが、会社帰りの人や、普段着で来ている人も多く、私の子供時代に比べて、気軽にクラシック音楽を堪能する層が、確実に増えているとは言える。全般的に、耳が肥えたのだ。但し、子供達や若い学生層をあまり見かけないのは、相変わらず残念なことである。

プログラム


第4番 イ短調 D.537
第15番 ハ長調 D.840
第21番 変ロ長調 D.960


アンコール:シェーンベルク『3つのピアノ小品 作品11番』より

第21番が最も有名だろうか。私の好きな曲でもある。

購入したCDは、「来日記念盤」として、シューベルトのピアノ・ソナタ六曲を収録したもので、なんと三枚入りだった。上記の三曲の他に、第7番、第14番、第20番が含まれている。但し、録音は1996年から2001年にかけて、ウィーンで行われた。