ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

トルコ経由のイスラエルの旅

今日も池内恵先生を部分引用。

https://www.facebook.com/satoshi.ikeuchi?fref=nf


・「トルコに対策本部を置かなかった=失態」という議論をする人がいるが、それは無知。信じている人は、ちょっと可哀想な人だなという気がする。


・「トルコを頼ればよかった」「トルコの方式で」という人は、要するに中田考さんとかを逮捕して無期懲役判決でも出した上で捕虜交換をすればよかった、と言っているわけである。世の中には魔法の杖はない。


・宮家邦彦さん:対策本部は、極端な話、どこに置いてもいい。
大野元裕さん:ヨルダンに本部を置いて、トルコのシリアの国境に近いところにも拠点を置ければベスト。
これらが妥当な線で、これ以外に言うことなどほとんどない。


・そもそもアラビストとして、イラクとシリアの集団を相手にするのに対策本部がトルコでは難しい、イスタンブールアンカラでは遠すぎる、国境付近は辺境の地でインフラに乏しい、といった事情は初心者でもわかる


・それこそ中田孝(ママ)さんや常岡さんのような人たち(よりももっと怪しい人たち)を1000人ぐらい機密費で養って、競って情報を取って来させるような国になるのだが、それでもいいのだろうか。



Satoshi Ikeuchi:どの政権や政党を支持しろなどと私は言っていない。ただ、言葉を使う人は、人様に何かを言う人は、「恥を知れ」ということ。
M・F:今回あくまで常岡氏らの協力を拒否したようになったのはどのような動きなんでしょう。
Satoshi Ikeuchi:役に立たないと判断したからに決まっているでしょう。人質が増えるだけです。
Satoshi Ikeuchi:こんなの特定秘密でもなく常識です。ただ、「ブライバシー」には関わるかもしれないので役所は言いませんよ。日本の役所は普通の人よりは人権遵守です。でも私は発言している人については、役に立たないでしょ、と言われてしまうことはやむを得ないことだと思っていますのでこう書きます。

(部分引用終)

下方の会話もどきについては、思わず大笑い。素人漫才みたい。
時々私は、池内氏が誰を想定して、どの階層に働きかけているのか、わからなくなるのだが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140613)、なんだ、そういう単純な話なのか、と。「草むしり」とおっしゃっているが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150218)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150219)、何ともお疲れさまなことだ。
一般家庭の我が家でさえ、N氏がメディアに登場した段階で(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141010)、「いくら落ちぶれた日本でも、政府はそこまで馬鹿なことはしないだろう」と言っていたのだ。

そのトルコについては、過去ブログを参照のこと(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071008)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20101011)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20111009)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130214)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130628)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130718)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150106)。
また、パイプス先生の著述から、トルコ関連の拙訳一覧をどうぞ(http://www.danielpipes.org/topics/41/turkey-and-turks?language=25)。全部で32本と計上されているが、特に(http://www.danielpipes.org/14498)(http://www.danielpipes.org/14838)(http://www.danielpipes.org/15271)に注目を。

4月下旬から5月初旬にかけての時差と航路を含めた16日間(つまり約半月!)の中東の旅に関して(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150511)、当初はエールフランスとオランダ航空を考えていたのだが、途中で好奇心が優って、急遽、初めてトルコ航空を利用することに決め、イスタンブール経由でイスラエルに飛んでみた。帰路も同じ。
そのため、トルコの現状などの上澄みに、ほんの少しだけ触れることができた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150521)。実は「行きはよいよい帰りは怖い」の童謡さながらに、帰路が予想に反して大変だったが、一方で、リサーチャーのはしくれ観察としては、思いがけずメッカ巡礼集団との遭遇など、タイミングが実に有意義だった。
トルコは、やはりムスリム国なのだ!こういう時、過去25年に及ぶマレーシア経験が非常に役に立つ。
その感触は、既にパイプス先生にも短くお伝えしてあるが、こちらの実情以上に、親身な慰めというのか、とても同情してくださり、そこがパイピシュ先生らしい温かい心根や共感能力の高い人となりを表していると思った。
このトルコにまつわる話は、提出が遅れているパイプス訳文の見直しがあるし、学会宛原稿もあるし、家事の片付け物もたまっているので、中途半端で申し訳ないが、今日のところはイントロ程度でお許しいただければと思う。今後の展開をどうぞお楽しみに。
話は少し逸れるが、旅団のメンバー間で、どのような空路で来たか、ということも、旅の初め頃には、自己紹介がてら、食事の時によく話題に上っていた。
皆の手前、マレーシアをリサーチ・テーマとしている日本人だと、パイプス先生は紹介したかったようなので(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150513)、旅団メンバーもそれに合わせるつもりだったのか、「シンガポール航空シンガポール経由で来た」などと言った人もいたが、私の方がびっくりして「南回りですか?それでは遠いのでは?」と返答すると、「いや、本当は欧州系の飛行機で、フランクフルト経由だったのだよ」と言い直していらした。または、お子さんなどが各国に居住されているので、その家を宿代わりに、乗り継いで来たと言っていた人もいた。または、エミレーツ航空アブダビ経由で来たとも、小耳にはさんだ。
名刺を交換しなければ、お互いの住所は知らないことになっているので、どこまでが冗談なのか、よくわからない会話だったのだが、こういうことは文化の違いとして、仕方がないと割り切っている。自分から嘘をつかない限り、後は背伸びをしたり、詮索したりしない方がいいのだ。
なんせ、アメリカ(東海岸と西海岸と南部その他)、カナダ(オタワなど)、オーストラリア(シドニーメルボルンなど)と、地理的距離に幅がある。時差もまちまち。パイプス先生の広範に及ぶ言論活動(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150511)をウェブ上で辿っていれば、充分に理解可能な範囲ではあるが、日本だと「もし事故が発生した場合、旅の主催者が責任を追及されても困るから」ということで、一緒に出発して、一緒に帰国するのが常識となっている。これは、安全第一という日本の習性から納得できるし、日本の旅団ならば、私も当然それに従う。
今回の事例は、初の特例経験である。
とはいえ、旅行企画そのものは、一年前の2014年4月中旬に発表されたし(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140508)、その後、6月頃に再度の案内があり、私からも治安面などの質問を送った(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140606)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140614)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150525)。それでも即答したのではない。申込みの締切日はいつかを尋ねて、「では、様子を見てよく考えて、その頃、もしかしたら申し込むかもしれません」とのみ返答をしただけである。最終的には、ギリギリ2015年2月下旬まで、参加意思表明を控えていたのだった。「よし」と決断して、手続きを取った途端、「あなたは幸運です。もう閉めるところでした」と言われた。
特に、場所が動乱の中東地域なので、現地に関する情報収集も、早くは8年前から、近くは3年前から、具体的に日英両言語で、毎日のようにニュース報道や、信頼する専門家の分析を複数読み(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150514)、関連文献に目を通し(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140306)、映像クリッピングを眺め、頻繁にパイプス先生とも訳文提出がてら連絡を取りつつ、最終決断をしたのだ。
だから、旅そのものは約半月であったとしても、水面下の知的準備は、それほど単純ではなかったと言える。ましてや、観光ガイドブックなどには一切頼っていないし、普段は忙しくてテレビなども見ていない。
これが私のやり方である。
ところで、昨日のニュースによれば、テル・アヴィヴなどは気温が42度だとの由。そこで、最後に昨日と今日付のフェイスブックから部分転載を。

https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima)。


・約一ヶ月前にテル・アヴィヴに滞在。タイミングはバッチリ!本当に恵まれた期間でした。


・普段からゲートストーン研究所の論考には目を通していますが、たった今、パイプス先生から緊急に以下の論考文が回ってきましたので、特別サービスで、フェイスブックのお友達にもお福分け(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070708)いたします。


http://www.gatestoneinstitute.org/5813/temple-mount-incitement


これによれば、先月下旬から今月上旬にかけての私のイスラエルの旅は、気候も安全面も、振り返れば、全てが見事に守られて恵まれていたことがわかります。現地にいた時には、当たり前のように普通に動いていたので、後になって、その意味の深さが判明することが多いのです。


まさに奇しき業ですが、普段の丹念な情報収集の積み重ねと、自分と価値観が合う人との信頼できる人間関係の構築が重要だとわかります。そして、決して無理をせず、自分の能力と気質の範囲内で動くこと。根拠なしに、知らないことを憶測で書いたり言ったりしないことも...。

(転載終)

ゲートストーン研究所については、過去ブログの引用リストを(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/archive?word=%22Gatestone+Institute%22)。
このように、自分が確かに身を置いた場所で、その時は平穏で何事もなかったようであっても、突然、デモや騒動が発生することが、神殿の丘周辺のみならず、テル・アヴィヴでもある(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20150519)。イスラエルのみならず、マレーシアの首都圏でもそうだが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120429)、だからこそ、あらゆる角度からの情報収集を普段から念入りに、ということである。何事も、甘い観測は厳禁である。