ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

正確な事実と専門に依拠して

とまぁ、男性のネクタイ文化についても暗黙の常識というものがあり(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130211)、むしろ一般社会では、そのような機微を察知してうまく実践できるかどうかが勝負ということが多いのではないでしょうか。それをクリアした上で、各専門の主張や見解の相違について、同じ土俵に立って議論し合えばよいのであって、常識的基準さえ守れないのに「自分と意見や立場が違うからあいつはダメだ」という決めつけがあるとするならば、それこそ危険ではないかと思うのです。
また、ダニエル・パイプス先生の「イスラーム主義には断固反対」には、それ相応の充分な理由づけがあり、何よりも、ユダヤ人、シオニストイスラエル国家の存続そのものが危機に陥りかねない状況が現存するならば(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20130128)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20130129)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20130211)、まずはそこに焦点を当てて言論で厳しくストレートに抗議し、一般へも啓蒙して広く賛同者を得るという手法も、一つの方法です。何も、アカデミアの重鎮として立派な肩書きの上に座っているばかりが、発言力を増す方法だとは言い切れません。その意味で、パイプス先生が、9.11以降、純粋な学究人からコラムニストに転向されたことは、私個人としては残念ですが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120623)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121011)、一般社会への発信という意味で柔軟であり、さすがはニッチを見つけてそこで頑張るユダヤ式知恵の発揮だと思わされます。
ただし、アメリカのようにイランと外交を断っている国と、アメリカの同盟国ではあるけれども、イランとは技術経済援助と石油問題で交流がある日本とでは、スタンスが微妙に異なってくるのは、多少やむを得ないことです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130112)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130115)。しかも聞くところによれば、高位聖職者も含めてイランの人々は、日本がかなりお好きだそうです。せっかく相手がこちらに好意を示してくれているのに、それを無下に断るというのも外交上は賢策とは言えず、少なくとも公のパイプは維持するというのが妥当でしょう。ただし、一般国民としては、公の情報のみならず、異なる見解に自由に広く接して、自分なりの立場を固めておくことは、これまた現代に生きる者の必須要件だと思われます。

前置きが長くなりましたが、イスラーム主義について、マレーシアの事例から私が直接経験した最近のトピックを挙げましょう。
恐らく、余程の事がない限り、マレーシアでイラン式やサウジ式の厳格なイスラーム主義やエジプトのような混乱状態へと導いたイスラーム主義の台頭が、ここ数年の内に断行されることはないだろうというのが私の見立てですが、しかしながら、普段からおさおさ怠りなく情報収集と現地分析に触れておく必要はありそうです。ただ、個人として、イスラーム主義の人達も、非ムスリムで私のような研究テーマを続けている者にさえ、礼節としてすべきことはきちんとしてくださるということを、今日はお伝えしたいのです。
ことは先月に遡ります。1月9日付英語ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/20130109)をご覧ください。
話を簡単に申しますと、第二次世界大戦中のマラヤ強制労働に関する被害者への補償金がマレーシア政府と日本政府の間でどのように処理されたかを巡るちょっとした騒動です。
当時のシャムとビルマ間のいわゆる「死の鉄道」と呼ばれる悪名高い強制労働に、3万人のマラヤ人(6割がマレー人、2割がインド系、1.5割が華人、0.5割がその他)が関与したが、それに対して、日本政府が1990年代にマレーシア政府へ支払ったという補償金2070億リンギ相当をまだ政府が確保しているのかどうかという疑念が、ペラ州の元知事Mohd Nizar Jamaluddinから持ち上がり、それをマレーシアのイスラーム主義政党PASの機関紙“HarakahDaily”が報道しました。もし、その計算が正しいならば、推測では各家庭は少なくとも300万リンギを受け取っているはずだというのです。

クアラルンプール在の日本大使館の二等書記官は、当然のことながら、公式書面をファクスで送ることによって否定しました。送信先は、“HarakahDaily”編集長のAhmad Lutfi Othman氏と、私が頻繁に英語ブログで引用している、何年も購読中の『マレーシア・キニ』でした。特に、書記官はPASの1月3日付‘Embassy confirms huge compensation paid to Malaysian government’と1月7日付‘Embassy clarifies report on death railway’に言及されたそうです。
その上で、第二次世界大戦は「不幸な出来事」であり、戦後補償に関しては、1952年のサンフランシスコ条約で充分に最終的に解決されていることを述べました。さらに、日本とマレーシアの間では、1967年9月21日に合意ができていること、その合意とは、当時2500万リンギ相当の日本の生産物やサービスを提供するために、経済協力を促進することでした。また、その合意は1972年5月6日に完了したことも申し添えられました。
そして、2011年3月29日付で金融大臣が発行したと言われる覚え書きに基づく主張は虚偽であると言明。なぜならば、その覚え書きは存在しなかったからだと述べました。9月26日には、警察による調査で偽物だと判明したそうです。
ここまでは、私も想像のつく成り行きで、恐らくは現与党政権に対する不満を逸らすための口実としてでっちあげた、出来損ないの噂(ダニエル・パイプス先生お得意の陰謀論のプリミティブ版)に過ぎないのですが、問題は、それを取り上げた私に対して、何と2月7日付のメールで、確かに関係書類3点が送られてきたことです。送り主は私の知らない‘Ubaidillah Ab Wahab'という人でしたが、 "Harakah Daily"編集者とも共有されるメールでしたので、一応は責任を取ってということなのでしょう。もちろん、謝罪の言葉も挨拶もなく、ただ送られてきただけですが、世界中のイスラーム主義者の手法を知っているならば何ら珍しくもなく、この際は黙っているのが賢明です。

1. Japan: WWII POW & Forced Labor Compensation Cases – Sept. 2008
Sila lihat The Law Library of Congress – 36
http://www.loc.gov/law/help/japan-wwii-pow.pdf

2. Agreement of 21st September, 1967, Between Japan and Malaysia
http://www.gwu.edu/~memory/data/treaties/Malaysia.pdf

3. Berita dari arkib Utusan : Kes tuntutan buruh paksa selesai
http://www.utusan.com.my/utusan/info.asp?y=2007&dt=0511&pub=utusan_malaysia&sec=Parlimen&pg=pa_05.htm

この一連のつまらない騒動を見ていると、数日前に書いた、相手にもならない話がどうして持ち上がってきたのか(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130209)という背景が少しうかがえます。つまり、ここ20年ほどの間に、石油や大規模開発などを通して、一部の人や場所に突然巨額が舞い込んできたために、社会全体として感覚が狂い、おかしな話になっているのでしょう。
しかし、この1の法学論文を読んでみて、なかなか勉強になりました。東南アジアの国々が戦後補償に関して、日本が提示したものにまだ不服を唱えていたこと、しかし日本側としては、個人にも国にも、法に照らし合わせてきちんと処理してきたことをはっきりと主張していました。
日本の主流新聞も、こういう方面の記事を、感情を交えずに淡々と事実と専門に基づいて、しっかりと報道していただきたいものと思います。庶民の‘無責任な’被害者感情(上記のような)に一つ一つ付き合っていたら、とても国としてはやっていけません。本当に、その犠牲者の訴えが真っ当であると客観的事実としても認められたならば、確かに日本は補償している事例もあります。
その意味で、こちらが頼みもしないのに、わざわざ法学論文まで送信してきたイスラーム主義の人々には、感謝しております。