ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

五月雨式の時間差を超えて

ダニエル・パイプス先生と知り合ってから、もうすぐ9ヶ月になろうとしています(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120114)。
お父様のリチャード先生は89歳とご長寿ですが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120124)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120131)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120505)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120507)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120626)、時代も大きく変わり、ご専門としては、お父様の冷戦時代よりも、もっと大変。ダニエル先生も、もう63歳になられたし、いつ引き際があってもおかしくないと思い、私としては一期一会を大切にしています。
今、お写真を拝見していて感じたのですが、お父様は、穏やかで温厚そうな表情をされています。本当に、昔懐かしい、いい時代の大学教授の風格が漂っています。
さて、訳者の分際を超えて、私が生意気にも「もう相手にならないで」「客観的な事実のみに集中すべきだ」「私達を落ち着かせ、賢く、上品に、礼儀正しく見える唯一の処方箋」みたいなメールを書いたのですが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120929)、怒ってしまわれたかな、と思いきや、やはり偉大なお父様の感化なのか、アメリカ育ちの大らかさなのか、本来の意味でのエリートのよさで、ちゃんと別件でお返事がありました。自発的に私から提出している、ほぼ毎月のグーグル検索結果一覧表に対してです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120505)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120707)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120729)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120904)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120917)。

興味深い一覧表をありがとう。あなたと僕がしていることの進展は明らかだね!

と、肯定的でした。
文化的な相違もあるのでしょうが、アメリカのけたたましい個人攻撃のネガティヴ・キャンペーンは(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120410)、一般向けでわかりやすく、参考にはなっても、やり過ぎは逆効果。パイプス先生だって、ポーランド系という東欧の渋みを受け継いでいらっしゃるはずなのですから、私としては、もっと落ち着いた品のいいやり方を望みます。
これまで時間をかけて、映像や子ども時代からのお写真を相当拝見してきたのは(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120514)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120713)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120812)、インターネット情報の文章だけではわかりにくい背景や変遷を知りたかったからです。皆が皆、私のように暇じゃありませんから、最初にダニエル先生から言われたように、「私の背景やブログなんかより、最新のコラムだけを訳してほしい」というご要望に従っていただけならば、(あ、あのネオコン黒幕の右翼で戦争大好きなシオニストのダニエル・パイプスか)と(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120505)、最初から固定観念や偏見で見られて、無視されるか、不要な非難や誤解を招いていたかもしれません。
私としても、(お忙しいのにメールで割り込んで申し訳ないな)とびくびくしながらも、私の思い込みから逆にご迷惑になってはいけないと思い、「わからないことがあったら、何でも僕に聞いてね」(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120508)という言葉を素直に信じて、いろいろとご連絡はさせていただいています。
ありがたいことに、「あなたの僕宛の短信メールが一番うれしいし、興味深いよ」とまで言っていただきました(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120916)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120917)。
地理的文化的距離のおかげも奏功しているのだろうとは思います。最初から、接点や重複する部分はあるものの、違うものは違う、とはっきりしているからでしょう。中東情勢に関して「日本人には、それほど高い理解を期待しているわけではない」と最初から書かれていましたし、私の方も、(だって、東アジア情勢の方が、日本にとっては重要ですもんね)と平然としていましたから、お互い様なのです。
同時に、私はユダヤ文化全般に対する幼稚園時代からの関心と敬意があり、パイプス家はパイプス家で、それなりに日本文化に対する興味関心をお持ちだったので(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120507)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120922)、イデオロギー上の共有項に加えて、文化や歴史についての理解志向という背景が、ふんわりとクッションのように包み込んでくれているのではないかと思います。
映像では、時々、気管支が弱いのか、いつも咳を我慢して抑えているようなことがあったので、密かに心配していましたが、何とお元気で前向きなことには、今朝方、人員募集の傾向をつかむために、来年の海外旅行の計画のご連絡がありました。いつも私は自分の英語を気にしているのですが(定冠詞と不定冠詞、時制、前置詞のミスは常につきまといます)、実は、文筆業で鳴らしているはずのダニエル先生の方も、たまにですが、ちょこちょこっと、(あれ?)みたいなミスがあり、(メーリングリストは、秘書ではなくて、ご自分で書いていらっしゃるんだ)と判明したり、(エリートのネイティブでも間違えるんだな)と安心したり、妙な連帯感(?)を感じています。
昨晩、数年前まで私も関わっていたある大学のジャーナルを見ていたら、なんと、最新号(と言っても今年の3月)の内容が、まさにパイプス先生の焦点とするテーマと合致していることが判明。これまで私は、感情障害のようなものと、(専門が違うから、関わりたくないし、関わらない方がいい)という堅い意志があったので、真正面から見ることを避けてきたのですが、ほとんどパウロのごとく「目から鱗のようなものが落ちた」感じです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080215)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080515)。
このように、グローバル化の問題点の一つは、皆が共有しなければならない理解事項について、五月雨式に時間差が生じることです。専門だけに閉じ籠もっていたら見えなくなる部分と、実はわかっているのに、人間関係上のもつれから、対決バトルになったり、感情的に避けたりするという、複雑さが生じます。
大学でも、業績ばかりに夢中になっていると、肩書きと量産した方が勝ちみたいな、おかしなことになってしまいます。なので、長にある人でさえ、部下の研究員が書いた内容をよく咀嚼できないままに、一方的に何事も決めてしまうということもありました。そのジャーナルを読み返してみると、「日本の大学は左派的になっている」(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120917)「アメリカの国是や外交のあり方が問題なのではなく、イスラミストの内部にあるイデオロギーこそが、西側自由主義社会に向かって問題を創り出しているのだ」という、パイプス家が二代続けて根拠とする理論の日本版応用編の具現化が、くっきりと浮き彫りになってきます。だからこそ、私の経験を、会ったこともないのにそのまま信じてくださり、翻訳まで任せられたのだということが、やっと数ヶ月遅れで認識できました。
言い訳めいていますが、知的能力の圧倒的な差もさることながら、もともとの専門分野が異なっているからでもあります。例えば、ダニエル先生の場合、キリスト教の主流派がリベラルに傾き、宗教間対話を実践するようになっても、それでは根本的な解決にならないということを、既に1993年論文で書いていらっしゃいます(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120516)。それにも関わらず、今でも「対話しかない」と言い続けて、無闇矢鱈に時間の浪費を積み重ねているばかりか、気づいたら混乱と侵食を招いているのが、一部の現状です。
日本語のブログで私が書き綴っていることは、時間の無駄のように見えるかもしれませんが、こうやって、自分の経験と気持ちを整理し、折り合いをつけながら歩むには、一つの有効な方法だと思っています。そして、単なる独り言にならず、似たような境遇にある方達にとっても、何らかの参考になるならば、と願っています。