ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

碩学のことばから (5)

このところ、碩学のお一人として、三谷隆正氏の著作から印象に残った文、私にとって必要だと思われる文を書き抜いて、ご紹介しています。実は、気分転換したい時や、ちょっとした合間に、ワードに作っておいたものを複写しているのです。
昨晩は、矢内原忠雄全集第17巻をほぼ読み終えました。矢内原氏は、厳しく落ち着いた学究肌で、遺された文章は膨大なのですが、案外にすらすらと読めてしまいます。基督教に関しては、かなりの熱血漢でいらしたようで、今から振り返れば、ややストレート過ぎるのではないか、と感じることがなきにしもあらずの面があります。また、氏もやはり時代の子であり、例えば、スターリンに関する解釈や植民地政策に関する見解など、いささか誤りや批判されるべき点も含まれています。これは、三谷隆正氏にも散見されないわけではありません。もっとも、国際交流および研究が進んだ現在から見てのことであり、インターネットを駆使してすぐに調べられるわけでもないので、やむを得ないことでしょう。
結局のところ、若い頃の教育は、たとえ表面的には時流に乗っていなくても、意外なところで効果を発揮するのかもしれません。「わかりやすさ」を求める風潮の危険性は、だから可能性を狭めているとも言えます。
そして、両者に共通して引用される古今東西の著名な哲学者などのエピソードから、当時の知識人がどのような書物を読み、どのような教育を受け、どのような人脈で交流されていたかもうかがえて、興味深いものです。

三谷隆正全集 第四巻 世界観・人生観・神の国と地の国岩波書店1965年

・旧新約聖書は其実際に於て最も優れたる歴史であり、詩であり、物語である。聖書ほど内容の充実した教養の書はない。聖書は最も読むべく親しむべくある。然し人類は聖書の他にも、其精神生活の優れたる記録を遺した。我らも人である以上、聖書以外のそれらの優れたる人間記録に対し、無関心であつていゝ筈はない。(「読書に就いて」『日本聖書雑誌』昭和七年三、四月号)p.61

三谷隆正全集 第五巻 信仰と生活・書簡・英文・年譜岩波書店1966年

・大切な事は話されたことの間違ひない事、又分かり易いといふ事である。(中略)第二の要件は順序が自然であるといふ事。(中略)之を要するに本当の雄弁といふものは人が自分が考へて居り自分が日毎生活して居る事についてすつかり熟し切つた思想感情から物を言ふ時に生れるものであつて、演説者の生活内容をなして居る所の日毎の思ひが優れて居れば居る程、その演説は高貴にして雄大であり得るのである。(中略)真実なさうして雄渾な思想の中に生きるといふ大なる習慣、その思想を明晰に表現する為の小なる練習、それから洗練された精神的又情操的教養から生れる所の雅味と機智と、これが雄弁の公然の秘訣である。(「ヒルティ雄弁論」『聖書講義』昭和十六年六―八月号)pp.43-44
・最良の友は勿論艱難の時に耐へた友である。(中略)他人の不幸に際してその人を避けずに却つて近づいて往くといふ事は、信頼すべき善き人物である事を示す一番いゝ徴標である。但し勿論単なる好奇心とか又は他人の不幸をひそかに喜ぶといふ情からであつてはならない。(中略)実に無雑作に不幸な友からは直ちに離れ行きてその人々を単なる知合に降格せしめると共に、幸運の朝があければ又たちまちにして立ちかへつて来るのがある。さういふ人物はその場合撥ねつける事が義務である。(「ヒルティ友情論」『聖書講義』昭和十六年九―十二月、同十七年一―二月、四―六月号)p.56
・かれは理想的幸福の要件として、健康良き結婚一生を投じて悔なき仕事確固たる世界観との四つをあげた。(中略)一日に僅な時間づゝで良い、その時間を以て規則的に良き書物を選んで勉強するがいゝ、それを二十年続けて見給へ、もう押しも押されもせぬ有識者になるからと。(「ヒルティの生涯」守谷英次(訳)『教育の仕方』再版所収 昭和十七年九月)pp.104-105
・真理と真実とを尊ぶものは事実に対して耳目を蔽ふべきでありません。(「中年の福音」『永遠の生命』昭和五年十一月号)p.20