ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

1977年カイロでの調査報告 (1)

さて、2009年6月17日付「ユーリの部屋」(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090617)で言及したレポートについてご紹介いたします。今日は第一弾です。

宗教学専攻のWilliam E. Shepard名誉教授(ニュージーランドカンタベリー・クライスト・チャーチ大学)が、1977年秋にカイロで行ったリサーチ報告(ハートフォード神学校発行『ムスリム世界』(Vol.70, No. 3-4, July-October 1980)「カイロでの会話:他宗教についての同時代のムスリム見解」(pp.171-195))です。教授には、ムスリム同胞団のサイード・クトゥブ(1906-1966)の少年時代を物語った共著があります(サイード・クトゥブについては、2009年4月21日付「ユーリの部屋」を参照)。以下、要点のみでご容赦ください。

時期:1977年秋
場所:カイロ
調査対象:28名のエジプト人ムスリム(すべて匿名で個人の特定は明らかにできない)
(ユーリ注:「28名」とあるが、対象者分類の合計では「27名」である)
対象者の学歴:全員大学生か大卒者対象者の年齢:20歳から80歳。4分の3が50歳以上
使用言語:英語とアラビア語
対象者の分類:「 」は調査中のニックネーム
(1)「西洋化人」:西洋式教育(カイロ大学やカイロ・アメリカン大学など)を受けた10人(うち2人は欧米で教えた経験有)
(2)「著者達」:著作があるが教育機関では働いていない4人
(3)「アズハリ」:アル・アズハル大学かアラビア語教師やモスク説教者を養成するダール・アル・ウルム校で教えている6人
(4)「モスク集団」:大学生の5人(リベラルから保守派まで)
(5)「スーフィ」スーフィ集団の指導者2人
調査時に尋ねた質問:
(1)一般的に、イスラームとその他の宗教の間における、最も重要な相違は何ですか。
(2)さらに絞って、イスラームキリスト教の間における、最も重要な相違は何ですか。
(3)イスラームユダヤ教の間における、最も重要な相違は何ですか。
(4)イスラームとヒンドゥ教や仏教などとの間における、最も重要な相違は何ですか。
(5)ムハンマド、イエスモーセアブラハムのような偉大な預言者達の行為と教えにおける相違は何ですか。
(6)ユダヤ教徒キリスト教徒、ヒンドゥ教徒、仏教徒などはムスリムになるべきですか。
(7)ダアワ概念に関して、ムスリムは他の信徒達をイスラームに導くべきですか。
(8)ムスリム共同体に所属していない人々は天国に入れますか。
(9)ムスリムは、無神論や物質主義などのような反宗教的あるいは非宗教的な勢力に対して、他宗教の人々と協力すべきですか。
(10)背教法に関して、どのような意見ですか。
(11)ムスリムの土地でのキリスト教宣教に関して、どのような意見ですか。

時間の制約上、すべての対象者に同じ質問を全部することはできなかった。また、プライバシーは厳守し、誘導尋問を避け、できる限り自由に答えてもらった。調査者がキリスト教徒であることは全員知っているので、その事実が回答に影響を与えた面もあったかもしれない。しかしながら、受け取った回答は誠実なものであったと信じている。また、本人が深く感じた見解を述べているのか、それとも「公式のイスラーム見解」だと本人が認識しているものを答えているのかの判別は難しかった。また、問いに対する沈黙の場合は、当該者にとって比較的重要ではないということを示しているかもしれない。

≪得られた回答の要約≫

(1)神の唯一性(tawhid)/ イスラームの合理性あるいは論理性または科学の奨励 / 社会と政治との密接な関係 / 宗教と国家の関係 / 社会経済問題に関して大変「現代的」/ 真のイスラームではないために現代ではイスラーム諸国に後進性がある / キリスト教文明が継続しているのに対してムスリム文明は止まっている / イスラームの普遍性 / イスラームの簡潔性(basata)/ 聖職者のヒエラルキーがない / イスラームの寛容性 / 基本的なイスラーム・テクストの信頼性

(2)キリスト教イスラームとでは、本質的な相違はほとんどあるいは全くない→相違の重要性を縮小化することにむしろ関心がある / キリスト教の教義(三位一体・受肉)/ キリスト教の神の唯一性(tawhid)は「純粋」ではなく「明快」でもない / ムスリムの神概念はより「精密」(daqiq)/ クリスチャンは神以外に神性を認めるので ‘shirk’の罪がある / 受肉・キリストの子性・キリストの神性(厳密な形而上的意味では受け入れられるが、クルアーンは「子」という用語の使用に反対している)/ ムスリムとクリスチャンとではイエスに対する態度が違う / クリスチャンはキリストが十字架刑になったことを信じるがムスリムは信じない / クリスチャンには聖職者がいるがムスリムにはいない / プロテスタント主義はイスラームに影響された / イスラームキリスト教よりもっと実際的で社会的適用が大きい / イスラームでは宗教(din)と国家(dawla)の両方において、肉体的なこの世的な必要を真剣に扱う点で、より「正直」だ / 今日では、本当のイスラームを持っているのはクリスチャン達で、カイロとは対照的にヨーロッパの諸都市の進歩性と清潔さがそれを示している / キリスト教は「愛」「霊性」が特徴だが、ヨーロッパ人がその理念を実現するのに失敗している / 最大限の自由を許容しているイスラームよりも、ユダヤ教キリスト教は生活上の規則がより細かい / キリストの宣教は普遍的ではなく、ユダヤ人に対してのみだった / キリスト教ユダヤ教の一つとして始まったが、イスラームはアラブ人の宗教として始まった / クリスチャンはムハンマドを拒否する / ユダヤ教はキリストの時代までは有効であり、キリスト教はキリストの時代からムハンマドの時代まで有効だった / キリスト教とは対照的にクルアーンでは神的啓示が歪曲されない形で提示されている / キリスト教の教派分離 / キリスト教の原罪と堕落の教義 / キリスト教イスラームとでは礼拝の仕方(ibadat)が異なる

(3)(ユダヤ教について充分知らないという理由で返事を断った人が2名)
ユダヤ教の神概念・ユダヤの律法・ユダヤ教の排他性 / ユダヤ人はムスリムの神の唯一性(tawhid)に同意しているか、ほとんど同意している / ユダヤ教の人格神を批判(神が体(jism)を有することや神が七日目に休んだことや神が何者かと格闘したという伝説) / ユダヤ教の人間観や世界観はより原始的である / ユダヤ教イスラームよりもより律法的である / ユダヤ教はより「狂信的」である / ユダヤ教徒は自分の宗教について、ムスリムイスラームについて知っているよりもよく知っている / 現行のユダヤ教は、トーラーの原本があったのに、シャリーア(有効な宗教法)を持っていない / ユダヤ教の規則はイスラームと本質的に似ているが違いもある / イスラームは、過激なユダヤ教の律法主義と行き過ぎたキリスト教霊性との間にある / ユダヤ人は自らを選ばれた民と見なす / ユダヤ教は普遍宗教ではない / ユダヤ教は自分の民を愛するが、ムスリムはすべての人々を愛するように招かれている / ユダヤ教は政治的な装いで民族差別(unsuri)の信条を持つ / シオニズム / 選ばれた民・聖なる土地の概念はユダヤ教の特徴 / ユダヤ教ムハンマド預言者として受け入れることを拒絶する / ユダヤ教のテクストは変更され、トーラーには変更がある / クルアーンのみが保持されることを神は約束した / ユダヤ人は大変この世的で物質主義的な人々で後の世を信じない

(4)(20名に尋ねた質問で、うち2名がヒンドゥ教や仏教についてあまり知らないと答えたが、何らかのコメントはした。ヒンドゥ教と仏教の区別がつかない人もいた)
神的啓示に基づかない宗教 / 天的(samawi)でなく宗教(din)でもなく人造教義あるいはつくり出されたもの(wadi)/ 本物の預言者を持たなかったというのは本当かどうかわからない / 神ではなく石か牛を礼拝する / 仏教徒無神論者でヒンドゥ教徒はクリスチャンの受肉よりもっと残酷な考えを持っている / 多神教 / 明確な神概念を持たない /「神的な本質」(al-dhat al-ilahiyya)を信じていない / 啓示されていない / 政治的あるいは実際的な関与に欠けているキリスト教に仏教は似ている / イスラームは実際的で理解しやすい傾向がある / 仏陀ヒューマニスト / 仏教は存在の統一(wahdat al-wujud)を教え、イスラームは‘unity of witness’ (wahdat al-shuhud)を教える / エジプトのインド大使はヨガの実践者だった / スリランカでの仏教は、知的な人々にとって哲学であり、普通の人々にとっては宗教である

(5)(アブラハムに関する言及は回答に含まれていない)
すべての預言者の基本的な教えは同じだ / 各預言者は罪を攻撃した / イエスシャリーアを持たなかったがモーセの律法を修正した / イエスと共に神は愛と寛容を強調したが、ムスリムは殴り返すか許すかだ / モーセは力を使い、イエスは温厚で愛すべき人で、ムハンマドは奇跡の助けなしに力を行使した / モーセの律法・イエスの愛ムハンマドは律法と愛の中間 / モーセあるいはユダヤ教の律法は厳しいがイエスの宣教は霊的である / イスラームは唯一の普遍宗教である / モーセとイエスユダヤ人に限定された使命である / パウロキリスト教を普遍的にしたが、パウロにはそうする権威は有していなかった / 他の預言者達はムハンマドより限定された使命しかなかった

(6)(アラビア語では難しい問いだったが、21名が肯定的に答え、「西洋化人」と「著者達」から6名が否定的だった)
イスラームユダヤ教キリスト教を完成する / ユダヤ人やクリスチャンはムスリムになっても、本当には宗教を変えたのではなく、ただ完成させただけだ / イスラームは合理的であるので、人々はイスラームを勉強すべきで、確信したらムスリムになる / 名ばかりのムスリムになるよりはユダヤ教徒やクリスチャンでいたままのほうがいい / クルアーン 3章85節「イスラーム以外の宗教を求める者は誰でも、受け入れられることはないだろう」3章19節「神と共にある真実の宗教はイスラームである」/ イスラームは神への服従という意味でムスリムに限らない / ユダヤ教徒とクリスチャンはクルアーンを勉強すべきで、確信したら、イスラームを受け入れ、預言者としてのムハンマドを受け入れるべきだが、ユダヤ人かクリスチャンとしての共同体のうちに留まるべきあるいは留まってもよい。その人も「神へ服従する人」という意味でのムスリムである
(前半部終了)