ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

沖縄と北海道の危機

今日で10月も終わり。昨日は、包装紙の裏を使って、昨秋の欧州旅行後から(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161006)今月までを振り返っての概観を、月毎に辿って項目リストを作ってみた。
さすがに、来月中旬に結婚20周年にならんとする今年は、いろいろな意味で重要なターニングポイントとなる出来事や学びが次々と起こり、内外の状況と兼ね合わせて、私にとっては非常に意義深く、必要な時期だったと思われる。
パイプス訳文は半年ほどお休みし(http://ja.danielpipes.org/)、下訳だけ積み上げてある。また、再開したはずの茶道のお稽古は(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161030)、今年2月上旬に罹患した右目のヘルペス再発予防のために(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170219)、ストレスや疲労を軽減するためにも、来年まで休会にしてある。
この休息時間に、スケジュールに追われて張り詰めた神経と心をほぐした上で、内面を整理して足元を固め直し、幅を広げるための基盤を読書と国内旅行によって作り直し、過去を振り返って現状を直視し、将来の道筋をつけようとしている。気になっていたさまざまな社会潮流も、このブログの場をお借りして、一つずつ分析と解決に向けて記述を積み重ねてきた。それによって、澱のように深く沈殿していた重荷のようなものが、徐々に解きほぐされつつあり、軽快になってきた。
残念ながら、時の流れと同時に、離別も経験することになる。国を離れたり、地上でのお別れにもなったりする。
40代半ば頃までの私は、とにかく世の中に受け入れられる足場を見つけるため、あるいは居場所を作るために、ひたすら自活の精神で、前だけを見て必死になっていた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20171007)。特に、結婚一年で診断を下された主人の進行性難病と共に生きる日々は(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20101109)、経済面の見通しをつける上でも、自分達の暮らしを何とか維持していく上でも、結婚前から続けていたリサーチ等の勉強をまとめていく上でも、本当に毎日、タイマーをかけて時間との競争で焦りに焦っていた。
だが、2013年2月半ばに父が病気で亡くなって以降、初めて、自分が周囲にどのように扱われてきたのかが明確になり(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151110)、深層意識の中で家族や親戚との関わりを見つめ始め、客観的にルーツ辿りをしたいと願うようになった。過去の経験を振り返ることで、思い出を整理し、新たな光で見直す経緯が必要だったのである。
また、20代半ばから40代前半までの20年間は、仕事や研究上、主に海外に目を向けていたが、それ以降は、徐々に国内に目を向ける機会が増え、知的に情的に、時間配分の上でバランスを取る必要に迫られた。
ともかく、いろいろなことが起こったが、どうやら私一人の問題が契機となって起こった事態でもなさそうだと気づき始めている。
具体的には、日を改めて記すことができればと願っているが、やはり、広い意味での政治思想の流れをきちんと理解しておくことがいかに重要かを痛感させられている。まじめに働いて、自分のことだけしっかりやっていれば生きていけるということではないのだ。
一例を挙げよう。
昨日は三浦光世氏の命日だった。あれから今年で三年が経つ。
学生時代に、ご夫妻が作品を次々と生み出している様子を大きな書店で見ており、ご生前には新聞インタビューも時々あったことを思えば、静かになったこの頃では、さすがに世相の大きな変化を感じる。はっきり言えば、(あの頃はよかった)という懐旧の思いと同時に、(あのままいつまでも同じ状態では、読者の側がいずれ行き詰まっていたことだろう)とも思うのだ。
簡単に言えば、沖縄のみならず北海道も、地政学的に危険な思想運動が展開されているらしいのだ。勿論、これに三浦ご夫妻が加担しているのではないが、間接的な思想人脈が全く無関係だったとも言えない。
詳細は、「三浦綾子」氏に関して、過去ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071221)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20081110)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100706)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130523)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141031)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170524)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170529)を、「北海道」に関して、過去ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130503)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130504)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130505)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130511)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130512)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130513)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130514)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130515)を参照されたし。
ブログで記したように、2013年5月に初めて北海道を二泊三日で旅したが、その時の印象の裏付けを、その約4ヶ月後にブログで書いていた人がいらしたので、以下に部分抜粋する。

http://kakusima.doorblog.jp/archives/8073784.html


2013年9月26日


JR北海道のずさんな事故原因。だれが悪いでもない。金がないのだ。
札幌市も28人に一人と言うすさまじい比率で生活保護だ。
屯田兵は武士廃止による徳川家に近い各藩士が移住し開拓がなされた。それから100年経過後は、社会主義共産主義の運動が強い土地となっている。
・戦後とともに、各炭鉱の労働組合組織力を持ち、北教組と言う教育者の集団が力を持ち、国鉄労働組合も同様な、社会主義組織だった。全国でも珍しい、北海道知事が長く社会党者が君臨北海道開発局と言う他の地域には存在しない組織の発祥原因もこの共産・社会主義地方自治の占領があったからだ。
・冷戦の見えない国境である北海道が国家からの支援援助で長く成り立っていたからだろう。ズブズブな補助金役人天国な外様地区。生活するには過ごしやすいが、ビジネスにはならない土地
・本州との差は本州に住みつかないとわからなかった。いかに北海道が生ぬるい環境であり、見えない補助金等の国家からの仕送りで成り立っているのか?しかも、社会主義に近い思考が根づいてしまっているのか?も。
・仕事の元は公共事業が主体で、まさに社会主義国家のようだ。それも頼りの国家が弱体している現時点では、お荷物以外何者でもない北海道。
・ロシアや北海油田などの資源を輸入し、本州へ売る。農業ももっと効率化を進めることだ。手っ取り早い観光についてもいいが、インフラの連携が不十分。その投資による利便性を上げ、効率化を上げることだ。天然ガスを利用したエネルギー産業を築くことで、これは北海道庁が主体とした産業発掘を行い。地元エネルギー企業を創設させることだ。

(部分抜粋終)
これは、短い日数であっても、実際に現地を訪れてみなければ、実感が湧きにくいかもしれない。だが、上記ブログを裏付ける本が昨年出ていたのだった。
筆者はアイヌの血を引く方のようで、だからこそ内部告発的に思い切ったことが書けたのだろう。

https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4594075479/ref=cm_cr_arp_d_paging_btm_2?ie=UTF8&showViewpoints=1&pageNumber=2

『北海道が危ない!』扶桑社(2016年9月)

アマゾンのカスタマー・コメントには、かなり詳細な感想が書かれていたので、以下に抜粋する。

・「国民のほとんどが知らない、日本の北と南の真実がある。雪国の北海道と南国の沖縄、(中略)共通点が少ないと思いきや、それが意外と多いことに驚かされる。」


・「小中学校の全国学力テストでは、北海道と沖縄は下位の常連になってしまっている。平成27年度は、北海道は小学校で最下位、沖縄は中学校で最下位だった。離婚率の高さも全国1位が沖縄県、2位が北海道である (総務省『人口動態調査』平成26年9月)。地価が全国平均から見て安いにもかかわらず、持ち家率が低い。北海道は57・2%で42位、沖縄は50・2%で45位である (総務省統計局『住宅・土地統計調査』平成20年)。正規雇用の割合も高く、1位が沖縄(44・5%)、2位が北海道(42・8%)である (総務省『就業構造基本調査』平成24年)。中でも、最も道民、県民に大きな影響を与えている共通点は、国からの補助金の多さであろう (後略)」 (「序章」より)」


・「私は『いわゆるアイヌ系』の血を引く日本国民の一員である。祖父母は戦前から『アイヌの自立』を訴えて活動した。祖母は言語学者金田一京助とも親交があった。父の砂澤ビッキは世界的な彫刻家であったが、『アイヌ』であることを理由に補助金に依存して生活する者たちを激しく嫌悪し、自分が彼らの広告塔として利用されることを嫌っていた。私たちは、いわゆるアイヌの血を引いていることで、『アイヌの〇〇』というレッテルを貼られることに対して、一族で向き合い、葛藤してきた。」


・「『アイヌ』が自称として使われるようになったのは、明治に入ってからのことである。奥羽地方以北に住んでいた部族は、過去に一つにまとまった歴史もなく、統一された言語も文化もあったわけではない。しかし、今のいわゆるアイヌ論は、そのような客観的な事実を無視して、アイヌ』という先住民族がいたという前提で論じられている。古来より北海道で自然と共生してきた先住民族アイヌが、和人の侵略により土地を奪われ、同化政策により文化と生活の術を奪われ、貧しさの中で暮らし、差別されてきた、という歴史(ストーリー)に依拠した論だ。」


・「アイヌ文化振興法が制定され、アイヌ先住民決議が採択され、アイヌ生活支援政策に国民や道民の税金が投入されている。道民ですら知らないだろうが、『アイヌ』と認定されれば、住宅購入、修学支援、免許取得、山菜狩りの車代からガソリン代にまで至る、信じられないくらいに手厚い支援を受けられるのである」


・「いわゆるアイヌ側も差別をしていることは知っておいた方がいい。アイヌが日本人を指す『シャモ』という言葉は差別用語だ。アイヌの差別は強力で、今もアイヌはよそ者に対して熾烈な差別をしている。」


・「1980年代末の地方博ブームの最中に開催された博覧会の中で、最も失敗した博覧会と目され、失敗の代表例として取り上げられている」、「世界・食の祭典」。「『食べることはいいことだ』を合言葉に横路知事時代に開催されるも、約90億円という未曾有の大赤字を出し、その責任追及の途中で自殺者まで出した、北海道の汚点である。」


・「新左翼の暴力革命/太田竜の「窮民革命論」/北海道出身の東アジア反日武装戦線メンバー/シャクシャイン像事件と結城庄司「アイヌ共和国、琉球独立」の源流/日教組最凶の組織、北海道教職員組合「加入戦術」で教員になった活動家たち/旭川学力テスト事件/学力テストをボイコットした札幌市/北教祖の日の丸・君が代闘争/市長室から日の丸を撤去した札幌市長/左翼活動家出身政治家に牛耳られる北海道/「竹島は韓国領」、驚くべき北教祖の主張/滝川市立江部乙小学校いじめ自殺調査拒否事件/学校へのAED導入にも反対・・・など」


・「北海道新聞は正確・公正なマスメディアか?/労働組合に乗っ取られ共産化/あゆみ会事件/函館新聞の題字論争/「函館対策」が独占禁止法違反に」


・「北海道の土地を買い漁る中国/中国系資本による土地買収/狙われている北海道の水資源/ニトリが販売した中国人向け別荘/道内ゴルフ場買収に動く中国マネー・・・など」


・「北海道でも進む商店街の中華街構想/北海道新華僑人連合会/苫小牧にもあった中華街構想/絶えない中国人観光客とのトラブル/中国人に頼らざるを得ない労働現場の実態」

(抜粋終)