ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

根っこをしっかりと

随分前に、「本当は怖いグリム童話」という話が流布していた。その本そのものは全く読んでいない。新聞紙上で説明されていたところによれば、日本語に翻訳されてオブラートに甘く包んだ脚色によって、日本の子ども達はグリム童話を楽しいお話だと感じているものの、原書で読むと、実はドイツ人の子ども達は現実主義を学んでおり、人間世界の恐ろしさも直視しながら成長していることがわかる、というような説であったかと記憶している。
当時、この話がどこか眉唾っぽいと感じたのは、以下の二点からである。
(1)ドイツ各地に伝えられてきたお話を、グリム兄弟が長い時間をかけて丹念に集めて、学究的に研究しつつ本にまとめたのだと昔から聞いていたので、日本語によるグリム童話は単なる導入程度に過ぎないだろうということは、当然のことながら、わざわざ言われなくても承知していた。
(2)日本の子ども達だって、ドイツ人の子ども達に劣らず、神話や記紀万葉などの古典や各種の昔話や民話などによって、意に沿わない人間性、恐ろしく危険に囲まれた世の中と人生模様などを、自然と学んできたはずだ。もし、日本の子どもが楽しげなユートピア話ばかりに囲まれて成長しているとすれば、親や学校の教育が根本的に間違っているということになる。

昨日、ふと『今昔物語』の一節を思い出し、そんなことに連想が飛んだ。
小学校四年生の時、当時習っていたピアノの女の先生がご結婚か何かでお辞めになることになり、「あなたはご本を読むのが好きなようだから」と、現代語訳の『今昔物語』を一冊プレゼントしてくださった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120408)。その本は、気がついた時にはいつの間にか処分されてしまったようで、残念ながら手元にないが、十歳で天竺(インド)や支那(中国)や本朝(日本)の仏教説話を少しずつ読みながら、摩訶不思議なお話や人生の儚さと脆さなどに触れられたのは、本当にありがたい教育的配慮だったと感謝している。また、日本人は島国根性で内向きだと盛んに諸外国から非難されていた学生時代、(でも、既に平安朝の日本には、インドと中国から吸収して確立していた文化があったではないか?)と反発したい気がしたことも、併せて思い出す。
信心の深い人は危難の際にも奇跡的に救われるという話は、子ども心に「いかに生きるべきか」と身の引き締まるような気がした。あるいは、貧しくとも誠実で実直だった妻が、夫の出世欲に紛れて捨てられ、廃屋に残された。長い時が経ち、結局は失意のうちに戻って来た夫に対して、一夜を以前のようにかいがいしくもてなした妻が実は夜が明けてみたら白骨死体だったという、気味悪くも切ない話など、現代にも通じる深い教訓を内包していると思った。
従って、子どもだからと言って大人が加減せず、長い間に伝えられてきた古典の本を示すことによって、子どもには子どもなりに現実の厳しさを直視する訓練が少しずつ備えられていくのだ、という経験を得た。このことは、大学一年の頃だったか、『日経新聞』に投書して掲載していただいたことがある。(残念ながら、これを書いている今、手元に切り抜きはない。)
大人になると、読みたくても日々の暮らしに追われて時間がなく、なかなか読めないが、親の庇護の元にある子ども時代に、身近な今の話や学校であてがわれる教本のみならず、思いっきり想像の翼を広げつつ、古い時代や遠い外国の話を自由に読むことで、根っこがしっかりと備わっていくのではないだろうか。
このことは、以前、皇后陛下もお話になったことだが、日本語と英語の両方のビデオで拝聴した時、しみじみと感じたことである。

http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/34095489.html
2016年4月1日



日本人ならば暗記しておきたい言葉、「皇国の興廃この一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」


Z旗を掲げて日露戦争の雌雄を決した日本海海戦
その5日後、東郷平八郎連合艦隊司令長官は捕虜となった敵の司令長官ロジェストウェンスキー佐世保海軍病院に見舞いました。東郷司令長官は「困難な大遠征の成功は見事で、最後までよく戦われた」と、その勇戦を讃えました。
それに対してロジェストウェンスキーは感激して返す言葉もなく、涙ながらに「このような名将と戦い、敗れて悔いなし」と言うのが精一杯でした。
以後、ロジェストウェンスキーは終生、東郷元帥を尊敬されたのです。


日露戦争の時の孫達が戦った大東亜戦争
昭和17年3月1日、スラバヤ沖海戦で、日本の艦隊は英・米・蘭・豪の連合艦隊に遭遇し、15隻の連合国艦隊のうち11隻を撃沈し、4隻が逃亡しました。
この時、日本の駆逐艦は沈没した英国の重巡洋艦から投げ出された敵兵376名を救出しました。
そして、日本の海軍軍人達は沈みゆく敵艦に「敬礼」の号令が下され、全員で敬意をして沈む敵艦を見送りました
その翌日、日本の駆逐艦は英国の駆逐艦が沈没して漂流しているところを発見。艦長は救助命令を下し、敵兵400名以上を救助しました。

この時、救助命令を下した艦長は幼い頃から日露戦争を生きた祖父母から聞かされていた『上村将軍』の歌を思い出したのです。


蔚山沖(うるさんおき)の雲晴れて
勝ち誇りたる追撃に
艦隊勇み帰る時
身を沈め行くリューリック
恨みは深き敵なれど
捨てなば死せん彼等なり
英雄の腸ちぎれけん
「救助」と君は叫びけり


艦長は救助した敵兵に対して「諸君は勇敢に戦われた」と言って、名誉あるゲストとして迎え入れたのです。

(部分抜粋引用終)

http://hirobuchi.com/archives/2016/04/post_719.html#comments
April 17, 2016


・私の意見をずばり申し上げますと、「英文法はきわめて有益であり、かつ必要なもの」です。「役にも立たぬものに長時間を費やし、そのために英語を話す時間が奪われる」という考えは、一見世間の支持を集めそうですが、「きちんとした英語を話すためには、文法の知識は必須だ」と申し上げたい。
英文法をしっかり学んでおけば、知的な人々が用いる「テンス(時制)」くらいはきちんと使えるはずーーと思ったものです。
・「文法は力強い味方」なのです。

(部分抜粋引用終)