ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

レトリック対現実

メムリ(http://memri.jp/bin/articles.cgi?ID=SP6615

緊急報告シリーズ


Special Dispatch Series No 66 Nov/21/2015


イスラム国(IS)とパレスチナ―レトリック対現実―」


R・グリーン(MEMRIの研究員)



最近イスラエルパレスチナ自治区のなかで襲撃事件があいつぎ、その波にのってイスラム国(IS)が、“ユダヤ人を皆殺しにせよ”と称する情報キャンペーンを大掛りに開始した※1。そのキャンペーンは相当反響を呼んでいるが、ソシアルメディアを沢山使ってテロ攻撃を教唆煽動し、或いは武装した活動家が登場して威嚇しテロ攻撃の拡大、エスカレートを示唆するビデオなど、従来のISキャンペーン手法を踏襲しながら、キャンペーンを展開している。ISの対イスラエル威嚇キャンペーンは、西側とイスラエルのメディアが大々的に報じており、ビデオのなかで活動家の内2名がヘブライ語で威嚇する模様など、反イスラエル/反ユダヤの行動予告を詳しく伝えている。今回のキャンペーンと過去数ヶ月間の状況から、パレスチナ問題及び対イスラエル戦争に関するISの見解に再び関心が集まることになった。


ユダヤ人を皆殺しにせよ”というキャンペーンは、主としてパレスチナ人に対する呼びかけであるにも拘わらず、ISにとってパレスチナ問題は主要課題ではないことを強調しておきたい。多くのアラブ・イスラム運動と組織が、パレスチナエルサレムの解放、エルアクサ死守、対イスラエル戦の継続を優先事項とし、そのための闘争を自己の存在意義と結びつけるのに対し、ISはこの一連の闘争を長期視点に立つ課題と捉えている。ISの最優先事項は、イスラム内部の敵即ちシーア派及び世俗政権と戦うことにある。又、エルサレム解放の前に、バグダッド、ダマスカス、カイロそしてメッカを占領、征服しなければならないとする。


更に、パレスチナ国家という概念そのものが、ISの宗教上思想上の考え方に反する。ISのビジョンは、カリフ制の建設をベースとしている。それは現代の地政学的考え方にとらわれず、個々の国家の存在は許されない。民主的諸原則を拒絶するし、イスラム諸派を含むパレスチナ人の運動が受入れている国際社会のルールにも、従わない。


ISは宣伝作戦にたけている。公式非公式のメディア担当機関がつくったビデオや情報資料がばらまかれる。ソシアルメディアを通した手法も大々的に使う。ユダヤ人皆殺しの件も然りである※2。しかし、今回のこのキャンペーンは相当の規模であっても、ISが優先課題を変えた有力な証拠とはみなされない。


勿論ISがパレスチナ問題を無視しているわけではない。アラブ・イスラム世界にとっての重要性を認めているし、政権や組織、運動がやるように、情報戦の材料として或いはメンバー獲得の手段として、この問題を利用している。更に、イスラエル攻撃の威嚇でメディアが注目したことを好機とし、パレスチナ関連では主たるライバルであるハマスに対抗する手段として、メディアの注目を利用している。


ISは、ガザ回廊とウェストバンクのいずれでも、パレスチナ人の間に組織を確立しているわけではない。手持ちのマンパワーは大半がシナイ、或いはシリアとイラクの戦闘域に投入されている。シリアとイラクでは、戦闘と訓練が任務である。ガザ回廊にいるIS活動家は、ガザ住民に対する情宣活動を主任務にしている。


IS指導部はパレスチナに対する特別な配慮を示していない


IS指導部の声明を見ると、パレスチナ問題については比較的ランクが低いことが判る。ISの指導者バグダディ(Abu Bakr Al-Baqhdadi)そしてスポークスマンのアドナニ(Abu Muhammad Al-`Adnani)の二人だけが、組織を代表した話をする。しかし、この二人が話のなかでパレスチナ問題に触れることは殆んどない。バグダディは、カリフとして初めて演説した時(2014年7月)、ムスリムが苦しみ迫害されている地域を指摘し、長いリストのなかにパレスチナを含めたが、特に言及はしなかった※3。2015年5月に発表された一番新しい演説のなかで、パレスチナを口にしたものの、それ自体に言及したわけではなく、サウジに対するあざけりとして指摘しただけである。つまり演説はサウジ王族を非難し、これ迄サウジアラビアパレスチナ人のために何もしてこなかった、という内容である。その演説のなかでバグダディは、ユダヤ人をキリスト教徒“十字軍"即ち西側勢力の味方と位置付けし、イスラム世界に対する西側の攻撃の扇動者とも言っている。これは、ジハーディストの使うきまり文句のひとつで、一番知られるのが、オサマ・ビンラーデンが1998年に使った例、即ち"ユダヤ人と十字軍に対する聖戦"宣言である。バグダディは、シナイのISメンバーに触れ、"ユダヤ人"即ちイスラエルに脅威を及ぼすとして、メンバー達を称えるだけの気はつかった※4。


ISスポークスマンのアドナニも、自分の演説のなかでパレスチナ人に特に触れない。ムスリムが攻撃をうけている諸国リストのなかで、パレスチナを含めているだけである。それから、最近発生した一連の暴力事件とそれに伴うパレスチナ人関連の報道がでても、2015年10月初旬にだした談語でも、パレスチナ人について一言も触れなかった※5。このパレスチナ無視は、反IS側のイスラミスト達から、強く批判された※6。


写真アラブの支配者どもを追放した後でユダヤ人を始末する―シリアのIS活動家


ユダヤ人皆殺し”キャンペーンビデオに登場しないIS指導者バグダディ


ISのだすビデオには特徴がある。IS指導者の過去の演説や先駆グループの昔の声明、或いは、アルカイダ(ISを批判したことがない)を含む物故ジハーディスト達の声明を引用して、主張したい点を強調するのである。しかしながら、"ユダヤ人を皆殺しにせよ"というキャンペーンのビデオシリーズには、実際のIS指導者による声明は殆んどなく、バグダディ本人のメッセージは皆無である。但し、オサマ・ビンラーデンとアルカイダ指揮者のリビ(Abu Laith Al-Libi)の発言は、紹介されている。ISスポークスマンのアドナニの声明は含まれているが、対イスラエル戦ではなく一般的なテロを呼びかけるだけの内容になっている。


"ユダヤ人を皆殺しにせよ"のビデオ2本のうち、ひとつはISのフラト州(アルブ・カンマル及びアルカイムの両都市)の作製、あとひとつはラッカ州の作製で、ISの先駆であるイラクイスラム国の指導者オマル・バグダディ(Abu Omar Al-Baghdadi)の演説を収録し、それぞれ2008年の分と2009年分を含めている。


あとひとつのビデオには、ISの先駆タウビド・ジハードの創設者ザルカウィ(Abu Mus`ad Al-Zarqawi)の音声が含まれる。「我々はイラクで戦う。そして我々の目はバイト・マクディス(エルサレム)に注がれている。そこは導きのコーランと勝利の剣によってのみ回復される」と言っている※7。この声明が、世界各地のジハーディストのスローガンとなり、自分達の姿勢を総括する言葉となった(即ち、目下のところ我々は、イスラエルと戦っていない。エルサレムとその聖所解放のため積極的に行動していない。我々はその目的を放棄したわけではない。我々の信念と原則によっていつの日か解放する。我々は、純粋なサラフィ・イスラムに従がい、ジハードの戦争によって行動するということだ、と言っているのである)※8。IS活動家が多数ビデオに登場し、パレスチナ人に向かって君達のことを見捨てたわけではないと如何にも誠実そうに約束しながら、同じ主旨のことを繰返すのである。


写真⓶ナイフをかざし、ヘブライ語で威嚇するIS戦士―“ユダヤ人皆殺し”キャンペーンの一環として登場したISダマスカス州の作製ビデオ


ユダヤ人皆殺し”キャンペーンは反ハマスの表明


"ユダヤ人を皆殺しにせよ"というビデオキャンペーンの多くは―大多数といってよいが―、攻撃の継続、拡大を呼びかけながら、その一方でハマスとのイデオロギー論争を展開する。PLOに対する敵意も見せる。この二つの運動はガザ回廊(ハマス)とウェストバンク(PLO)を支配し、パレスチナ人を自己陣営につけようとして、争っている。ビデオではISは二つの運動を繰返し非難攻撃する。常日頃パレスチナ問題で何もしない、イスラエルと戦闘しないと非難されているので、言い返しているのである。


ISのバラカー州(シリア、ハサカ)で作製されたビデオでは、アブ・オサマ・アル・ファリスチニという人物が登場し、パレスチナ問題に消極的であるという批判に直接反論している。彼は、ガザ回廊のハマスが同地を拠点とする対イスラエル戦を妨害、阻止しているとして、ハマス政権を非難し、次のように述べている。


「何故カリフ領の兵士達がパレスチナ解放のために来ないのか。何故ムジャヒディンがジハードの地パレスチナを出て行くのか。そのような疑問が提起される。それは我々の行動を邪魔する者がいるからだ。我々と当地のジハードとの間にバリヤーをたてて共闘を妨害し、我々とユダヤ人との間に壁をつくって戦闘を邪魔するからだ。パレスチナにいる者はこの間の事情をよく知っている」※9。


ISのラッカ州(シリア)で作製されたビデオには、ガザ出身ISメンバーのアブ・アンナス・アルガザウィという人物が登場し、次のように民族主義運動を批判した。


バイト・アルマクディス(エルサレムのこと、即ちパレスチナを意味する)の戦士の一部を鼓舞する民族主義思想は、ユダヤ人が行なった占領がもたらしたものだ。彼等は人民の心を征服し、この役立たずの偽の信念を植えつけたのだ。民族主義サイクス・ピコ協定で決められた境界に忠誠心を誓う思想は、偽物である。この思想は、バイト・アルマクディスの我が民のところへ来たユダヤ侵攻の付随物である。


我々はアッラーの前で宣言する。我々はこの無用の民族主義思想の汚れに染まっていない。この民族主義組織、民族主義者の忠誠、民族ために死ぬという思想、民族解放運動を自称する態度は、いずれも不信仰者のカルトである。彼等の思想はイスラムとは何の関係もない。何故なら、ムスリムの信仰はタウヒード一神教イスラム的概念)に立脚しているからだ…バイト・アルマクディスの我が民は、この信仰(タウヒード)をベースとするジハード戦闘なら、もっとよい戦い方をするであろう」※10。


ISメンバーのアブ・アルバラ・アルシャミは、「ジハートは純粋でなければならぬ」と強調し、民主々義の方へ転向しシャリーアイスラム法)を順守していないとして、ハマスをこっぴどく非難し、次のように主張している。


「本物とはこの宗教のことである。アッラーのための純粋なジハードによってしか確立できない。アッラーの御言葉を至高のものとしていただき。道を踏みはずした傲慢且つ裏切りの党派の法ではなく、真の法の公布のために行動することだ…ハマスは、解放と抵抗しか語らず、君等の心を惹きつけて票を獲得するためにこのスローガンを唱えて政権をとった。そしてムスリムを支配した。しかしそれはシャリーアに従ったものではない。彼等はそれを縛りつけてしまい、シャリーアの順守を求める人々(サラフィ・ジハーディス)とカリフ制の栄光回復を求める人々(IS支持者のこと)と、戦うようになった。


同時に、(ハマスは)恥知らずにもこの地に侵入したゾロアスター教徒(イランのシーア派を意味する蔑視語)を受入れた。彼等は(ガザ回廊に)シーア派の拡散することを歓迎し、例によって、これすべて(パレスチナの)大義のためと主張している。彼等の独善主義は、9人の私生児を持つ売女の純潔と同じである」※11。


写真 ガザの我が民よ、我々の救援を阻止する敵がいると主張するシリアのIS戦士


我々は君達を完全に忘れた訳ではない―ISシナイ州の呼びかけの真意


最後に、ISのシナイ州については触れておこう。イスラエルと境界を接するところに位置し、IS諸州のなかで最も手ごわい組織のひとつである。ISの見解では、シナイ州は対イスラエル戦の尖兵である。バグダディ自身が、2015年5月の演説で、「間もなくバイト・アルマクディスで栄光の主を拝することを許されるよう、主にアッラーに乞い願う」と言った※12。


しかしながら、シナイのISメンバー達は2013年7月以来エジプト政府に対する聖戦に集中している※13。シナイ州の"ユダヤ人を皆殺しにせよ”キャンペーンビデオでは、そのスポークスマンであるアブ・オサマ・アルマスルはパレスチナ人に「おお、バイト・アルマクディスのムスリムよ、シナイの我々は君達を忘れていない…カリフ領の旗は君達のところに届く」と言ったが、ISがイスラエルと戦うことを阻止しているとしてハマスを非難し、「君達は我々と彼等(イスラエル人)との間に壁をつくっている。君達は我々と彼等の間に塹壕をつくり、君達の盟友であるユダヤ人を守っているのだ」と非難した※14。


ISシナイ州が作製した最近のビデオは※15、特にエジプト軍部を威嚇した内容である。IS戦士が登場して、イスラエルとの戦いを放棄したのではないとし、次のように威嚇した。


ユダヤ人について言っておく。お前らガールカッド樹木の民は、もう時間切れであることを心得ておけ。お前ら背教の下僕共よ、我々を長期間遠ざけておけるとは、夢にも考えるな。ウンム・アルラシのような(2011年8月のエイラート襲撃事件)懲罰作戦をすぐに再開するぞ。ムスリムに対するこれまでの仕打ちを後悔することになる。我々は岩と木と話合った。岩と木は"おおムスリムよ、おおアッサーの召使いよ。私の背後にユダヤ人がいる。こちらに来て殺してしまえ”と言う。ユダヤ人はその日ははるかに遠いと思っている。しかし我々はその日がすぐに来ることを知っている。その日が来た時、お前らが何十年もかかって消滅させようとした民が立上り、お前らを抹殺するため戦うのだ」。


たしかに、このような威嚇は真面目にうけとっておくべきであろう。それでも威嚇の文脈は注目に値する。ビデオの終りに、ISはエジプト軍部を激しく非難し、軍部の対IS作戦に復讐することを誓うのである。近い将来エジプト軍部に対する報復作戦を敢行すると約束する。一方"ユダヤ人”に対しては、木と石の背後に隠れるユダヤ人に関するハディース(伝承)を持ち出す。つまり、それは審判の日に起きることなのである。


写真➃ISシナイ州の主要幹部マスリ(Abu Osama Al-Masri)

[1] 次を参照:MEMRI JTTM report ISIS Campaign: Encouraging Palestinians To Carry Out Lone Wolf Attacks, October 20, 2015.
[2] IS宣伝機関による最近の一斉キャンペーンのひとつが難民問題の絡むムスリムのヨーロッパ移住阻止キャンペーン。ソマリのジハード組織( Al-Shaba Al-Mujahideen)メンバーに対するIS加入勧誘キャンペーンもある。
[3] 次を参照:MEMRI JTTM report In New Message Following Being Declared A 'Caliph,' Islamic State Leader Abu Bakr Al-Baghdadi Promises Support To Oppressed Muslims Everywhere, Tells His Soldiers: 'You Will Conquer Rome', July 1, 2014.
[4] 次を参照:MEMRI JTTM report In New Audio Speech, Islamic State (ISIS) Leader Al-Baghdadi Issues Call To Arms To All Muslims, May 14, 2015.
[5] 次を参照:MEMRI JTTM report ISIS Spokesman Reiterates Islamic State's Steadfastness Against Coalition Campaign, Calls For Jihad Against Russia, Confirms Death Of Top ISIS Figure, October 13, 2015.
[6] 例えばサラフィ聖職者(Abu Muhammad Al-Maqdisi)のツイッターを参照: Twitter.com/imaqdese, October 15, 2015.
[7] コメントはジハードメッセージボードにビデオで乗せられた。Al-Jazeera, April 26, 2006.
[8] ザルカウィが言及した「導きのコーランと勝利の剣」という表現は、14世紀のイスラム思想家イブン・タイミーヤ(シャリーアの絶対性を主張)の著作からの引用である。この引用でザルカウイは、純粋なサラフィ・ジハード思想にもとづいて行動するジハード組織によって、エルサレムは解放されると言っているのである。つまり、アラブの国民国家PLOのような非宗教的民族主義運動、そしてムスリム同胞団と特にそのパレスチナ支部ハマスの姿勢を拒否する。
[9] Shamikh1.info, October 19, 2015.
[10] Shamikh1.info, October 20, 2015.
[11] Shamikh1.info, October 20, 2015.
[12] シナイ州に対するISの見解については、次を参照: MEMRI Inquiry and Analysis No. 1201, ISIS In Sinai Increases Military, Propaganda Pressure On Egypt, November 8, 2015. バグダディ演説については次を参照: MEMRI JTTM, In New Audio Speech, Islamic State (ISIS) Leader Al-Baghdadi Issues Call To Arms To All Muslims, May 14, 2015.
[13] 次を参照:MEMRI Inquiry & Analysis No. 999, Salafi-Jihadis In Sinai Call For Jihad Against Egyptian Military, July 24, 2013.
[14] 次を参照:MEMRI JTTM ISIS Sinai Province Promises To Bring Battle To Palestine, Calls Upon Muslims Everywhere To Kill Jews, November 1, 2015.
[15] 次を参照:MEMRI JTTM ISIS Sinai Threatens To Punish Egyptian Military For Operation Martyr’s Right, November 11, 2015.

(引用終)

『メムリ』の過去引用については、こちらを(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151119)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151121)。