ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

中東情勢の一分析から

メムリ」(http://memri.jp

1.Inquiry and Analysis Series No 652 Dec/23/2010


ジハーディストのクリスチャン攻撃と反キリスト煽動
―クリスマスシーズンで急増中―
R.グリーン(MEMRIの研究員)

この数週間中東及び西側でクリスチャンに対する攻撃、威嚇が急増している。次に紹介するのは、その現状である。ちなみに本報告は、MEMRI有料サイトのジハード・テロリズム脅威モニター(JTTM)記事を全文紹介するものである。


中東のクリスチャンに対する攻撃と脅し


カミリア・シェハタというコプト派のエジプト人女性がイスラムに改宗し、そのため本人の意志に反してコプト教会に監禁されているという話が流布した。そしてこれが引金となってジハーディストの煽動が始まり、行動を求める声が高まっている。著名なサラフィ・ジハードの聖職者が、シェハタを解放するためなら武力の行使が認められるとするファトワをだしている。例えばタルトウシ(Abu Basir Al-Tartousi)は、「たといよこしまな(コプト派総主教)シェヌーダや…ほかのよこしまな主教や聖職者など女性達を拉致した者共の死体の山を踏み潰すことになっても構わない。教会のドアを蹴破り、一人ずつ探さなければならない。これは犯罪ではない。アッラーの思召しである。宗教的責務である」と言った※1。モーリシャスの聖職者シンギティ(Abu Al-Mundhir Al-Shingiti)は、自分のだしたファトワで、「この(エジプト人)クリスチャン達の殺害は…許される…」と規定した。ジハード組織(Jama'at Al-Tawhid Wal-Jihad)の長でガザの聖職者マクディシ(Abu Walid Al-Maqdisi)は、「イスラム諸国に住むクリスチャンは、最早ズィンミーイスラムの支配権を受入れ、人頭税を払って保護して貰う書の民)の地位を享受できず、保護をうける資格がない。正当な攻撃対象である」と述べた。


イラク


この煽動の波に呼応した事件が、10月31日の恐るべき教会襲撃である。バグダッド聖母マリア救世教会をアルカーイダ系のISI(Islamic State of Iraq)が襲撃し、52名を殺害した。ほかに数十名が負傷している。襲撃時にこのISIがだした声明によると、この襲撃はカミリア・シェハタ事件に対する報復であり、バグダッドの教会は「腐敗した多神教の巣窟であり、反イスラムの戦闘司令部としてイラクのクリスチャン達に使われてきた」由である。この組織はエジプトのコプト教会最後通牒をつきつけ、48時間以内にシェハタを解放しなければ、エジプトのクリスチャンとその宗教施設及び諸機関は、ムジャヒディンの正当な攻撃対象になる、と警告した。
先の襲撃はサラフィ・ジハードのウェブサイトMinbar Al-Tawhid Wal-Jihadのシャリア委員会委員バグダディ(Sheikh Nasser Al-Din Al-Baghdadi)によって追認された。同委員は「イスラムムスリムに対する戦争」を仕掛けているのであるから、イラクのクリスチャンを攻撃対象にするのは合法である。と述べている。
この教会襲撃の後、バグダッド市内のクリスチャンの家を襲撃する事件が次々に発生した。ジハードフォーラムShumukh Al-Islam上でよく知られるひとりの執筆者は、イラクのクリスチャン聖職者を攻撃対象とする"ヒットリスト"を掲載し、ISIに全員を殺害するか、或いはエジプトのコプト教会に監禁されていると称するムスリムと交換するため人質にとれ、とアドバイスした。


エジプト 


12月17日、グローバルジハード・メディアフロントが、eジャーナルSawt Al-Jihadの第37号をだした。記事の大半はカミリア・シェハタ事件とエジプトのコプトに関する内容である。アニス(Abu 'Abdallah Anis)の書いたトップ記事は、「コプトは“グローバル十字軍”によってムスリム世界の中心に送りこまれたスパイである」と強調している。アニスによると、コプトはエジプトの政治と経済を支配し、自己の文化に固執し、若者のイスラム離れを促し、キリスト教へ誘導して改宗を迫っているコプトアメリカのエジプト征服を待ち望み、その手助けをしている。一方アメリカはコプトを使って、ムスリムの抵抗を弱め、ムスリムに対する心理戦を実施している。コプトの究極の目的は、世界のクリスチャンが共有するが、ムスリムをその宗教から引き離すことにあるコプトイスラエルと共謀し、エジプトから分離したコプト自治国をつくろうとしている。以上がアニスの主張である。
この12月には、ジハードメディアのYakin Centerが、エジプト国内外のコプト派著名人リストを発表した。ISIがコプト派社会に、監禁中のムスリムを解放するよう教会に圧力をかけよと要求しており、リストはその要求に対応したもので、そこに秘められた目的が奈辺にあるか明らかである。


クリスマスシーズン中の攻撃予告


西側では、この数週間に起きた事件のうちスウェーデンで発生した自爆未遂事件が、最も深刻な懸念材料となっている。12月11日、スウェーデン国籍を持っているイラク出身のアブダリー(Taimour ‘Abd Al-Wahab Al-Abdaly)が、クリスマスシーズンで賑わうストックホルムのショッピングセンターで自動車爆弾を爆発させようとした。アブダリーはこの10年間イギリスのルートンに居住しており、単独行為なのか組織細胞のひとつとして行動したのか、今のところ不明である。犯行当日、一通信社に録音メッセージを送っており、そのなかで本人は、スウェーデンを初めとするヨーロッパ諸国を威嚇している。
先週イラク内務省のテロ取締まり担当幹部が、クリスマス時にISIがアメリカ、イギリス及びヨーロッパ諸国でテロを意図している、と発表した。最近イラクの治安部隊がISIの幹部ひとりを逮捕し、本人の自供にもとづく情報といわれる。
西側でクリスマス時に攻撃をかけるというアイディアは、ジハードフォーラムのメンバー達もいろいろ論じている。フォーラムShumukh Ak-Islamの著名寄稿家であるムハダブ(Yaman Mukhdab)は、クリスマスシーズン中アメリカの“柔い下腹部”を攻撃するよう、ムジャヒディンにアドバイスしている。配電網を破壊し大都市で大規模停電を起せというのである。インターネットを通してSCADA(送電管理システム)に侵入して、ハッキングをする方法で、「歴史に残る忘れられないクリスマスプレゼント」になる、とムハダブは言っている。
偽情報を欧米の警察や治安機関及び通信社に山のように送る方法も、フォーラムで論じられている。クリスマスシーズンにテロが発生するという偽情報を流して撹乱、社会を混乱させるのである。
“アイマン435”と名乗るひとりのフォーラムメンバーは、クリスマス時にエジプトの教会を爆破せよと主張し、その教会リストを掲載している。それには、エジプトだけでなく、アメリカ、イギリス、フランス、スウェーデン、オランダ、オーストラリア及びドイツ所在のコプト派教会が含まれている。更にこの人物は、“殲滅的奇襲”攻撃をかけるための、イラスト入り手製爆弾作りのマニュアルも掲載した。このマニュアルは前にこのフォーラムにのせられたことがある。
“秒読みが始まった”と題して西側を威嚇するフォーラムメンバーもいる。この人物は、クリスマスの爆弾男アブデュルムッタラブ(Umar Farouk Abdulmuttalab)の写真と、"クリスマスの贈物"と称して爆発装置の図解を掲載した。
イスラミスト達は、キリスト教諸国の若いムスリム達を対象に宣教活動も行なっている。クリスマス行事に参加するなと要求し、神学と思想を中心にすえてキャンペーンを展開中である。シリア生まれのムハンマド(Sheikh Omar Bakri Muhammad)の運営する英語版ウェブサイトIzharudeen.comはその典型である。本人はイギリスのイスラミスト組織Al-Muhajirunのリーダーであったが、「クリスマスー業火への道」と題する記事を掲載した。邪悪なクリスマス行事に参加するなと警告を発し、彼等はイエスの誕生を祝っているのであるから、イスラムは信徒の行事参加を禁じており、「ムスリムは自分と自分の家族をクリスマスから守れ」と呼びかけた。
※1 MEMRI JTTMの「教会の襲撃をエジプトのムスリムに呼びかけるタルトウシ師」 (Sheikh Abu Basir Al-Tartusi Calls on Egyptian Muslims to Storm Churches)を参照。

2.Special Dispatch Series No 4370 Dec/27/2011


自爆こそ我が救済の道
ハマス系評論家の闘争観―


ガザで発行されているハマス系新聞Filastinに、「我々全員が殉教をめざす」と題する記事が掲載された。著者はハマス系評論家のシュレテー(Fakher Shreteh)で、パレスチナは、抵抗と火薬、そして大地を朱に染める流血を通してしか救済されないと主張、死より命を愛する者は、いつも戦いに負けると書いた。以下その記事内容である※1。


太地を朱に染める血と火薬でしか救済されない


我々は、アブラハムが捧げたように、我々の命を聖壇の地ガザに捧げる。パレスチナが末永く生きていくように、我々は誇りを胸に死の壮途につく。我が郷土を救済するためなら、我々は自分の命を犠牲にしてもよい。我々は、先人達の血を受け継ぐ者である。ヤセル・アラファト、ヤシンとランチシ(共にハマスの創設者。表記はAhmad Yassin、'Abd Al-'Rantisi)、シュカキ(Fathi Shqaqiパレスチナイスラム聖戦創設者)、ムスタファ(Abu 'Ali Mustafa人民戦線書記長)や郷土のため己れの血を犠牲にした人々と隊伍を組み、殉教の道を進む覚悟である。彼等はパレスチナのため己れをかえりみず、自由と友愛の地、過去と未来を結ぶ郷土のため、命を惜しまなかった。我々殉教の道を進む者は、自己犠牲の婚儀の目を待ち望んでいる※2。我々の心にエルサレムが成長を続け、エルサレムの愛が我々の血と血管に流れている。我々の裸体は、敵を木端微塵に粉砕する爆弾であり、我々の心は、無敵シオニストという神話を粉々に吹飛ばす火薬である。
パレスチナ人民の救いの道はひとつしかない。大地を朱に染める流血、敵を砕き我等の名誉を守る火薬と抵抗。救いはそこにしかない。奪われた土地、悲劇に打ちのめされた人民の名誉。問題はそこにある。この二つは、血を流してしか回復できない。これは、我々の先人達から学んだことである。カッサム('Izz Al-Din Al-Qasdam)そしてザイル、ジャムジョウム、ハジャジ(1929年のアラブ暴動で英軍に逮捕され、1930年に処刑された。表記はそれぞれ'Ata Al-Zeir、Muhammad Jamjoum, Fouad Hajazi)の足跡をたどって、アケル('Imad 'Aqel、カッサム旅団の隊長)、リッシ(Ahmad Abu Al-Rish、第1次インティファダのファタハ戦士)、ハラジン(Majid Al-harazin、イスラム聖戦の幹部)が、殉教の道につき、命を捧げた…。
我々には、耐えることを知る先人達がいる。まさに模範的人々であり、我々に勇気を与えてくれる。シェイフ(Umm Muhammad Al-Sheikh)或いはパレスチナ人女性ハンサ(Al-Khansa bint 'Omar)※3。彼女は、5人の息子を次々と失った。アルクドス隊の指揮官ムハンマド、マハムード、シャラフ、アシュラフそしてアフマド。彼女は息子達をアッラーに捧げた。貴人となった息子達に天国でまみえる準備をしたのだ。このような先人達から勇気を貰う我々の闘争に、敗北などあり得ようか※3。


地上から抹殺する、ユダヤ人は覚悟せよ


エルアクサの解放とパレスチナ国家の建設は、犠牲者なしで、棺と葬式なしでは実現しない。痛みと苦しみそして病なくして実現しない。イスラム共同体(Ummah)の理解するところである。パレスチナ人指導者の故アブアマル(ヤセル・アラファト)は、「パレスチナ殉教を願望せぬ者がいるであろうか。我々は全員がこぞって殉教をこい願っているのだ。イスラエル空爆、砲撃、ミサイル攻撃は続く。そして殉教の道を進む者が、毎日倒れても意に介しない…」と言ったように、老いも若きも男も女も、〝数百万の殉教者がエルサレムへ向かって行進する〟という有名な言葉を、頭に叩きこんでいるのだ。騎士に列された故シュカキ博士は、殺される前死の恐怖についてたずねられた時、「自分は長生きしすぎた」と言った。ムジャヒディンのヤシン師は、「私は死を恐れない。アッラーのおぼしめしで、我が郷土が解放される迄、ムジャヒッドの道をつらぬく」と言った。ムジャヒディンにとって死とは、郷土のために生きる第一歩にすぎない。死より生を愛する者は、敵との対決に負ける。殉教者の血は、イスラム共同体の香料であり、飾りであり力である。
以上述べたことから、結論は明らかである。パレスチナ人の血を大地に注ぎ続けることが、パレスチナ確保の真(の道)であり、所有権のあかしとなる…屈辱のもとで生きるより、名誉の死を遂げた方がよい。我々は、現世に執着せず、真直ぐ背をのばして死ぬ。
シオニスト軍は、この戦士達と殉教道を進む者を前にして、恐れおののき、挫折感を味わっている。自爆作戦は、鉄拳の如く占領者の指を砕き、その占領者はたじろぎ、周章狼狽し、混乱する。敵は進撃できず、野望の追求ができなくなる。パレスチナの抵抗は、シオニスト占領軍を畏怖せしめ、彼等は汚辱にまみれ尻尾をまいて、ガザから出て言った。ムジャヒディンは、占領兵の心に恐怖を植えつけた。胸にコーランを抱きライフルを手にして突撃してくる戦士を見て、占領兵はぶるぶる震え出す。
イスラエル人が痛感しているように、今日は昨日とは違うのである。今や彼等は、強大なムジャヒディンの軍に直面するに至った。やがて、殉教と解放の婚儀の時は来る。ムジャヒットが、天国で永遠の生を得るため、己れの命を犠牲にしてアッラーに捧げる時がくるのだ。シオニスト達は今に自分の末路を知る。殉教者が屍衣を身につけ、己れの心を両手に捧げ持ち、死を恐れぬ自爆作戦を敢行する時、終りがきたことを知るのだ。ユダヤ人達は、パレスチナ人達が神の約束に従って立上り、自分達を一掃することを知っている。
※1 2011年12月13日付Filastin(ガザ)
※2 殉教者の葬儀は伝統的に婚儀と称される。殉教者は花婿、天国で処女達の許へ案内される。
※3 ハンサ(Al-Khansa Bint Omar、殉教者の母とも呼ばれる)は、イスラム前の女性詩人。預言者ムハンマドの時代にイスラムへ改宗、カディシャ(Al-Qadissiyya)の戦いで4人の息子を失くした。

(引用終)