ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

ツヴァイクが読みたくて

巨大震災および原発問題の影響で、なかなか沈鬱な気分が抜けない日々ですが、ここ数日、どういうわけか突然、無性に読みたくてたまらなくなったのが、シュテファン・ツヴァイク(1881−1942.2.22)。

・„Vierundzwanzig Stunden aus dem Leben einer Frau”, 1927.
・„Die Welt von Gestern”, Stockholm, 1942.

マリー・アントワネット』などの作品にはあまり興味を惹かれませんが、学部生時代に、ドイツ語読解のテクストとして紹介された時から、この2つの著作には、なぜか夢中になっていました(参照:2008年2月29日付「ユーリの部屋」)。多分、元々こういう方面が私には合っているのでしょう。音楽だって、20代の頃、芸大名誉教授の先生から、「あなたは重たくて壮大な曲が合っているわね。例えば、ブラームスなどのように」と指摘されたぐらいですから(参照:2008年1月4日付「ユーリの部屋」)。
そして、やっぱり文学部出身。テクスト解釈は、おのずと文学的に、そして自由に、という習性が備わっているようです。好き嫌いははっきりしているけれども、物の考え方は、かなり自由な方だと思っています。これも最近気づいた、自分の傾向。
最初の「女の二十四時間」は、筋を覚えている限り、二十歳過ぎの小娘には、ちょっとショッキングだったというのか、(男の人って、いやぁねぇ)みたいな箇所がありましたが、さすがにあれから時を経て、今ならもっと弾力性のある読み方ができるのではないか、と。
二番目の「昨日の世界」は、ヨーロッパ文化の崩壊に絶望したユダヤツヴァイクの、いわば自叙伝。もっとも、学生の頃は、そのさわりの部分をドイツ語で訳読しただけですが、今、この心境で読むなら、その感想はいかに?
早速、図書館に予約してみようと思います。本来、こんなことをしている場合じゃないのですけれども....。