最近のアラブ情勢の一分析
「メムリ」(http://memri.jp/bin/articles.cgi?ID=SP354011)
緊急報告シリーズ
Special Dispatch Series No 3540 Jan/30/2011
アラブ世界における最近の事件と三つの見方
チュニジアのベン・アリ大統領が追放され、その追放劇が波及する形で、エジプト、ヨルダン、イエメン等で暴動まがいのデモが発生した。最近アラブ世界で複数の事件が発生した事態について、アラブ諸国のメディアは、まちまちの認識を示している。
サウジのジャーナリスト達は、この一連の事件の背後にイランがいると考えている。
イランの報道機関はこの解釈を是認し、今回の展開を、アメリカ派西側に対するイラン派抵抗陣営の勝利と位置づけ、ほかの親西側アラブ政権は、チュニジアの前政権の後をすぐに追う、と予見した。
ロンドン発行アラブ紙Al-Quds Al-Arabiの編集長アトワン('Abd Al-Bari 'Atwan)は、長年反西側の立場をとり、オサマ・ビンラーディンとサッダム・フセインを支持してきた人物で、今回の事件を一番深刻に考えているのはアメリカとイスラエルである。親西側アラブ政権の崩壊で一番打撃をうけるのがこの二国であるからだ、と主張した。
今回の展開については、大別して三つの見方がある。次に紹介するのはその三つの認識である。
・イランの主張
最高指導者アリ・ハメネイに近いイラン紙kayhanは、中東で起きているのはイラン派抵抗陣営対アメリカ派傲慢政権の武力戦及び“ソフトウォー”であると規定。抵抗戦線はレバノン、イラク、アフガニスタン、エジプト、スーダンで勝利しつつある。イスタンブールにおける核協議の勝利と平行した勝利であると主張。西側の友邦たる敗北政権は、この地域から排除せよと呼びかけた※1。
革命防衛隊に近い週刊誌Sobh-e Sadeqは、レバノン危機は地域へはね返り、これがアメリカに多大の損害を与えていると主張し、次のように書いている。
サウジ・シリアイニシァチブは失敗している。何故ならば、アメリカの意を体したサウジアラビアの動きが、単に時間稼ぎのためだけだからである。つまり、レバノン特別法廷(STL)の起訴免除までである。ジュンブラット(Walid Jumblatt)がシリア・ヒズボラ陣営についたことが転換点であった。これでハリリ首相は用済みになった。ヒズボラは賢明な動きをしている。イスラエル、サウジアラビア、アメリカ、そしてギアギア(Samir Geagea)のようなレバノンの特定集団はヒズボラが暴力に走ると不気味な予見をしていたが、当のヒズボラは暴力に訴えることはなく、政治、メディア及び安全保障のレベルで愛国的立場をつらぬいている。
一方、チュニジア蜂起に続く状況について、同誌は「親米アラブ政権は、ドミノ式にひとつずつ崩壊する」と判定した※2。
・サウジの主張
サウジのAl-Arabiya TV編集局長でロンドン発行サウジ紙Al-Sharq Al-Awsatの前編集長ラシード('Abd Al-Rahman Al-Rashed)は、イランが反イラン派諸国に不穏事態を仕掛けたと主張、次のように論じた。
「2年程前、テヘランはデモ隊の(怒りで)大揺れに揺れた。(2009年6月の大統領選挙で)不正選挙、票の買収が発覚し、抗議デモとなり、アフマディネジャドの支配を非合法と発表したのであった。今日震撼しているのは、チュニジア、ラマッラ(ウェストバンク)、ベイルート、エジプト、ヨルダンである。それ以外の国でも騒動の下地はできている。
政治がらみでみた場合、(アラブ世界の)地図は、イラン派と反イラン派に色分けされる。最近の騒動は、反イラン派諸国で発生している。チュニジアのベン・アリは倒れた。ヒズボラの指導者はハリリ(Sa'd Al-Hariri)政権を打倒した。(PA議長の)アッバス政府は、容赦のない中傷誹謗キャンペーンにさらされている。更にカイロの解放広場は、フェイスブックとツイッター(のデモ参加者)であふれかえった。現政権と議会諸共体制打倒を望み、さまざまな要求をしている。ヨルダンでは、政府が予定していた物価の値上げを中止したが、デモをストップできなかった。デモ参加者は、基本的な暮らしの問題から対米関係の断絶まで、さまざまな要求をつきつけている…」※4。
レバノンについてはどうであろうか。反対勢力の候補者ミカティ(Najib Mikati)の組閣指名について、サウジのリベラル派コラムニスト、オタイビ(Abdallah bin Bjad Al-'Otaibi)は、これはイランの意を体したヒズボラ書記長ナスララの仕業と断じ、ナスララはイランの最高指導者ハメネイのレバノン代表である、と書いた※5。同じ主旨の分析が、1月27日付サウジ日刊紙Al-Jazirahで行われている。
反西側アラブ紙の主張
ロンドン発行紙Al-Quds Al-Arabiでは、穏健派アラブ政権に批判的な同紙編集長アトワン('Abd Al-Bari 'Atwan)が、政治・経済デモの発生地は、エジプト、ヨルダン、イエメンなど親米国であると強調し、チュニジアのベン・アリ同様ムバラクも、配所の月を眺めながら亡命の余生を送ることになると論じた。アトワンは、今回の一連の事件はイスラエルとアメリカにとって非常に厄介な事態と分析、次のように主張している。
「中東の状況に一番困惑し動揺している2ヶ国が…アメリカとイスラエルである。間違いない。抗議の火の手は、穏健派アラブにおきて、その炎が次々と政権をなめ、アメリカの外交政策に追随することで知られる独裁者達にせまっている…。
政権を打倒するような大変革に直面している国が三つある…即ち、エジプト、イエメンそしてレバノンである。3ヶ国いずれも、それぞれに特異な重要性を持ち、アメリカの戦略的ニーズにこたえる国である。エジプトは…イスラエルの安全保障のかなめでアラブの(イスラエルとの)関係正常化計画をリードし、あらゆる形態の政治的反体制派とイスラム過激派主義と戦っている。イエメンは、アメリカの対アルカーイダ戦争におけるかなめ石と考えられ、石油資源地帯と(同組織との)緩衝地帯とみなされている。レバノンについては、抵抗陣営の穂先、イランの地政学的軍事的野望の第一線と考えられている。チュニジア人民が独裁政権を打倒したように、抗議者達が騒々しくデモをおこない政権打倒を叫んでいるところが、実に親米(諸国)である点に注目すべきである…。
アメリカは多分その定めを受入れ、この地域でうまれつつある変化を黙認するだろう。しかしイスラエルはパニックにならぬよう自制するのが難しいだろう。この国が30年間享受してきた安定、安寧そして傲慢(な支配)は、今やエジプトの抗議者(の行動)に左右される状態になったのである。うまみのある年月は過ぎ、これから不毛の年が始まると言ってよい。今やこの国は危険に包囲されるに至った。4万発のミサイルで武装し、殉教志願指導部に率いられた“民主的”インティファダ、7000年の歴史を持つ(エジプトの)人民革命、権威を喪失したパレスチナ自治政府、そして、まだ崩壊していないとしても、崩壊のふちに立つヨルダン政府。イスラエルの周囲にあるのは、この四つである…。
ムバラクにはひとつの選択肢しかない。ファルーク王(エジプト最後の国王)がやったように、権力を静かに軍部へ渡すことである…サウジアラビアは門戸を閉じず入国を認める。(国際)法を守る気はないから、本人をエジプトの新政権に引渡すことはしないだろう。更に、ムバラクの余命はいくばくもないが、亡命の地として選んだ所で精々長生きすることを、心から願っている…私は亡命の地としてサウジアラビアを勧める。天候はイギリスよりも良いし、シャルム・エルシェイクにある御気に入りの別荘と同じような家を、あてがって貰えるからである…」※6。
※1 2011年1月26日付Kayhan(イラン)
※2 2011年1月24日付Sobh-e Sadeq(同)
※3 デモがフェイスブックとツィッターを通して組織された事実に由来する。
※4 2011年1月27日付Al-Sharq Al-Awsat(ロンドン)
※5 2011年1月26日付Okaz(サウジアラビア)※6 2011年1月27日付Al-Quds Al-Arabi(ロンドン
(引用終)