ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

真の強靱な研究魂の維持と実践

Port of Effective Management (http://www.portem.co.jp/meigen4.htm)


ドラッカー名言録4 「自分はここで何を貢献できるかを考えよ」


 ドラッカーが4半世紀前に、新しくアメリカ企業の輪出部長に就いた若い人に「いま、自分はいったいどう考えて、この新しい仕事に就いたらよいのでしょうか……?」と問われたときに与えた答えが、今回の「自分はここで何を貢献できるかを考えよ」である。


 このアドバイスは今日まで脈々と生きていて、ドラッカーの最新刊である『明日を支配するもの』の最終章でも「自らの果たすベき貢献」として再現されている。


 この「貢献」は、英語の原文ではcontribution(コントリビューション)であるが、「貢献」のほかに「寄与、役に立つこと、一助となること」などという訳をつけることができる。また、このコントリビューションは、「発言」とか「寄付」などという使われ方もする面白い言葉である。


 ドラッカーは、「知識の段階から次の行動の段階に移るときの起点となるのが」この貢献だという。


 しかも「何に貢献したいかとただ漠然と思うのでもなく、また何に貢献せよといわれたからやるのではなく」自分で真剣に考え抜いて、それぞれの場で自分が何に貢献すべきかをギリギリしぼり出して、それを実行せよと説くのである。


 現代のように知識社会になり、働く人々がすべて知識労働になってくると、上司や組織からの指示を求めて自らの行動を決めることは少なくなってきている。割り当てられたことでもなく、さりとて好き放題をやるのでもなく、自ら考え出し、組織に対して最も付加価値を高め、自分の強みを投入するように貢献せよというのである。


 しかもドラッカーは、どこで、いかに貢献するかについて、もう2つほど具体的な注文をつける。


 それは、「貢献のためのプランは明確かつ具体的なものであり、しかもあまり先を見ず、長くてもせいぜい1年半か2年を、その対象期間とせよ」と限定するのである。


 そして、貢献目標は、やさしすぎず、そうかといって、ギャンブルでもするようなイチかバチかではない。少々背伸びをしたもので、達成可能なものをという条件をつける。それなりに難しくて野心的で大胆ではあるが、無謀で無理な内容のものはいかんというのである。


 このようにみてくると、自らの貢献の内容を選び出すには、

  (1)状況が求めているものは何か
  (2)自分の強みや価値に根差したものは何か
  (3)そこから生まれる成果の意味は何か
という3つのファクターを、十分考え合わせればよいというのである。


 現在のように、無限ともいうべき選択肢が提供されているとき、運命に支配されずに自らの運命の主人に少しでもなるには、気ままであってはいけない。「自らの果たすべき貢献は何かという問いからスタートするとき、人は自由となる。責任を持つがゆえに、自由となる」という味わい深いドラッカーの発言を、われわれとしては十分噛みしめるべきではなかろうか。


(引用終)

母校の先輩のご活躍から刺激と励ましを与えられ、今後の私に何ができるのか、何をしたいのか、はやりのドラッカーを参考に考えてみました。
ところで、少々話は変わりますが、時々、図書館で、書庫から出していただいた数冊の古い本を抱えている時に、ばったり知り合いの教授にお会いすると、文字通り目を丸くしてびっくりされます。どうやらその表情の意味は、(まだ勉強しているのか?)ということらしいのです。
しかし、私の学部時代の指導教授は、84歳になっても、矍鑠と、学会発表および論文書きを続けていらっしゃいました(参照:2008年2月20日・2010年4月7日付「ユーリの部屋」)。それも、皮肉な「老害」なるものではなく、年下の世代の中に、いい加減で根拠のない主張を学会でも展開する人が少なからずいたために、それに対する鋭い批判を具体的に教示するという目的も含めてのことだったようです。
ちなみに、国語国文学の教授らしく、毎年いただくお年賀状は、毛筆で自作の和歌つき。厳しいことこの上なかったのですが、人はかくあるべし、と無言の薫陶を授けられていました。これが教育の真髄なのではないかと思います。
不肖ながらも、高く仰ぎ見つつ、少しでもそれに倣う者とならなければ、と必死なのに、昨今の媚びへつらう軽薄な風潮は何なんだ、と感じることもあります。
一生涯、勉強を続けるのは当たり前ですが、それ以上に、上記の恩師が常に強調されていたのは、「真の強靱な研究魂の維持と実践」に要約されるかと思います。