ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

1.17の神戸

奇しくも「1.17」の昨日、神戸にいました。目的は、2月のフランス旅行の説明準備会だったのですが、旅行の主催者兼会場は、不思議なように神戸バイブルハウス。実は、2008年1月17日にも神戸バイブルハウスでの講演を聞きに行っていました(参照:2008年1月17日・1月18日付「ユーリの部屋」)。
16年前のあの日、私はマレーシア滞在中でした。夕方に立ち寄った、今はなきヤオハンのフードコート近くで、そばに積み上がっていたマレーシアの華語夕刊新聞の一面の文字が目に入り、(「神戸」って日本の神戸のこと?)と一瞬、何の事やらわかりませんでした。慌てて国際電話をかけると、実家の名古屋近郊から京都の弟の所には、朝からずっと電話がつながらず、安否もわからなかったとのこと。クアラルンプールから京都へは、すぐに電話できたのも、今では懐かしい経験です。
三宮など、今では何事もなかったかのように駅を利用していますが、あの震災を経験した土地の人々にとっては、複雑な思いが封印されたままなのではないだろうかと思います。「水清ければ魚住まず」と、タクシーの運転手さんが、建物は新しく復興したにせよ、心の復興は依然としてできていないことを話してくれたのも、しみじみと思い出されます(2007年12月14日付「ユーリの部屋」)。

さて、フランス旅行の件ですが、参加者はカトリック教会の方が大半を占め、プロテスタントと比べて、雰囲気がどことなく華やかで和やかな感じがしました。概してプロテスタントは、非常に勉強熱心で峻厳なので、若い頃は惹かれますが、歳をとって思うがままに任せない状況に遭遇するようになってくると、トータルな人間観を踏まえたカトリックのゆとりや知恵深さを感じます。
たまたま隣に、恐れ多くも大司教様が座られたので、休憩時間に、聖体拝領に関する質問や今回旅行に参加する理由などお話させていただきました。短いひと時でしたが、ご多忙のところ、重要な事柄について直接うかがえて、貴重な経験となりました。
せっかくフランスに行くのだからと、数ヶ月前からフランス語を学び始め、フランス語訳聖書も買い求めて張り切って準備していましたが(参照:2010年11月14日付「ユーリの部屋」)、実際にはゆったりとした巡礼の旅だそうで、こちらが気を張る必要もなく、安心しました。でも、これを機にフランス語は続けます。