ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

サロネン&ヒラリー・ハーン演奏会

というわけで、今もまだ日本公演中(今日は東京文化会館。6月3日の名古屋で終了予定)のサロネン指揮・フィルハーモニア管弦楽団ソリストヒラリー・ハーンを迎えた演奏会の感想を綴ってみようと思います。
しばらく前には、怖いもの知らずで、自分用の記録として、音楽についても気楽にいろいろと書いてしまったのですが、今回は、ちょっとした気分転換も兼ねて、いろいろ調べ始めたところ、つい、夢中になってしまいました。正確には、メモを取りながら、英語インタビューや彼女自身のジャーナルを読んだり、ビデオインタビューを聞いたり、You Tubeでそれぞれの演奏を聞いたりすると、あまり気軽には書けないなあ、という気分に...。このような積み重ねを繰り返すことで、少しずつ、自分なりのクラシック・ライフが深まっていくのでしょうが、それにしても、サロネン氏にしてもヒラリー・ハーンにしても、すごい才能で、世界はやはり広いなあ、と感嘆の思いです。
そのような演奏に直接触れられたひと時は、人生の大切な思い出として、大切にしたいものです。
以前なら、演奏会場から帰ってすぐに、興奮冷めやらぬままに、パソコンに向かって感じたことや観察したことなどを書いていたように思いますが、演奏会そのものに慣れてくると、その場ですぐ、というのではなく、感動がじわじわと体内に吸収されて、音楽の余韻が翌日あたりから甦ってくるような経験をするようになりました。そういう演奏会は、自分にとって至福のひと時だったという意味で、じっくり味わいたいものです。
You Tubeのおかげで、大家の古い録音なども聴き比べが楽にできるようになり、昔なら、(この演奏は一体どうなんだろう、いいのかどうかよくわからない)という素人故の判断不能状態も、少しずつ改善されてきたように思います。やはり、多少無理してでも、いい演奏に触れなければならない、ということです。

さて、エサ=ペッカ・サロネン氏。確か、テレビで拝見したことがあったかと思いますが、今回、お目にかかれて幸いでした。病気療養中の小澤征爾氏の代わりに、ウィーン・フィルの指揮のため、今秋にはまた来日してくださるそうです。(こちらは、諸事情で行けませんが...。)

今回の日本ツアーの初日が西宮で、このホールは、佐渡裕氏のアレンジが上手なのか、六甲山辺りの裕福で文化的に意識の高い人々がバックアップしているからなのか(と某音楽雑誌の座談会で語られていた)、世界的に有名な実力派演奏家が次々に来てくださいます。ヒラリー・ハーンだって、昨年1月に引き続いてのご登場。しかも、同封のちらしによれば、来年のリサイタルも決定したそうです。
恐らくは、駅前で便利な立地条件と、ホールの響きが非常にいいからではないか、とも思います。観客の方は、チケット料金によっては、最上階(4階席)から見下ろすことになり、それが視覚的にいいかどうかはともかくとして、壁にも天井にも見苦しいものが一切なく、非常に音がよく聞こえるのです。さすがは、5年前に開設されただけはあります。我が家からは、一時間少しで到着できるのも、ありがたいことです。

さて今回は、4月以降、三つの演奏会が続いたので、チケット代を節約(?)することにし、D席の9000円を二枚。4階席のやや右寄りでした。昨年12月15日に届きましたが、あの頃、予約はそれほど難しくはなかったという記憶です。この演奏会については、大きな新聞広告が前日まで何度も掲載されていたので(ただし、A席18000円以外は完売との表示)、お客の入りはどうかと思っていたのですが、世間では不況だという割には、上から見た感覚では、ほぼ9割5分以上は埋まっていたかと思われます。約2000席の大ホールですから、さすがは、といったところでしょうか。

プログラムは次のとおりです。

サロネン:ヘリックス
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
シベリウス交響曲第2番 ニ長調 Op.43

[アンコール]
バッハ:無伴奏ヴァイオリン パルティータ第3番 BWV1006 ルーレ
シベリウス:付随音楽『ペレアスとメリザンド』Op.46より「メリザンドの死」
シベリウス組曲『カレリア』Op.11より「行進曲風に」
      

プログラムの三曲は、5月30日の東京芸術劇場と6月2日の東京サントリーホールでも同じです。その他の日には、後半部で、シベリウスのシンフォニーの代わりにベルリオーズ幻想交響曲Op.14aを三回演奏することになっていました。5月31日のサントリーホール(一回目)では、前半部にムソルグスキー交響詩『はげ山の一夜』(原点版)とバルトーク組曲中国の不思議な役人』が奏されたようです。
ところで、バルトークが苦手だと以前も書きました(参照:2007年9月25日付「ユーリの部屋」)。『中国の不思議な役人』は、ケント・ナガノ指揮・ロンドン交響楽団のCDを、2005年4月19日に大阪で開催されたケント・ナガノ率いるベルリン交響楽団の来日演奏会(ソリスト庄司紗矢香さん)で購入しましたが(参照:2007年10月3日付「ユーリの部屋」)、一曲目のストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』はともかく、どうしても相性が合わず、夢中になって聴くというところまでいけませんでした。
ところが、今回、ホールで買い求めたプログラムを家で見ているうちに、せっかくだからもう一度『中国の不思議な役人』を聴いてみよう、と思い立ち、今朝方、解説を読みながら聴きました。な〜るほど、こういう経緯と物語と曲の構成だったのですね!やっと、合点がいきました。5年たってからなんて、どうも時間がかかるものですね!
それにしても、こういうタイトルこそに問題ありというのか、それこそ一種の「オリエンタリズム」ではないか、と思ってしまうのですが、芸術として深く読み込む方にとっては、愛こそが人を生かす、というメッセージなのだそうです。(本当かな?)
それはともかく、当日の公演に戻りますと、土曜日ということもあってか、午後6時開演、その5分後までは、楽団員が席について勝手に音出しをにぎやかに始めていました。そしてコンマス登場で拍手。ホール全体が暗くなり、直後に元気よく若々しい様子で入って来られたサロネン氏。
彼は作曲家であり、第一曲目は自作自演。この10分間は、私にとって初耳でした。「螺旋」という意味だそうですが、銅鑼や木琴やシンバルやドラムなど多様な楽器をふんだんに使い、音型の展開と音量の重なりがおもしろく、現代曲としては聞きやすかったと思います。ただ、メロディーを覚えられたかといえば疑問で、いつかまた、繰り返し聞いてみたい曲です。
さて、カーテンコール一回の後には、かなり楽器が減って、弦中心の舞台装置。チャイコフスキーのコンチェルトを初めて諏訪内晶子さんで聴いた時には、大がかりな曲だなあ、という印象でしたが、こうしてみると、現代曲がいかに複雑な構成を持つかが、改めて実感できます。
観客の咳き込みが一応おさまったところで、6時17分頃には、お待ちかねのソリスト登場。今回は、肩を出した真っ赤なドレスに髪の毛を短くまとめていました。衣装は、スカート部分が二重になっていて、歩くとひらひらと外側のひだが広がる上品なものでした。そして、あごアテの部分には黒いハンカチを当てていました。
マイクも恐らくは埋め込まれているのでしょうが、ソリストによっては、小さなマイクを前に一本立ててあるのを時々見かけるものの、ヒラリー・ハーンの場合は、何もなくても艶やかに深々とよく響いていました。ほとんど調弦なしでの演奏開始。人口に膾炙した曲ですが、今回は、テンポはゆっくりめだったでしょうか。そして、妙なパフォーマンスの一切ないヒラリー・ハーンですが、体は時々、前に片足を出すように揺れてはいました。弓さばきは、庄司紗矢香さんの方が、細かく丁寧にはっきりと音を出しているようにも聞こえましたが、この辺りになれば、もうそれは好みの問題なのでしょう。
カデンツァの後で一ヶ所珍しく音が一瞬外れたような感じがしましたが、私の空耳だったのかもしれません。
二楽章では、ミュートをつけての演奏。時折、体をたゆたうように揺らして、オケの各パートをじっと見ながら、よく耳を傾ける姿勢を示していました。後半は弱音器をゆっくりと外して、目立たないように指揮者の譜面台へそっと置く。こういう点も、舞台での振舞いとして、彼女は気品に満ちあふれていて、非常に優れていると思います。
二楽章に続けて三楽章。ピッチカートが大変よく響いていました。最後には、ブラボー。サロネン氏と抱き合い、左右にキスを受けていました。
コンマスとも最後に握手。楽団員に向かって、彼女も拍手。カーテンコールは三回。
う〜ん、音楽が自然に深く流れるような感じで、とても心地よい時間でした。何度も聴いている曲なので、演奏家の個性がよくわかるのですが、ヒラリー・ハーンのすばらしさは、奇を衒ったりせず、体の動きも少なく、曲の本質を素直にオーソドックスに見つめて、難しい箇所も難しいと感じさせずに表現するところだろうと思います。テクニックが抜群なのは当然であって、それでいて、技巧をひけらすこともなく、音楽が新鮮で、読み込みも深い。まだ30歳を超えたばかりなのに、比類無き才能だと驚かされます。しかも、アメリカの若い世代の女性として、伝統を尊重する態度もすばらしいと思います。
と思っていたら、アンコール。数年前、6週間のイマージョン学習で学んだという日本語で「バッハのブーレです」と。この声もよく響きました。(ユーリ後注:曲名について、神戸在住のバッハファンの方からメールで、間違いだとご指摘を受けました。正しくは2楽章の「ルーレ」だそうです。お詫びして訂正いたします。
2分程度の無伴奏曲。バッハはいつ聴いても素晴らしく、会場の雰囲気が変わります。(と、彼女も英語インタビューで語っていました。)
ちなみに、ベネディクト16世の80歳の誕生日にヴァチカンに招かれて演奏した彼女ですが、今回判明したのは、カトリックではなく、ルーテル派の家庭に育ったとのこと。ドイツ系アメリカ人という背景から、なるほどと納得。また、テレビのない家で一人娘として育ったものの、お父さんが教会の合唱団で歌っていて、小さい頃から、いつもあらゆる曲が流れていたそうです。その意味で、彼女のバッハは、生育過程からも思い入れがうかがえるのでしょう。CDの試聴やYou Tubeで聴いても、大変惹きつけられました。まずもって、テクニックが素晴らしいのは言うまでもないことですが、音がとても自然に流れて耳に心地よく、しかも深く静謐で真摯な印象を受けます。あの若さで、すごいことだと思いました。
7時4分から20分の休憩へ。いつもならば前半の演奏を聴いてから休憩時間にCDを選んで買うのが習慣でしたが、今回は、ホールに到着したのが開演25分前だったので、プログラムと一緒に、すいている合間にシベリウスシェーンベルクのコンチェルトを買っておきました。スウェーデン放送交響楽団ですが、指揮者がサロネン氏なので、記念になると思ったのです。
ヒラリー・ハーンの場合は、コンチェルトのCDで、曲の組み合わせ方がおもしろいと思います。他の人とは一風変わっていて、私にとっては、片方は知っていても、もう片方は彼女に紹介してもらって聴く、という形になります。これはいいことで、昨年も、彼女のおかげで、アイヴズやシュポアなどの作曲家を知ることができたのです。あの後、早速、曲を探し出してHDDに録音し、時々は演奏会のことを思い出しながら聴いていました。
ところが、じっと席についたままプログラムを読んでいるうちに、(もしかして、このCD、自宅にあったものかもしれない)と気になってきました。2500円ですから、いくら後でサインをいただくとしても、同じ事なら他のCDにすればよかったかな、と....。この頃、いろいろな曲を聴くようになって、だんだん、記憶があやふやになってしまったのです。
結論を先に申しますと、これで正解でした。確かに、彼女の演奏でシェーンベルクを聴いてみたくて、同じCDを図書館から借りたことはありますが、それは昨年1月下旬のことで、気に入ったためにライナーノートをコピーして、読書ノートに貼り付けておいたのでした。だから、見覚えのあるCDのジャケットだな、と。(参照:2009年1月23日付「ユーリの部屋」)

後半は、7時20分きっかりに楽団員が入場。後ろの席が5つほど空いたまま、5分後にはコンマスが入って、軽く音合わせ。そして指揮棒をゆらりゆらりと振りながら登場されたサロネン氏。そして始まったシベリウス
第2番は特に有名で、特に何も言うことはありません。しかも、シベリウス音楽院に学んだ指揮者から聴けるのです。いかにも北欧のシベリウスらしく、テンポに揺らぎのある雄大な曲。しかも、とにかく弦の音が細かく揃っているところが美しく、気持ちのよい音の波に身を委ねた感のする一時でした。オーケストラは、明るく落ち着いた印象。最終楽章で、ブラボー。
カーテンコールは三回。いずれも、深々とお辞儀をされていました。同じくシベリウスのアンコール曲では、舞台から客席を振り返って、野太い声で曲目を。いずれも、引き込まれるような、あっという間の10分でした。
8時25分には終了。コンマスと握手したかと思うと、一緒に舞台袖に戻って行かれた指揮者に続いて、楽団員も引き上げ。その後すぐに、スタッフが楽譜を片付け、ドラムにカバーをかけ、本当に終了だということがわかっていても、かなり多くのお客さんが残ったまま、拍手をいつまでも続けていました。余韻を楽しむとはこのこと。でも、それだけに本当にすばらしい時間を過ごさせていただいたと私も思います。
全くの蛇足ながら、遠慮無く咳をする人がやはりいて、前半部で時々気に障りましたが、後半部では、もう気にならなくなりました。咳といえば、大学生の頃までは私も、ホールでピアノのソロ演奏を聴いている途中に、なぜか空中の埃が鼻の一方から入って、喉を刺激し、我慢するのが大変だということがしばしばありましたが、長ずるにつれて、ホール環境も改善されたのか、体質が変わったのか、曲に集中している限りにおいて、咳が出るようなことはなくなりました。いつも思うのですが、遠慮深く咳をするのはやむを得ませんが、自宅でテレビを見ているような感覚で、ゴホン、ゴホンとするのは、どうもいただけません。特に、聴かせどころの静かな箇所など、どうして邪魔をするのだろう、とさえ思ってしまいます。2000人も集まれば、なかなか統一は難しいのでしょうが。
明日は、サイン会とヒラリー・ハーンについて少し書ければ、と思います。

PS: 2010年6月2日付で上記二カ所に赤字で訂正を入れました。(ユーリ)