ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

忙しかった昨日

昨日の午前中は、私にしてはちょっと忙しかったです。

まず、8月中旬に突然のお葬式となった主人のいとこのご両親(つまり、叔父さんと叔母さん)から、おとといの晩、香典返しが届いたので、受け取りのお電話をかけました。まだ気が抜けたような叔母さんでした。確かに、私達の中で一番若い人が先に逝ってしまったので、元の暮らしに戻るというのは、なかなか難しいでしょう。

次に、家の中の整理をしていて、我が家では使わない、いただきものの日用品があるのに気づきました。秋のバザーも終わってしまったので、10年ほど前から時々少額を送金しているアルコール依存症自助グループ(大阪マック)に電話をかけ、必要かどうかを尋ねたところ、「ええ、皆一緒に生活していますから、大歓迎です」とのことで、白砂糖3キロ、洗濯用合成洗剤2箱、ブランドの固形石けん数個、アルミホイル数本、黒い大きなゴミ袋2セット、歯ブラシと櫛と折畳み式ブラシ各7セットなどを段ボール箱に詰めて、宅配便で送りました。少しはお役に立てればいいのですが。

そうこうしているうちに、キリスト教史学会の役員の先生からお電話があり、正式に原稿依頼をお受けしました。「本来は封書でお願いすべきところを」と丁重なご挨拶があり、恐縮しながらも、ようやくこれで落ち着き先が決まったような安堵の思いです。今は何でもメールでやり取りしますが、葉書や封書やメールの使い分けは必要だろうと思います。特にここ10年ほどは、マレーシア関連の研究会や学会などで、若手のみならず、中堅と呼ばれる方達の振る舞いにさえ、いささかの傍若無人ぶり、失礼な応対に、苦言を呈したくなるような思いをたびたびしてきました。やはり、所属すべきグループはよく考えなければならないと改めて反省した次第です。一般社会の常識からの違和感を覚えつつも、自分に非があるかもしれないからなどと我慢するのは、精神衛生上よくないですね。

それから、マレーシアからまた本が一冊届きました。メディアに関する法的な考察です。これは私の注文ではなく、「友情の証として」マレーシア神学院のスタッフが自発的に送ってくれたものです。こういう時のお礼としては、口座を持っているマレーシアの銀行から推定総額相当の小切手を切り、手紙をつけて送ります。直接自分のテーマと関係がないように思われる人や事柄に際しても、こまめに連絡を取り、お礼を即座にすること、これも研究活動の大事な一端だと考えています。例えば、日本にはない情報を入手するのに、自分が必要になってからマレーシアの関係者に尋ねたとしても、「それがどうした?自分の業績のための研究でしょう?こっちだって忙しいんだよ。私達を利用して、プロフェッサーにでもなりたいんかね?」という返事が返ってこないとも限りません。実はこれ、2000年にクアラルンプールの現カトリック大司教から直接言われた言葉です。初めは仰天しました。そんな風に思われているのか、と。しかし、落ち着いてよく考えてみれば、そういう研究者も皆無とは言えず.....。同じ国から来ていると、同類と思われても仕方がないですよね。
その後、人との応対に特に気をつけるようにしていたら、各方面から思いがけずさまざまな援助の手が差し延べられ、リサーチがよりスムーズになってきたのです。大司教様、辛辣なお言葉、誠にありがとうございました。

その他には、マレーシアの購読出版物の継続更新の小切手に不備があり、差し戻されてしまいました。こういう点では、マレーシアは細かいところまできちんとチェックが入るのです。随分教えられました。で、小切手の切り直しで再郵送の手続きをしました。

夜には、CDが3セット届きました。この話はまた明日以降に書きます。実は、パソコンのマウスが突然動かなくなってしまい、主人が夜遅く帰ってくるまで全く使えませんでしたので。トホホ.....。