ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

限界を承知の上で

2012年6月上旬の経験である。これは全くの偶然だが、今でも一読者にとっては印象的な出来事だった。
2007年4月以降、購読している『みるとす』誌(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A4%DF%A4%EB%A4%C8%A4%B9)への佐藤優氏の連載文と、同月号の『中央公論』誌掲載の佐藤優氏の寄稿文に、かなり重複する文章があったことである。
勿論、私が常に佐藤氏の文章をチェックしているというわけではなく(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%BA%B4%C6%A3%CD%A5)、たまたま『みるとす』誌が届いた数日後に、京都の四条の書店に入って『中央公論』誌を買い求め、足休めに喫茶店で読んでいたところ、どこかで読んだような文が次々に出てくることに気づいた次第である。
言うまでもなく、同一筆者なので、テーマが重複するならば、思考が同じ路線であるのは自然であり、必ずしも盗作ではない。どこに何を書こうが筆者の自由権限内であり、著作権は発行元と執筆者にあると主張されるならば、単にそれまでのことである。無知な読者としては、二つの別媒体にそれぞれお金を払って、ほぼ同じ文章を読まされたというだけの話である。
だが、超多忙は承知の上で、あえて希望を申し上げるならば、やはり、違う媒体では新鮮な文章を読みたいのである。そうでなければ、お金を払ってまで読む意味がない。
その旨、『みるとす』誌の発行責任者宛に、同封の葉書アンケートで申し伝えたところ、以下のメッセージをフェイスブックで頂戴した。無断掲載にはなるが、私にとっては重要だと思われるので、以下に転載させていただく。

08/06/2012 17:56
「みるとす」6月号へのご感想・ご意見をありがとうございました。佐藤優氏の寄稿は仰るとおりですが、前月号の続きでもあり、緊急の話題で中公の記事を一部転載したのでしょう。途中は省くわけにいかないと思われます。弊誌への特記は、最後の段落にあるメディア偏向ですね。

(無断転載終)
というわけで、世の中は何事も、強者の論理の方が勝つのである。残るのは強者の歴史のみであって、無名の素人は、納税者として以外の役割がない。佐藤優氏の名前は勿論、日本の出版業界史に残るが、読者の名は残らない。それが世の中の習いである。
但し、仮に上記にあるように、「一部転載」されたのだとしても、編集者の誠意の問題として、どちらかの媒体の次号に「転載」あるいは「重複」が含まれていた旨を明記すべきではなかったのか、という疑問は残る。
昨日は、京都の関西クリスチャン・アカデミーで(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20081219)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%BB%A5%DF%A5%CA%A1%BC%A5%CF%A5%A6%A5%B9)、これで私にとっては三度目になる、佐藤優氏の講演会に出席してきた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161218)。
初回は2010年8月28日のことで、それに関しては過去ブログを(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20101013)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20101014)。その時にご親戚が写真を見せてくださったことがきっかけで、2011年3月に久米島へも訪問し(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20101117)、お礼方々、上江洲家を守っていらっしゃる「おばぁ」と呼ばれるご親戚にもお会いした(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110407)。今から思えば、あの時の大成功から、関西セミナー・ハウスではここ数年、毎年のように佐藤優氏の講演会が開かれる運びになったのだろうと考えられる。
当時は、2004年以降の同志社神学部での経験がまだ強烈で(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141010)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141011)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141012)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160122)、自分でも思考の整理がつきかねていた。そのこともあり、佐藤優氏から「ムスリムになったんですか?」と試すように問われて唖然とした直後、耳打ちするように「大丈夫ですよ。中田さんは同志社を止められますからね」と教えてくださったことが、当時の私にとっては殊更に嬉しかったのだった。
(実際には、止められたのは神学部の教授職のみであって、事実としては正確ではなかった。N氏こと中田考氏は、その後も同志社の別の所属で客員教授を継続され、例えば2012年6月27日にはタリバン同志社神学部の礼拝堂に招いたこともある。特に、2014年秋にISIS絡みの事件が発覚した前後、各種の会合やテレビ番組等でも、一部、華々しく活躍されていたことは周知の事実であろう。)
二度目は、昨年の1月30日だった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160218)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160309)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160310)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160327)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160414)。
そして、三度目が1月28日、昨日の午後だった。
せっかく、一週間かかった久しぶりの風邪が治ったところだと喜んでいたのに、京都北部の会場には雪が残り、まさに底冷えの京都さながらであった。また、空調が古いのか、暖房の換気に埃が混じっていたようで常に喉を刺激し、止まっていたはずの咳が再発したのは、会場の聴衆の方々に大変に申し訳ないことではあった。
ただ、私にとっては、正直なところ、ちょうど一週間前の大阪市内での日高義樹氏の講演会の方が(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170123)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170124)、遥かに納得の行く内容であり、話の筋の整合性の面でも、メモがきれいに取れた。談話会でも、初対面なのに同席した方々の雰囲気に違和感がなく、日高先生の応対も温かく親身だったと感じられた。
特に私の参加目的が、レーガン政権当時の補佐官だったリチャード・パイプス教授のロシア史とボルシェビキ研究に関して(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%EA%A5%C1%A5%E3%A1%BC%A5%C9%A1%A6%A5%D1%A5%A4%A5%D7%A5%B9)、その著作の今日における有効性を問うことだったので、より具体的かつ直接的でもあった。
要するに、この違いは、トピックに関する講演者の説得力および私の理解度の問題である。
勿論、トランプ大統領の出現によって、日本は今後どうすべきなのかについては、さまざまな角度からの検討が必要であり、日高先生のように「日本にとってのチャンス」と肯定的にばかりは捉えられない。だが、ワシントンでの豊富な人脈と長年の取材報告の積み重ねがあってこその発言だとすれば、私としても納得しやすい。
結局のところ、「斜陽産業」だと昨日、佐藤氏が自ら発言されたように、日本のキリスト教がますますマイノリティ化しているとすれば、やはりそこには何か深刻な人的問題が含まれているのではないかと言わざるを得ない。人々が集まらないのには、理由がある。高度かつ精細なキリスト教神学を理解できない人々に責めを負わせるのではなく、教会運営の仕方や牧師養成の在り方や神学思想の動向など、真剣に検討すべき課題があるのではないだろうか。そこにメスを入れないで、知り合いの顔を立てるばかりでは、問題が先送りし、堂々巡りを繰り返すだけではなかろうか。
昨年の1月30日の後、何度か「興味深い経験をした」とブログに綴ったが、資料だけは集めたものの、なかなか書けないままに一年が経ち、とうとう昨日を迎えてしまった。
実はその時、私の質問の内容と質問の仕方がよろしいと、サインを頂戴した時を含めて計三度、佐藤氏から会場で褒めていただいたのだが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160414)、その前に質問用紙を提出した後のフロアでの質疑応答の際、二往復ほど、挑発的に佐藤氏が私にぶつけられた発言があったのだ。
「そこは違うのではありませんか」と尋ねた私に、佐藤氏は遮るように強い調子で「私にとっては同じだ」とも断言された。聞きようによっては、強弁とも受け取れた。
だが、後で羽仁五郎氏の著作を調べてみたところ、明確に佐藤氏のミスか思い違いだということが判明したのである。しかも、それは佐藤氏自らが冒頭で引用されたヨハネ福音書の有名な言葉とも関わっているので、講演の趣旨や話の筋の上でも、私には重要だと思われた。
その時、私の反論として挙げた曽野綾子氏のエッセイについて、「曽野綾子は権威で物を言っているから嫌いだ」と応答された佐藤優氏には大変に申し訳ないが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160826)、その後に確認した結論から言えば、権威からであれ何であれ、好きか嫌いかとは全く無関係に、軍配は曽野綾子氏に上がった。そもそも、曽野綾子氏がその話題について昔エッセイに書き記されなければ、私は気づくことも知ることもなかったことである。気づいた以上、「はなしあい」を唱導されている関西クリスチャン・アカデミーの場であればこそ、質疑応答で事実確認する必要がある。
だが、そのことで、神学を専門に専攻された佐藤優氏を私は責めているのではない。これまた本当に偶然だったのだが、昨年の佐藤氏の講演会の前日まで、たまたまブログで羽仁五郎氏について書いていた私は(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160126)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160127)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160128)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160129)、まさか翌日の講演で話題が的中すると予想していなかったのだ。
常々書いているように、私にとってこのブログは、主に勉強ノートと生活記録に過ぎず、何の効力もなければ、証拠にもならない(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151111)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160412)。世間への影響力はゼロに等しい(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170111)。
一例を挙げよう。
例の「シャルリー・エブド」について、事件が発生して世界的に知られるようになる数年前の2012年9月頃、パイプス訳文の作業のため(http://ja.danielpipes.org/article/12028)、「チャーリー・エブド」の原音発音から『週刊チャーリー』のように記述していた日本語文を、私は見ていた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150108)。
だが、一旦、事件の特異性がニュースとして意味を持つようになると、「チャーリー」はぐんぐんと後退し、後発組だったはずの有力者が雨後の筍のように「シャルリー・エブド」を連発するようになり、当然のように定着してしまった。結局のところ、私のブログなど、何の効果もない。
従って、こんなことを書いたからと言って、佐藤氏の言論活動の妨げにならないだろう。いわば、薬にもならないが毒にもならないのだ。
ただ、私としては違和感を覚えた事柄について、お金を払って参加した以上は、自分に対する義務だと思って記すまでである。
大変残念なことだが、曽野綾子氏の書かれたエッセイについては、随分昔のことで、図書館で借りた本だったか、書店の立ち読みだったかもわからず、手元に本がないため出所を確認できなかった。ただ、読んだ後で国会図書館に行く度に、壁の文字を見ては曽野綾子氏を思い出していたことだけが、私の提出できる主観証拠である。

(続きは後ほど)