ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

穏健ではないバングラデシュ

メムリ(http://memri.jp/bin/articles.cgi?ID=IA125116

Inquiry and Analysis Series No 1251
Jul/10/2016



バングラデシュの殺戮―IS(イスラム国)、アルカイダ、地元ジハーディのからむ殺人―」
トファイル・アフマド



本記事は、今回のダッカ事件発生の36日前に発表されたもの。 同胞7名を惨殺された日本人読者のために紹介する。



はじめに


バングラデシュは、2013年の初め頃から、テロ問題で国際社会に注目されるようになった。宗教上の自由思想家と非ムスリムが、イスラミスト勢力によって組織的に殺されているからである。一連の殺人を分析すると、2013年3月31日が注目すべき日であることが判る。この日イスラミスト指導者の一団が、バングラデシュ政府に人物リストを提出し、イスラム預言者ムハンマドを侮辱したとして、処罰するように要求したのである。そこには、世俗派のブロッガーフェースブック評論家計84人の名前が記載されていた※1。その後、世俗派の活動家や文化人、作家が次々と殺されていくのである。リストに記載のない人も殺害対象になった。


バングラデシュのイスラミスト運動の中心には、アルカイダとIS(イスラム国)と結びついたジハーディだけでなく、イスラム防衛(Hefajat-e-Islam)と称する組織も存在する。これは、25,000のマドラサイスラム教のセミナリー)に支持された組織で、世俗派団体シャーバグ運動(Shahbag)打倒で、ほかの組織と共同歩調をとっている※2。このイスラム防衛は、政治的理由により、ハシナ首相率いる政府から支援をうけている。シャーバグ運動は、1971年の(パキスタンからの独立戦争時における)戦争犯罪の科で、ジャマーアテ・イスラミ・バングラデシュ(Jamaat-e-Islami Bangladesh、パキスタン系の非ウラマーイスラム主義団体)の処罰を要求してきた。イスラム防衛が抬頭する前、バングラデシュのイスラミスト主力は、この団体であった。この団体所属の者達がつくったのが、ジハーディテロ集団のジャマートウル・ムジャヒディン・バングラデシュ(Jama`atul Mujahideen Bangladish, JMB)であった。このテログループは、1980年代のアフガンジハードの後、パキスタンを拠点とするジハーディスから支援をうけた。


彼等の言う“ブロッガー”には偏見が込められている。武装イスラミストによって殺されたバングラデシュの知識人、自由思想家を十把一からげにして、そこいらのブロッガーと同じレベルの扱いにしているのである。この範疇には作家、活動家、無神論者、教授、学生、出版人が含まれる。この人達を対象とした襲撃に、自前のジハーディス、インド亜大陸アルカイダ(AQIS)そしてISがかかわっている。今年も殺しが続いているが、ISとアルカイダに、地元のジハーディが提携していた形をとっている※3。


ジハーディ殺人の性格―2013年以降


2013年、組織的行動パターンの性格を持つ襲撃が三件起きた。イスラミストの指導者達が84名のリストを政府に提出する数ヶ月前から、世俗の“ブロッガー”を狙った襲撃が始まっていた。2013年1月13日夜、無神論ブロッガーのモヒッデン(Asif Mohiuddin)がダッカで襲われ、1ヶ月の重傷を負った※4。これが待伏せ式襲撃の初めであった。これがパターン化する。幸いモヒッデンは重傷を負っただけで済んだ※5。


それから約1ヶ月後の2013年2月15日、今度は30歳になる建築家ハイデル(Ahmid Rajib Haider)が刃物で殺害された。本人は世俗運動シャーバクの有力メンバーであった※5。現場はダッカである。2013年3月7日、26歳になるIT技術者ラーマン(Sunnyur Rahman)が、ダッカ近郊のミルプルで重傷を負った※6。2013年に起きたこの三つの事件は、イスラミスト組織のひとつジャマーアテ・イスラミ・バングラデシュに関わりのある若者達が、主役であった。前述のように、この組織の指導者達は、1971年の独立戦争時にやった戦争犯罪の科で、最近処刑されている。


最初のブロッガー犠牲者喪モヒッデン(Asif Mohiuddin、TheDailyStar.net)


この若者達は、最近つくられたアンサル・バングラチーム(Ansar Bangla Team, ABT)のメンバー達である。このチームはアルカイダと結びついている※7。(警察幹部アフメド・ナズルル・イスラムが報道記者に語ったところによると、ハイダル襲撃に関与したのは5名だが、モヒッデンとラーマン襲撃に関わったいくつかのグループも、ABTがからんでいた※8)。彼等がABTのメンバーであることは、彼等がジャマーアテ・イスラミ・バングラディシュと無関係ということを意味しない。逮捕された男のひとりシクデル(Naim Sikder)は、ジャマーアテ・イスラミ・バングラデシュの学生組織イスラミ・チハトラ・シビル(Islam Chhatra Shibir)に所属し、ほかの者に対する洗脳、扇動役を果たしていた※9。浮上してきた組織としては、ABT以外にアンサル・ムジャヒディン・イングリッシュフォーラム(Ansar Al-Mujahideen English Forum)がある。アラビア半島のアルカイダ(AQIS)の指導者アルアウラキ(Anwar Al-Awlaki)に傾倒しており、アルアウラキはハイデル殺害の背後にいる者達に祝意を表明している※10。


2014年、ジハーディ絡みの大きい襲撃事件はなかった。しかし、ラジシャヒ大学の社会学教授シャフィウル・イスラム殺害等の事件が何件か起きている。教授殺害は11月15日※11。リベラル派の知識人であった。犯行グループは、アンサルル・イスラムバングラデシュ−2(Ansarul Islam Bangladish-2)と称し、フェースブックで犯行を認めた。一方警察は、事件から1年後の2015年12月に、調査の結果武装グループの関与は発見されなかった、と発表した※12。ところが、それより6ヶ月前の2015年5月2日に、AQISが殺害を認めていたのである※13。


2015年はテロ攻撃が急増した年である。2月26日、ロイ(Avijit Roy)夫妻がダッカの図書展から帰る途中に襲撃された※14。リベラル派として知られるロイは殺害されたが、妻のラフィダ・アフメド・ボニヤは助かった。ロイはアメリカの市民権を持っていたので、国際的に注目された。1ヶ月後、警察はロイ殺害にヒズブット・タヒル(Hizbut Tahir)或いはABTが関与していると判断しているとの報道が流された※15。2015年3月30日、世俗派のブロッガーであるバブ(Washiqur Rahman Babu)が、無神論の意見を開陳しているとして、イスラミストに襲撃され斬首された※16。目撃者達が襲撃犯3名の内2名を捕まえた。ひとりはジクルッラーという名でチッタゴンセミナリー(Hefajat-e-Islam`s Hathazari)、もうひとりはアリフルという名でイスラム学院マドラザ(Mirpur Dafaruf Uloom Madrassa)の学生、あとひとりは逃走した※17。


2015年―アルカイダの関与の始まり


AQIS が出したマンナン(Xulhaz Mannan)殺害の犯行声明


第3の事件が2015年5月12日に起きた※18。シルヘトという町で、世俗派ブロッガーのダス(Ananta Bijoy Das)が殺されたのだ。バングラデシュアルカイダ(AQIS)が犯行を認めた最初の事件で、Justpaste.itにすぐ声明を出している。同じ日、AQISのバングラデシュ支部(Ansar AHslam Bangladish)も認めている※19。以前のブロッガー襲撃事件では、AQISを初め外国のジハード組織が中枢にいて事前に仕切っていたという形跡はないが、今回の事件については、事件発生後時間内でAQISが犯行を認めた。地元のジハーディスがアルカイダ指導部とつながっていることを意味する。


10日前の5月2日、AQISの指導者ウマル(Maulana Asim Umar)が、ビデオに登場し※20、以前の襲撃(ロイ、バブ、ハイデル、イスラムの4名殺害)関与を認めた※21。このビデオでウマルは、暗殺がアルカイダ指導者ザワヒリ(Ayman Al-Zawahiri)の命令の一部である、と認めた。


しかしながら、これはザワヒリバングラデシュの個々人の殺害を命じたことを意味しない。南アジア諸国無神論者と世俗派知識人をターゲットにせよという全体的指示をだしたということであろう。更に追認したことは、事前の打合せのうえで指示をだしたのではなく、事後承認ということである。この点で、2014年のシャフィウル・イスラム教徒殺害で、警察の発表と裏腹に、AQISが関与を認めたのは注目すべきである。


2015年8月7日、世俗派ブロッガーのチャタージェ(Niladri Chatterjee別称ニロイ・ニール)が、ダッカで殺害された。同日夜アンサル・イスラムバングラデシュが、メールansar.al.islam.bd@gmail.comで犯行声明をだした※22。2015年10月31日、二つの襲撃事件が起きた。第一は、ロイと関係のある出版人ツツル(Ahmedur Rashid Tutul)で、ブロッガーのバス(Randipam Basu)及びラヒム(Tareque Rahim)と共に事務所で襲われたが、三人共命に別条はなかった。第二が、進歩派出版人ディパン(Faisal Arefin Dipan)で、こちらは刃物で殺された。メディアによると、二つの事件で犯人達は犠牲者を事務所に閉じこめて、逃走している※23。警察は犯人達の特定ができなかった。


一連のバングラデシュの襲撃事件に関与したと考えられるグループは次の組織が含まれる。
アンサル・アルイスラムバングラデシュ
アンサル・バングラチーム
アンサルル・イスラムバングラデシュ−2


この三つの地元集団は、AQIS、JMBと結びついている可能性がある。AQISは南アジア全域をカバーしているとみられるが、組織として命令をだしたというよりは、この三集団を手先として選んだということであろう。


斬首された5人のブロッガー。左上より時計の針回りに: Niloy Neel, Ahmed Rajib Haider, Ananta Bijoy Das, Avijit Roy and Wasiqur Rahman Babu (image: Risingbd.com)


2015年9月―IS(イスラム国)の介入始まる


2015年9月末頃ISと地元ジハーディスがはっきりした関係を結んだことが、明らかになった。同年9月28日、オランダに本部をおく開発協力機関ICCOの現地協力隊員タベラ(Cesare Tavella、イタリア人)が、ダッカで射殺された。2時間もしない内にISがツイッターで声明をだし、犯行を認めた※24。これは新しい傾向を示す事件であった。バングラデシュの世俗派や知識人を狙っていなかったからである。シリアとイラクで非ムスリムをターゲットにするISのイデオロギー濃厚な攻撃即ちジハーディパターンに、一致するからである。この攻撃については、注目すべき点が三つある。


イスラム国が犯行を認めたバングラデシュ初の攻撃であった。
⑵ 攻撃法は、従来と同じであった。アルカイダ、或いは地元ジハーディのとった攻撃ケースと大差はない。
⑶ ISがソーシャルメディアを通して、数時間内にアラビア語で犯行声明をだしたこと。これは、攻撃を計画した地元ジハーディが、ISのアラブソーシャルメディア班と事前に連絡をとっていたことを、意味する。


それから1週間もたたない内に事件が起きた。2015年10月3日、バングラデシュ北部の町ランプルで、日本人の国際協力機構(JICA)関係者 星邦男が、射殺された※25。そして、前述イタリア人と同じようにISが数時間内に犯行声明をだし、本人は“日本の不信仰者”であり、攻撃はアメリカ主導の国際結託のメンバーを打撃する計画の一環であるとした※26。2ヶ月後バングラデシュ警察がマスード・ナーナを逮捕した。その警察によると、本人はJMBのメンバーで襲撃犯であるという※27。星邦男はイスラムに改宗していた。犯人達はこの事実を知らなかったのであろう。


星邦男殺害2日後の10月5日、3人の男がパブナの町でルカ・サルカー牧師を襲撃した※27。犯人達は刃物で首を切断しようとした※28。警察は、JMBメンバー6名を容疑者として逮捕した※29。このパターンのひとつとして、キリスト教の牧師10名が、11月26日に殺害予告をうけた。ひとりの牧師に手紙が届いたのであるが、ISが送ったわけではない※30。サルカー牧師襲撃と牧師10名の殺害予告は認めていない。しかし、すべての国のジハーディが適用している非ムスリム襲撃の、典型的パターンである。しかしながら、JMBの地域指揮者ラキブル・イスラムは、ほかに1名と一緒にサルカー襲撃の容疑者として逮捕された※31。


10月23/24日の夜、ダッカで一連の爆弾テロが発生し死亡1名、60名を越える負傷者がでた。預言者ムハンマドの孫息子イマム・フサインを追悼する日で、シーア派の信徒達が行進している最中であった※32。バングラデシュシーア派が攻撃された最初の事件で、ISが犯行声明をだし、「バングラデシュ・カリフ領の戦士達が“多神教の儀式”時に爆薬に点火」したことを認めた※33。1ヶ月程して、第2のシーア派襲撃が起きた。11月26日、ダッカの北西200?のボグラで、シーア派のモスクが襲撃され、ムアッジン(礼拝の呼びかけをする人)が死亡、3名が負傷した※34。この事件でもISが犯行を認めている※35。


協力隊員のイタリア人タベラ( Cesare Tavella)殺害を認めるISの犯行声明


11月4日、ダッカ近郊のバロイパラで警察の検問所が襲撃された。新聞報道によると、ISが犯行を認め、「バングラデシュイスラム)国の戦士達は、アッラーの御加護により警察検問所を攻撃できた」と主張した※36。それより少し前の10月22日、ダッカのガブトリ検問所で、警官1名が刃物で刺され死亡した※37。11月10日には、ダッカの軍基地の近くで、兵隊1名が襲われた※38。この個々の事件は、ISとAQISが犯行を認めていない。地元のジハーディが事前に連絡できなかったためであろう。


12月25日、ダッカから250?離れたバグマラで、自爆攻撃が発生した。襲われたのは、アハマディ(運動の)モスクである。ISが犯行声明をだし、アハマディを“多神教”と呼んだ※39。ISが犯行を認めたもののJMBが実行した可能性もある。もともとバグマラはJMBの武装指導者ブハイ(Siddiqul Islam Bangla Bhai)の拠点であるが、その本人が2007年に処刑されている※40。ISがJMBをつかって自爆攻撃をさせたとも考えられる。これまでパキスタンで目的を同じくするさまざまな集団が寄り集まって、テロを実行する例がいろいろあった。自爆者に爆薬を提供するなどの兵站支援を行なうのも、その例である。外国人、キリスト教聖職者、シーア派ムスリム、アハマディ派ムスリムが、ISの攻撃対象である。しかし、イデオロギー上からいえば、アルカイダや地元のジハーディストにとっても、恰好の攻撃対象である。


2016年に、注目すべきテロが3件発生した。1件目は4月6日、27歳の法学生サマド(Nazimuddin Samad)が、ダッカで刃物でめった切りにされた死亡した。本人は宗教的過激主義に反対する活動家であった※41。2件目は4月23日、ラジシャヒ大学のカリム教授(Rezaul Karim)が、自宅付近で同じく刃物で惨殺された※42。ちなみに前出のシャフィウル・イスラムも同じ大学の教授であった。当初警察は、二つの事件に過激派イスラミストの関与はないとしていた※43。しかしながら、JMBが以前からラジシャヒ大学をターゲットにして教職員を殺していたのは、よく知られている。例えば2009年初め、同大学のユーヌス教授(Muhammad Yunus)殺害で※44、JMB所属の男8名が逮捕、起訴されている。3件目は2016年5月18日、カリム(Rejaul Karim)殺害で、4名のJMB所属者が逮捕された※45。


治安当局が、AQISよりISを注目するようになった時、前者が前面に躍り出た。2016年4月25日、ゲイの権利を求める活動家マンナン(Xulhaz Mannan)が同じくゲイ仲間のマジュムデル(Tanay Majumder)と一緒に、アパートで殺害されたのである(マンナンは国内唯一のゲイ誌Roopbaanの編集者でもあった。AQISが犯行声明をだし、「背徳の同性愛によるバングラデシュ汚染運動の首謀者を征伐した」と主張した※46。


結び―ジハードに触発され地元でテロを組織


これまでの事情から、次の諸点が指摘される。
1 襲撃犯は、ムスリム、非ムスリム双方のブロッガー、宗教上の自由思想家をターゲットにしてきた。手始めの襲撃対象はシャーバグ運動の所属者であった。前述のように、この運動は、1971年の独立戦争時に戦争犯罪を重ねたジャマーアテ・イスラミの指導者達に死刑を要求している。
2 シーア派とアハマディア派に対する攻撃を除けば、自分は関係ないとして何の不審も抱いていない個々人を、待伏せして殺すのが通例である。この待伏せ攻撃法は、地元ジハーディスの典型的やり方である。
3 攻撃のなかには、AQIS、ISが犯行声明をだすケースがある。
4 ISやAQISが犯行声明をださないテロ攻撃が何件もある。地元のジハーディスが犯行の前にIS、AQISのソーシャルメディア班と連絡をとることができず、御墨付を貰えなかったと考えられる。ISやAQISの名が出ないのは、大抵JMB絡みである
5 すべての事件にいえるが、実行犯は地元のジハーディスのようである。実行犯のなかには、国際レベルでソーシャルメディアに注目されたいので、ISとAQISの指導部に連絡をつける者もいる。バングラデシュは、若者の大量過激化を迎えているところで、選挙に勝つため、ハシナ政権がヘファジャーアタ・イスラムのような過激派を大事にしていることも、過激派の増長因となっている。
6 テロ攻撃の大半は地元ジハーディスが関わっているので、バングラデシュ政府は、ISがそのプレゼンスを国内に確立したことを、認めようとしない。2015年10月4日、政権2期目のハシナ首相は、ISの犯行声明を否定し、外国人に対する襲撃は、ジャマーアテ・イスラミ・バングラディシュとBNPの犯行とし、「この種の組織がバングラデシュの達成した業績に水をさすため一連の殺人を犯している」と主張するのである※47。2009年1月に始まる政権1期目の時、ハシナ首相は、JMBを初めとするジハーディス潰滅に着手した。その結果、JMBの要員は四散し、警察の監視網から消え始めた。2016年2月12日、ワシントンを訪問したバングラデシュのアラム 外務担当国務相(Shahiar Alam)は、同じような主張を唱え、「我々は、現場で詳しく調査しているが、ISとの結びつきを示す証拠はない」と述べた※48。


イスラム原理主義集団( Hefajat-e-Islam)と宥和するバングラデシュのハシナ首相


2016年3月20日付MEMRIのDaily Brief No.84で、筆者(アフマド)は、次のように述べた。


バングラデシュのジハーディズムは、1980年代のアフガン・ジハードに起源を持つ。イスラミスト組織のジャマーアテ・イスラミは、1941年にマウドディ(Abul A`ala Maududi)によって設立されたが、これが南アジア一帯に対するジハーディ集団の供給源になっている。1947年にパキスタン、1971年にバングラデシュにそれぞれ拠点がつくられた。現在四つの組織がある。イデオロギー上は同じでも、組織としては別個である。即ち、⑴インド、⑵インドのジャムー・カシミール、⑶パキスタン、⑷バングラデシュである。2から4までの組織では、ジハーディ集団は、モスク、マドレッセ及びジャマーアテ・イスラミ関連の施設に、かくまわれている。


バングラデシュでは、ジャマーアテ・イスラミから若者達が分離し、JMBをつくった。ハシナ政権が過激派壊滅に着手すると、多くの者がインドに逃げ、その彼等の間から生まれたのがABT(Ansarullah Bangla Team)である。


1月中旬、インド治安当局がデリーでISのテロ容疑者5名を逮捕した時、その内2名はバングラデシュ国籍者であった。JMBとABTの間には、いつもオーバーラップがある。ISが犯行声明をだしたバングラデシュのテロ事件の場合、ISの最高首脳部が計画し、実行しているのではないようである」※49。


更にAQIS(特に、アンサル・バングラチーム、アンサル・アルイスラムバングラデシュ、アンサル・アルイスラムバングラデシュ―2のいずれかを名乗る場合)及びISが犯行声明をだす場合、実行犯は4つの組織を形成した前JMBのメンバー達で、外国のジハーディ組織と連絡をつけるなかで、この現象が生じる。バングラデシュ政府にとって頭痛の種は、単一の組織に対応していない点にある。活動的な複数の地元ジハーディ集団を相手にしているのである。その内の三つはAQIS、そして少なくともひとつはISと結びついているようである。彼等の関係は本記事執筆の段階では、作戦レベルでソーシャルメディアのレベルとみられる。その点について、AQISとISの出版物には、作戦レベルの関係であることを明らかにしていない。筆者(アフマド)が論じたように、地元のジハーディ集団とのトップ・ダウンのリンクはないように思われる。むしろ地元武装勢力がISとAQISに働きかけているボトムアップのリンクであろう※50。


・トファイル・アフマドはMEMRIの南アジア調査プロジェクト長、「インドに対するジハーディストの脅威―インドムスリムによるイスラム変容ケース」の著者。


[1] NatunBarta.com (Bangladesh), March 31, 2013.
[2] See the author's article explaining the rise of Hefajat-e-Islam in Bangladesh: "Liberty in Peril in Bangladesh" (newindianexpress.com/columns/Liberty-in-Peril-in-Bangladesh/2013/07/30/article1708161.ece), July 30, 2013.
[3] See MEMRI Daily Brief No. 84, The ISIS-Related Attacks In Bangladesh – Organized Locally, Inspired By ISIS, March 20, 2014.
[4] TheDailyStar.net (Bangladesh), April 3, 2013.
[5] TheDailyStar.net (Bangladesh), February 16, 2013.
[6] Piplika.com (Bangladesh), accessed May 17, 2016.
[7] TheDailyStar.net (Bangladesh), March 15, 2013.
[8] TheDailyStar.net (Bangladesh), March 15, 2013.
[9] TheDailyStar.net (Bangladesh), March 15, 2013.
[10] TheDailyStar.net (Bangladesh), March 15, 2013.
[11] TheDailyStar.net (Bangladesh), March 8, 2014.
[12] TheDailyStar.net (Bangladesh), December 18, 2015.
[13] DhakaTribune.com (Bangladesh), May 12, 2015.
[14] DhakaTribune.com (Bangladesh), February 26, 2015.
[15] DhakaTribune.com (Bangladesh), March 30, 2015.
[16] DhakaTribune.com (Bangladesh), March 30, 2015.
[17] DhakaTribune.com (Bangladesh), March 30, 2015.
[18] DhakaTribune.com (Bangladesh), May 12, 2015.
[19] DhakaTribune.com (Bangladesh), May 12, 2015.
[20] See MEMRI JTTM report Al-Qaeda In The Indian Subcontinent (AQIS) Claims Responsibility For Assassinating Bangladeshi-American Blogger, Calls Muslims To 'Take Revenge [On] The Blasphemers Of America And France', May 2, 2015. It seems Asim Umar mentioned only two names: Avijit Roy and Rajib Haider, along with some writers killed in Pakistan. However, Bangladesh media reports noted that Asim Umar named four persons: Avijit Roy, Washiqur Rahman Babu, Rajeeb Haider and Shafiul Islam.
[21] DhakaTribune.com (Bangladesh), May 12, 2015.
[22] DhakaTribune.com (Bangladesh), August 7, 2015.
[23] TheDailyStar.net (Bangladesh), October 31, 2015.
[24] See MEMRI JTTM report ISIS In Bangladesh Claims Responsibility For Assassinating Italian National Cesare Tavella, September 28, 2015.
[25] DhakaTribune.com (Bangladesh), October 3, 2015.
[26] See MEMRI JTTM report ISIS Claims Responsibility For Assassinating A Japanese National In Bangladesh, October 3, 2015.
[27] DhakaTribune.com (Bangladesh), December 9, 2015.
[28] TheDailyStar.net (Bangladesh), October 6, 2015.
[29] DhakaTribune.com (Bangladesh), November 19, 2015.
[30] DhakaTribune.com (Bangladesh), November 27, 2015.
[31] TheDailyStar.net (Bangladesh), November 4, 2015
[32] DhakaTribune.com (Bangladesh), October 24, 2015.
[33] ANInews.in (India), October 25, 2015 & BDnews24.com (Bangladesh), October 24, 2015.
[34] BDNews24.com (Bangladesh), November 27, 2015.
[35] BDNews24.com (Bangladesh), November 27, 2015.
[36] NYTimes.com (U.S.), November 5, 2015.
[37] BDNews.com (Bangladesh), October 22, 2015.
[38] BDNews24.com (Bangladesh), November 10, 2015.
[39] DhakaTribune.com (Bangladesh), December 26, 2015.
[40] NDTV.com (India), December 27, 2015.
[41] BDNews24.com (Bangladesh), April 7, 2016.
[42] BDNews24.com (Bangladesh), April 23, 2016.
[43] BDNews24.com (Bangladesh), April 23, 2016.
[44] TheDailyStar.net (Bangladesh), February 20, 2009.
[45] TheDailyStar.net (Bangladesh), May 18, 2016.
[46] See MEMRI JTTM report Al-Qaeda Bangladesh Lashes Out At America: 'This Is The Same America, 43% Of Whose Citizens Are Born As Illegitimate... Is The Top Producer Of Pornography In The World', May 11, 2016.
[47] IndianExpress.com (India), October 4, 2015.
[48] Business-Standard.com (India), February 13, 2016.
[49] See MEMRI Daily Brief No. 84, The ISIS-Related Attacks In Bangladesh – Organized Locally, Inspired By ISIS, March 20, 2016.
[50] See MEMRI Daily Brief No. 84, The ISIS-Related Attacks In Bangladesh – Organized Locally, Inspired By ISIS, March 20, 2016.

(引用終)