ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

中華思想と共産主義と左派運動

昨日、家具を新たに購入しようと思い、京都四条のバス停に寄ったところ、いわゆる右翼団体かと思われるような、「日本人差別をやめろ!」「在日特権をやめて半島に帰れ!」「中国は日本を侵略するな」などという大声のスピーカー罵声と警備団の行列、それに対する反対側の街道からの「レイシズムをやめろ!」プラカードの応戦に直面してしまいました。ちょうどパチンコ店の前だったので、余計に騒がしく、何を言っているのかわからなかったのですが、「カメラを持ってくればよかった」という近くにいた人の言葉に全く同意できるほど、現在の日本社会を表出した一場面でした(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131028)。
このような光景は東京ならば知っていましたが、まさか目の前で展開されるとは....。
帰りにも、混雑するのろのろ運転のバスを降りて祇園辺りから歩いていると、「中国人ばかりだなぁ」というおじさんの声も聞こえてきました。確かに。
2011年3月に久米島を短期訪問した際(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20101117)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110407)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130519)、「テロに注意」と小さな空港にも立て看板があり、海岸近くを訪れると、中国製と韓国製だと文字やデザインからはっきりわかるゴミが大量に流れ着いていました。ガイドさんによれば「掃除しても掃除しても、すぐに流れてくる」と不満そう。そして、沖縄の那覇でも「アメリカさんとは何とか共存していますよ」と小声でガイドさんが言いました(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120131)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120316)。メディアが何を言おうと、これが実態なのだろうと思うのです。
二十代の頃、外国人に対する日本語教育なるものに従事していた私からすると(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070821)、一世代経って中国も韓国も様変わり。昔はまだ、圧倒的に日本の方が安定して繁栄していることが明らかだった上、国費留学生達も選抜が厳しく、枠も限られていたので、もっとおとなしくて勤勉で日本に合わせてくれていたと思います。せいぜい、「鬼子」「小日本」「日本人はなぜ南京大虐殺を認めない」という表現を教えてくれた中国人女子留学生達が、着る服は質素なのに優越感に充ち満ちた堂々たる態度で話しかけてきたことだけは覚えています。彼女達が社会主義の優越性を教育され、信じていたからでしょう。ウブで無知だった私など、証拠となる資料を見ていない以上、院生として安易な同調はせず、かといって反論もしなかったものの、とにかく圧倒されてばかりいました(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071102)。
中国語は「四声ができないから」という理由で敬遠していたものの、実のところ、駅前の表示にあった「日中友好」「中国語教室」などの印象などから、どうしても共産中国の社会文化になじめなかったというのが本音。高校で漢文と世界史および日本史を学び、大学で中国古典を履修しながら、「基本的に日本とは論理思考が違う隣人」という印象を深めていたため、学生時代には、国文学を専攻しつつドイツ語やスペイン語の学習に夢中になっていました。それでよかったと今でも思います。
今から振り返ると実に得難い経験。そしてよい時期でした。マレーシアと関わって以来、(日本で言われていることと現実は違う)と気づき、日本語教育からも距離を置いて正解でした。さもなければ、経歴上の仕事としては続いたとしても、こういう状況と対処せざるを得ない自分に消耗していたでしょう。他の分野ももっと広く深く勉強したいと思っていても、それがかなわない状況だったのでは...?
櫻井よしこさん達の本を続けて集中的に読み(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131024)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131025)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131027)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131029)、昨日遭遇した状況とまさに合致していることが判明。そして、驚くべきことに、櫻井さん達のような保守派論客の思想路線や外交戦略が、実はダニエル・パイプス先生(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%C0%A5%CB%A5%A8%A5%EB%A1%A6%A5%D1%A5%A4%A5%D7%A5%B9&of=100)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%C0%A5%CB%A5%A8%A5%EB%A1%A6%A5%D1%A5%A4%A5%D7%A5%B9&of=50)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%C0%A5%CB%A5%A8%A5%EB%A1%A6%A5%D1%A5%A4%A5%D7%A5%B9&of=0)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%22Daniel+Pipes%22)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=danielpipes)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=danielpipes&of=50)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/archive?word=%22Daniel+Pipes%22)(http://pub.ne.jp/itunalily/?search=20519&mode_find=word&keyword=Daniel+Pipes)の著述とほぼ重なることを次々と発見(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120627)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120917)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121109)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130209)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130605)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130906)。
よく調べて現地訪問も精力的にされ、確かな識者達との論壇も堂々たるものですが、櫻井さんは日本人としての立場から、あくまで東アジアと日本のあり方を中心に論を進めていらっしゃるので、中東学者でイスラーム史の専攻でいらっしゃるユダヤアメリカ人のパイプス先生とは、地理的および民族宗教共同体上の守備範囲が異なります。また、研究者や学者ではなく、ジャーナリストなので、細かい点では(そこまで言い切れるだろうか?)(論拠の提出が欲しい)などと感じる点もなきにしもあらず。しかし、ベトナムで暮らした経験があればこその、アジア把握と日本の立ち位置を巡る見識は、若い頃マレーシアに派遣されて三年間を過ごした私にとっても、非常に響くものが多いのです。
一つの発見は、GHQに左派が多かったこと、スパイ天国と言われる日本の甘さに加えて、現在では形を変えたマルクス主義思想が浸透しつつあること、知識人や高学歴だと自負する人々こそ、感染しやすいことなどです。だからこそ、いろいろと本を読んで何とか対処できるよう備えていたつもりの私も、いつも何かと常に違和感を覚えることが多くて、アカデミアを怖いと感じていたのですが、これも正解でした。
独裁主義のサッダーム・フセインを排除して危険を取り除くという目的でイラク戦争に踏み切った際のイデオロギー論拠に、ファシズム軍国主義日本とヒトラー率いるナチ・ドイツの敗戦後の「成功」状況をあげていたこと、大正デモクラシーを含めて戦前から日本なりの民主主義が根付いており、一定水準の文明を持ち、近代化に達していた状況を無視して、アラブ・イスラーム圏という、過去の黄金期のピークを喪失して既に数世紀の中東への関与についても、「アメリカが敗戦後に日本(とドイツ)にデモクラシーを教えた」と述べていたことなど、パイプス先生にも重要な点で欠陥がないわけでもありません。しかしながら、中東および日本の世界の知的イデオロギー史を見抜く上で、非常に助けになる手法を提供されていると私は思っています。
ただし問題は、共和党保守派に属する米国権益の促進を目的とした諸活動のために、現在の日本が、敗戦を機に長年抑制してきた民族意識の自主的な復興、軍事力を放棄して経済活動に専念することで繁栄と安定を保ってきたことからの意識脱却の地点にあるとすれば、両国間で相互に基本的価値は共有するものの、いささか言論上の矛盾と論旨の綻びが出てくるということです。