「アラブの春」について。
あの地域の「変革」がそれほど喜ばしく進むとは、最初から思えませんでした。(というのは、フェイスブックなどで若者が立ち上がれるほどならば、とっくの昔に何か変革が起こるはずだからです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110416)。)
2011年2月のフランス旅行中に(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110224)、テレビでエジプトの改革運動が起こりそうだという報道を見ていて、(これは混沌の始まりだ)と直感した私。アラブ民族主義、社会主義でダメならば、イスラームしか人々をまとめる思想の支柱がないからです。その点で、ダニエル・パイプス先生が「私にとっては“アラブの春”など馬鹿馬鹿しい」などと、最初から強く主張されていることに、私は非常に共感します。恐らくは「プラハの春」をもじったのでしょうが、チェコスロバキアの文化水準の高さや人々の意識を少しでも知るならば(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090313)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090319)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090321)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090324)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090326)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20090328)、言葉の上の「独裁者打倒」という共通項だけで同等に考えることの無意味さがわかるかと思うのです。
「チュニジアでも、これからはイスラームに戻ることはない」という発表を、チュニジア出身の大学教員から直接聞いたのは、昨年の今頃。その一言で、(これはダメだ)と直感した私(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120204)。
パイプス先生は、本当によく見抜いていらっしゃると思います。私との大きな相違は、それを論理的にデータを挙げて公表できるかどうか、ですが。
久しぶりに「メムリ」(http://memri.jp)からの転載です。
調査および分析シリーズ
Inquiry and Analysis Series No 845 Jun/17/2012
地域を火の海にすることも辞せず
−モスクワ核協議を前にしたテヘラン・ダマスカス枢軸の生残り戦術−
A・サヴィヨン、Y・カルモン
はじめに
シリアのアサド政権は崩壊する可能性があり、イランに対する西側の制裁はすぐにでも一段と強まるおそれがある。このような状況に直面して、イランの政府高官は威嚇を強めだした。それは次の二つに集約される。
1核施設が攻撃されれば、イスラエル、この地域のアメリカの権益、アメリカの友邦アラブ諸国、を対象に攻撃する。
2アサド政権が攻撃されれば、イスラエルを攻撃、或いはシリア危機をほかの国々に波及させる。
本稿は、6月18−19日に予定されているモスクワ核協議を前に最近の状況を概括し、この地域を火の海にするというイランの威嚇について考察する(付録を参照)。
抵抗枢軸の直面する危機は深刻になる−背景
この数週間テヘランとダマスカスは次の三つの分野で一段と苦境に陥りつつある。
1)核交渉においてイランに対する西側の圧力が強まっている。次週に予定されているモスクワ核協議はヘテランを追い詰めつつある。イランがウラン濃縮の中止を拒否すれば、6ヶ月前に宣言された石油禁輸が履行され、追加制裁もある。アメリカのクリントン国務長官が発表した通りになる。これは、イランの経済及び政治状態を相当に悪化させる。
2)シリアのアサド政権が崩壊する可能性がある。アサド政権の立場が一段と悪くなり或いは崩壊する事態になると、抵抗枢軸はひどい打撃をうけ、イランとヒズボラの関係が一段と微妙且つ複雑となる(MEMRI.I&A No.837「体制存続を目的とするハメネイの戦術−第2回核協議」を参照)。
3)石油価格の継続的低下。石油価格が低下を続けていることは、イランとシリアの経済的政治的状態を一段と悪化させ、政権存続の可能性が低くなる。
この三つの累積要素により、イランは2006年の時と同じような状況におかれる。あの時イランの核ポートフォリオはIAEAから国連安保理へ移されようとした。するとイランは、地域で挑発行為を繰り返し、安保理の介入を必要とするような状況をつくりだした。これでイランの核問題は、しばらくの間であるとしてもスポットライトからはずれた。挑発行為とはイスラエル兵の拉致である。2006年6月、ハマスを協力者としてイスラムジハードにギラード・シャリット伍長を拉致させ(ガザ境界域)、2006年7月にはイスラエル兵2名をヒズボラに拉致させた(レバノン境界域)。
今回の危機では、イランは再び挑発行為をとらざるを得ぬ状況に直面している。相手はこの地域のライバル国で、前述と類似の行為ないしはもっとあからさまな行為に走る恐れがある。イランと抵抗枢軸特にシリアにかかっている圧力を相殺するのが目的である。
このような事件は、ここ数週間の内に起きる可能性がある。三つの状況がきっかけになる。即ち、(第1)2012年7月にエネルギー制裁が実施される時、(第2)アサド政権の更なる弱体化、(第3)イラン、シリアの経済悪化である。
理論上から言えば、テヘランには西側の要求に屈するというオプションもある。2003年、アメリカの報告によると、テヘランはアメリカの軍事攻撃を恐れて、核開発計画を一時停止した。当時アメリカ軍はイラクとアフガニスタンに展開しており、それを考慮した。その前には、1988年に膝を屈した。8年に及ぶイラン・イラク戦争で膨大な数の戦死者を出して国内で猛烈な圧力にさらされて、ホメイニ師がイラクのサッダム・フセインと停戦協定に調印したのである。
我々の分析では、イランは挑発行為にでる可能性がある。西側に屈するよりはこの地域で騒動を起すのである。1988年と2003年の状況は今日存在しない。更にテヘランはモスクワから相当の支援を期待できる。
モスクワの支援がイランとシリアの過激化を後押しする
イランと西側の紛争は、ここ数週間エスカレートしているが、イランにとってタイミングがよい。アメリカとロシアの緊張がたかまっているからである。つまり、イランとその抵抗枢軸たるシリアは、アメリカとの対峙構造のなかで、ロシアにとっては有力なコマとなる。プーチン大統領は、アメリカを向うにまわして自国の戦略的地位を高めようとしているのである。
今日、テヘランとダマスカスは、ロシアから公然且つ積極的な支持、援助をうけている。6月13日、ロシアのラブロフ外相は、モスクワ核協議の事前打合せとシリア危機に関する協調対応を話合うため、テヘラン入りした。西側の圧力をうけているテヘランにとって、ロシアはその緩衝役となる。
テヘランからみると、モスクワの立場、特にプーチン大統領のぶれない姿勢に支えられて、モスクワの5プラス1協議でテヘランは有利に立つことができる※1。更に、イランの政府高官達の最近の発言によると、テヘランは2012年5月23日のバグダッド核協議の時と同じ主張を繰り返すと思われる。つまり、西側はウランの20%濃縮の中止だけを要求するが、テヘランが提示する議題に沿って協議すべきであるとする。核保有国としてのイランと西側の核に関する協力、アフガニスタン、シリア及びバーレーンにおける危機。この二つを議題に加えよとテヘランは要求している※2。
イランの協議代表団長ジャリリ(Saeed Jalili)は、6月12日の議会演説で5プラス1に警告を発し、彼等が計算違いをすればモスクワ核協議は挫折すると言った※3。最高指導者ハメネイに近いイラン紙kayhanのシャリアトマダリ編集長(Hossein Shariatmadari)は、6月7日付紙面で、話合いがテヘランのためにならないなら、政府は5プラス1との協議を躊躇することなく中止する、と主張した※4。
アサド政権は支配権維持のため危機拡散も辞さず
すべての徴候が示唆するように、アサドは最後までやり抜くつもりで、状況が悪化していけば、アサド政権は反体制派との戦いをエスカレートする。最近アサドは、戦車、ヘリ、火砲を動員して住民地域を攻撃している。保有する化学兵器を使用するおそれもある。そのための大義名分も発言しつつある。即ち政府当局は、反徒側の言い分(政権側は、反徒側が密輸化学兵器を使用するとの前提をたて、その前提を化学兵器保有の正当化に使っている)を非難している※5。
シリア政権側の主張は、非通常型兵器投入の正当化と事前準備とみなすべきである。
西側は、シリアに対する軍事介入をする可能性がでてくる。化学兵器の使用は、それが引金となって地域全体が延焼する恐れがでてくる。つまり、シリアの国内問題が変質するわけで、政権側はそこに生残りの活路を見出すだろう。
付録:イスラエルに対する攻撃とシリア危機の拡散を示唆するイラン
シリアに軍事介入をすればイスラエルを攻撃する
1)イラン議会のラリジャニ議長(Ali Larijani)は西側に警告を発し、シリアを攻撃すればイスラエルが火の海になると述べ、「シリアを第2のベンガジにすれば火の手はパレスチナに及び、その火がスパークしてシオニスト存在体を炎に包む」と言った※6。後日ラリジャニ議長は、インドのムカールゼー財務相(Pranab Mukharjee)との会談時に、超大国は自分達の都合のよいように無理強いし、火遊びをしていると警告した※7。
2)イランのKayhan紙は、西側がシリアを叩けばイランは反撃すると威嚇した。シリア攻撃はイラン攻撃とみなす、少なくともイラン攻撃の前触れと考えるとし、この地域の抵抗組織はシリア攻撃の暁には同国支援に馳せ参じると主張した。しかし同時に、そのような攻撃が可能とは思えないとも付記している※8。
3)イランのジャザエリ参謀次長(Masoud Jazayeri)は、シリアを侵略する者は只では済まぬと述べると共に、シリア攻撃は地域全体を火の海にすると言った※9。更に参謀次長は、イランからみればシリア攻撃は越えてはならぬ線であり、攻撃されれば総力をあげてシリアを守るとし、「イランは、軽卒にもこの線を越える者に然るべく対処する…抵抗者の不幸を願う者は、時が来れば相応の罪をうける」と明言した※10。
4)前駐レバノン大使アドリシ(Mas`oud Adrisi)は、シリア危機がレバノンに波及する徴候を示しており、イスラエルにもすぐに広がっていくと分析した。前大使の説明によると、シリア、レバノンそしてイスラエルはひとつのブロックであり、シリアの不安定化はイスラエルとレバノンに影響し、シリアの緊張が高まっていくとイスラエルに危機をもたらすという※11。
5)イランの国連大使ハザエイ(Mohammad Khazaei)は、シリア危機が続けば、地域全体の不安定化につながると言った。6月7日の国連総会(シリア問題)でそう警告したのである※12。
核施設が攻撃されればイスラエルを攻撃
1)イランの最高指導者ハメネイは、イラン・イスラム共和国の祖ホメイニ師の命日にあたり、その記念演説で「イスラエル人が(イランに対し)ひとつでも過ちを犯せば、はねかえりをうけ頭を電撃される」と警告、西側は「己れの問題をカバーアップするためにイランの核の恐怖なるものをはやしたてている」と述べ、「イスラエルの軍事威嚇は空疎である。昔と比べて現在のイスラエルは攻撃に弱くなっているからだ」と言った※13。
2)ハメネイの軍事顧問であるサファビ将軍(Rahim Yahya Safavi)は、イランが攻撃されれば、イランは反撃し、中東の米軍基地、ペルシア湾とオマン湾所在の米艦船60隻をミサイルで攻撃すると述べた。更にサファビは、イランはイスラエルも攻撃すると警告、イスラエル全域がイランのミサイルの射程圏にあり、イランに与える被害を倍にして返すと言った。サファビは、イスラエルがイランを攻撃すれば、ヒズボラがイスラエルを叩くとも述べている※14。
3)イラン議会のホセイニ議員(Hossein Nagavi Hosseini)は、シリアの内戦が周辺地域特にイスラエルへ拡散すると明言した。議員は、最近シリアでテロ攻撃が続いているが、シリア国民はシオニスト存在体のテロ関与に怒っているとし、「彼等が占領地(イスラエルのこと)の安全を破壊する日は近い」と言った※15。
・A・サヴィヨンはMEMRIのイランメディアプロジェクト長、Y・カルモンはMEMRIの会長。
※1 イランの最高指導者ハメネイ師側近のひとりで、政治評論家のモへビヤン(Amir Mohebbiyan)は、モスクワ核協議が成功裡に終るとの見通しを述べた。中国は反イランの立場をとっておらず、ロシアは国際舞台でもっと積極的な役割を果そうとして多大な努力を払っており、国際社会の空気がイランと西側のバランスをとる方向に働いているからだ、と主張した。2012年6月13日付Qudsonline.ir (イラン)。
※2 ジャリリ交渉団長は、2012年6月12日の議会演説で、同年5月のバグダッド核協議に言及し、「7ヶ国(5プラス1とイラン)が話合いを意図するのであれば、(イランの)核問題だけをとりあげるのでなく、ほかの諸問題も議題にすべきである」と言った。イランはバーレーン問題を指摘し、西側は麻薬撲滅戦争を指摘している。イランはそれの討議に反対していないとし、「5プラス1によると、協議の焦点が一点に絞られ、方向性が既に決まっている。イランは(核問題だけの討議に)反対している。議題をひとつに絞り、しかもその結着を云々するだけのことであれば、我々が話合うまでもない。その必要は全然ない」と言った(2012年6月13日付Nasimonline.irイラン)。ジャリリ団長によると、バーレーン問題がモスクワ協議でも再度とりあげられる(2012年6月13日付Mehr.イラン)。イランのPressTV通信政治部長アマディ(Hamid Reza 'Amadi)は、モスクワ協議でイランが提示する包括議題には、イランのウラン濃縮権の正式承認、制裁解除のほか、シリア、バーレーン、アフガニスタンを含む地域問題、イランと5プラス1との核の協力が含まれる(2012年6月12日付Fars)。2012年5月24日付MEMRI I&A No.839「バグダッド核協議―暫定報告」を参照。
※3 2012年6月13日付Mehr。イラン議会国家安全保障会議メンバーのファラハトピシャ(Hashmatollah Falahatpisha)は、モスクワ核協議はイランと5プラス1との次回協議開催地を決めるだけのものとし、5プラス1がイランのウラン濃縮権を正式に認めず、建設的第一歩として制裁解除に同意しなければ、モスクワ協議は失敗すると明言した(2012年6月13日Fars)。
※4 2012年6月7日付Kayhan
※5 2012年6月8日付Dampress.net(イラン)。2012年6月9日付Fars及びアサド政権の化学兵器保有に関するシリアの政権側発言及びシリアの反徒側主張(2012年6月7日付Zaman-alwsl.net)も参照。
※6 2012年5月30日付Jamjamonline
※7 2012年6月8日付Kayhan
※8 2012年6月12日付Kayhan
※9 2012年6月3日付Mashreq News
※10 2012年6月13日付Fars
※11 2012年6月11日付Mehr
※12 2012年6月8日付Press TV
※13 2012年6月3日付ISNA, Fars
※14 2012年6月2日付Fars
※15 2012年6月8日付Press TV
(引用終)