『隠れた手』について
ダニエル・パイプス先生の翻訳者の一人に加えていただいて早くも2ヶ月半以上(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120330)。今回、私は提出が割合に早くて、フランス語など常連さん翻訳4言語の一つに入りました(http://www.danielpipes.org/11440/)。先程見てみると、その後も次々と、欧州言語が加わっています(http://www.danielpipes.org/11436/syria-intervention)。
一応、何とか読める言語としては、ドイツ語とスペイン語(とフランス語の一部)なので、自分の訳語の選択がこれでよかったかどうか、気になる箇所を確認するのに使わせていただいています。とはいっても、いつまでも語選択をあれこれ迷っていたら全く提出できないので、最初の方針を思い切って変え、多少はぎこちない直訳風であっても、まずは意味が正確にとれればよし、ということにしています。それに加えて、学究肌のパイピシュ先生のスタイル(ご本人も私におっしゃった)が出るように、やや堅苦しい文体に整えています。
今の注目は、内戦状態のシリア。それこそ、国連難民高等弁務官時代の緒方貞子先生(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120420)が「国際社会は見ているんですよ」と、報道カメラを入れて、防弾チョッキにヘルメット姿で現場を見て回る様子が、この日本でも一種の新鮮さと驚きを持って迎えられたことを思い出します。
しかし、あまりの惨状に、監視団もお手上げ。ちょうど同じ頃、その昔、シリアについて本を三冊ほど書かれたパイプス先生も、「シリアから手を引け」と、発言されました。
ちょうど今、パイプス先生のご著書『隠れた手』を読み終えつつあるところです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120610)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120612)。そして、パイプス先生からも、メールを頂戴しました。
実は、この『隠れた手』という題は、アダム・スミスの『神の見えざる手』をもじったのだそうですが(p.5)、いわゆる中東の陰謀論の実例とその分析を記したものです。これが一冊にまとまらなかったので、続編として『陰謀』という別の本に仕立て上げたのだそうです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120524)。
実は、この「陰謀事例」については、マレーシアでも一部の日本社会でも、なじみのあるものですが、私など、不合理で馬鹿馬鹿しいと、うっちゃっておくのが通例でした。ところが、パイピシュ先生の場合は、こまごまと大量の文献を集めて読み込み、どのように整理されたのか、本にまとめる気力と胆力をお持ちなのです。最初は笑いながら読んでいた私も、そのうちに、この研究がどうして必要かつ重要なのかが、だんだん理解できるようになり、40代半ばでこの仕事をされたからこそ、上記のシリア情勢についても、この度も的確な判断ができたのだ、と改めてパイプス先生を尊敬する気持ちでいっぱいになりました。
先生にその旨お伝えすると、「とても光栄だよ。でも、自分からは何も言えない。ありがとね」と。
要点をかいつまんで述べますと、中東の陰謀論は---
1. 実は西洋との接触により、西洋から移植されたものであること。
2. 日本やインドなどの地との関連では、中東の人々はほとんど陰謀を持たないこと。
3. 中東の陰謀はイスラームの本質とは無関係であること。
4. 1800年以前には、中東においても陰謀の事例が見つからないこと。
5. 19世紀以降の中東における陰謀の蔓延は、中世の栄光に輝いた先進地域のムスリムが、長期にわたって自信を持ち過ぎたあまり、西洋に遅れを取った自分を受容しがたかったことに基づく。
6. 中東の陰謀が危険で、研究分析の必要な理由は、偽りに基づく報道や情報が政策決定を誤らせるばかりか、国を混乱に貶め、人命危機に及ぶ可能性があり、安定した国家形成にとって悪影響しかないから。
ということのようです。詳しくは、どうぞ本書を手にとってお読みください。