今日は、とても印象深くおもしろい本がシンガポールから届きました。マレー半島のみに居住すると言われているオラン・アスリの特にセノイに対して、1929年から1939年までキリスト教伝道に従事したミーンズ牧師夫妻(1894−1980,1901−1999)のメモワールです。これを編集したのが、既に定年退職された有名な東南アジアの政治学者(特にマレーシアの政治がご専門)Gordon Paul Means氏(ご長男)の奥様です。
・Laurel Means (ed.) “Beyond Words: The Remarkable Story of Paul and Nathalie Means”, Armour Publishing, Singapore, 2009
これが興味深いのは、シェラベアの後輩に当たるメソディスト宣教師であることもあり、シェラベアやその娘婿さんに関する記述も含まれていたことです(p.33, 79, 101, 126)。そして、私がマレーシアのリサーチ途上で面識を得、今でもメール交換をしているメソディスト教会に連なる方の若き時代に、このミーンズ夫妻が多大な影響を与え、同時にその方も宣教師のお世話をしていたという状況が、具体的に写真付きでわかったことです(p.320)。
これで系譜がようやく一筋になったように思います。そして、単なる仕事としての研究作業ではなく、私自身が4年間の現地滞在で接触を自然に保っていた人々と、生きたつながりとして、研究テーマが保持されていることを、もう一度、確かにさせられたような気がします。「それはすごい恵みだよ」と、昨年のキリスト教史学会でおっしゃってくださった「みのもんた先生」の言葉が蘇ってきます(参照:2008年12月11日・2009年3月9日付「ユーリの部屋」)。ちなみに「みのもんた先生」も、メソディスト系大学神学部のご出身です。
これまでは、二次文献を見ていても、あちらこちらに少しずつ情報が散りばめられていて、統一的で正確な細部の把握に時間がかかったのですが、ここ数年は、当時の一次資料を見ることができるようになり、生き生きとした人の関係がはっきりしてきました。
それにしても、宣教師達の残した書簡(職業的・家族に向けた私的の両方)やニューズレターや写真は膨大なものです。特に、この夫妻の場合は、短期間に各地や各国を頻繁に移動した忙しい人生だったにもかかわらず、実にきちんと資料が整理されていたのだそうです(p.345)。それでも、ご長男の妻に当たる編者にとっては、思いがけず困難な作業だったとのこと(p.xiii)。
そうでしょうねぇ。私も、資料集めは楽しいものの、その解読と文章化には、どうしてこんなに時間とエネルギーがかかるのだろう、と不思議に思うぐらいですから。もっとも、私の場合は、宣教師から見れば、マレーシアと同じくミッション・フィールド日本の「現地人」、すなわち、キリスト教の受け手国の側にいるので、かなり勉強が必要だったのだろうとも思います。キリスト教系大学を出ているわけでもないので、コネクションも外側から見ているだけでした。だから、内部にいる人とは、理解に違いがあるとは思います。
ところで、この本によって初めて明らかにされた事実としては、1950年には、マレー人の識字教育のために、夫人の方がマレー社会で受け入れられていたこと(p.128)、キリスト教宣教師であっても、マレー語の知識を買われてか、1960年にはBerita Harian紙の非公式アドバイザーとして採用されたようだったとのこと(p.182)、1966年の段階で、マレー人の中にもイスラームとの同一化に反対している人がいたということ(p.212)、などです。もっとも、シンガポールの事例も混じっていますので、要注意ですが。
多分、現地の教会指導者のトップなどは、そういう事情なども経験的に知っているのでしょうが、口が堅くてオフィシャルなことしか言えないのだろうとも思います。これも「平和共存」の実態です。
まだ全部を読み終えていませんが、これまでどうも腑に落ちなかった点、だから性急に論文化するのをためらっていた数々の点について、次々に明らかになっていくので、明日、続きを読むのが楽しみです。
この宣教師夫妻に関しては、2007年5月下旬にマレーシア神学院の図書室スタッフのサクティさんが「友情のしるしとして」無料で送ってくれた小さな本がすぐに思い出されます(サクティさんについては、2007年9月22日・11月12日・2008年2月13日・3月20日・3月29日・5月24日・12月29日付「ユーリの部屋」を参照)。
・Paul & Nathalie Means, "And the Seed Grew", Council of Missions-Methodist Church in Malaysia, 1981
ただ、この文献だけでは、今ひとつ不明瞭なところがありました。
もう一冊、これまで研究発表のたびに、何度かレジュメに引用してきた文献があります。
・Nathalie Means,“Malaysia Mosaic: A Story of Fifty Years of Methodism”, Methodist Book Room, Singapore, 1935
これも、9年ぐらい前から、読むには読んで参考にはなっていたのですが、どうも今ひとつピントこないところがありました。しかし、こうしてみると、ようやく明快につながりができたように思います。
本当のところは、宣教師の書簡や教会会議の記録を見ないことにはわからないということですね。
ちなみに、シェラベアに関しても、昨日、ロンドンに数通の書簡が保存されていることを再確認したので、その他の書簡も含めて閲覧できることを楽しみにしています。