ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

次のステップに入る前に

もうそろそろ、花粉の飛沫が軽減され、ずいぶん楽になってきました。ようやく、しばらくお休みしていた課題に取り組めそうです。
しかし、花粉症のおかげで、ミラン・クンデラの小説に集中できましたし、同時並行的に、加藤周一氏の『日本文学史序説』とセルバンテスの『ドン・キホーテ』も読めるようになりました。いずれも、かねてから気になっていた本だったので、読む時間ができて、本当にありがたい限りです。
学生時代には、記号論だとか生成文法だとかサルトルだとか、本当に何が何だかよくわからないものが、大学の講義以外に夕刊の文化欄まで出てきて、すっかり腐っていました。結局のところ、頭の善し悪しではなく、向き不向きの問題、それと、伝える側の意図が不明だったことが理由だったのに、今から思えば、無理矢理コンプレックスを外側から植え付けられたって感じです。そういうものを援用して、権力を振り回していた人が目立っていた時代でもあったのでしょう。影響されなくて正解でした。だって、向いていなかったんだもの。
いきなりサルトルが出てきたのは、ミラン・クンデラの小説の解説です(『無知』「訳者あとがき」p.214-217)。思いがけない早さで共産主義体制が崩壊したが、それを見届ける前にサルトルが亡くなり、ついでに、サルトルの無知や無視も明らかになった。でも、私の遠い記憶を辿る限り、知識人たるもの、サルトルぐらい読んでいなければ、ものを語る権利がないかのような風潮も一部にあったと思います。『ペルセポリス』のマルジャン・サトラピが(参照:2008年1月31日付「ユーリの部屋」)、オーストリア滞在中、サルトルを読んでいて「この人には少しイライラさせられた」と正直に書いているのを見て(『ペルセポリスⅡマルジ、故郷に帰る』「パスタ」の項)、うらやましく思いました。私だってそれを言いたかった!そもそも今、日本語訳で読もうとしたって、あの文章は何が言いたいのかよくわからないのだから。
もちろん、これは一般素人の感想に過ぎません。
さて、もうこれぐらいまとめて読めばミラン・クンデラは一応、一区切りかな、というつもりで、今日は次の本を借りてきました。既に、『無知西永良成(訳)集英社2001年)と『裏切られた遺言西永良成(訳)集英社1994年)は昨日から読み始め、前者は今日返却しました。
・『ドン・キホーテの世紀−スペイン黄金時代を読む−清水憲男(著)岩波書店1990年
・『小説の精神ミラン・クンデラ(著)金井裕/浅野敏夫(訳)叢書・ウニベルシタス294 法政大学1990年
・『不滅ミラン・クンデラ(著)菅野昭正(訳)集英社1992年
・『笑いと忘却の書ミラン・クンデラ(著)西永良成(訳)集英社1992年
・『別れのワルツミラン・クンデラ(著)西永良成(訳)集英社1993年

特に、作品を幾つか読んでから、『裏切られた遺言』と『小説の精神』を読むと、ミラン・クンデラの音楽に対する深い理解、および作品における音楽の影響が具体的にわかるようになります。それに、共産圏社会やチェコの歴史と文化をどう考えているか、そして、ヨーロッパの文学と小説論も、大変興味深いものです。
それにしても、二十代の若い学生さん達で、ミラン・クンデラを好んで読んでいる人って、いったいどんな環境で育ったのか、知りたいような気がします。私の二十代では、到底無理だったなあ。今だから、よくわかるという点も多いのですから。以前も書きましたが(2007年11月24日付「ユーリの部屋」)、学部生の頃、こんなに早く崩壊するとは思ってもみなかった共産主義社会について今のうちに自分なりに感触を得ておこうと考え、旧東独や旧ソ連ポーランドキューバなどにもペンフレンドを見つけ、ドイツ語やスペイン語や英語で盛んに手紙の交換をしていました。あの頃の語学の本には、「これからはロシア語が絶対に必要になってくる」などと書かれていたものがあったのを覚えています。
無知』を読んだ今、彼らがいったいどうしているか、知りたいような知りたくないような複雑な気分です。
「つまり、人間は何も知らない存在であり、無知こそが人間の根源的な状況である」(ミラン・クンデラ