ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

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普段は、総合雑誌や週刊誌の類をほとんど読まず、近所の図書館に寄った際、世間の動向を知るためにパラパラとめくる程度、あるいは、何か興味を引く記事やニュースがある時に、投書類の謝礼としていただく図書カードで買うか、該当ページをコピーしてファイルするぐらいです。多くの人々が読む総合雑誌を自分も一緒に読んでいても、独自の考えやアイデアが浮かぶとも思えず、せいぜい、よくて二番煎じになってしまうからです。本を読むとは、雑誌や週刊誌を眺めることとは違います。時々、美容院でパーマや髪染めの待ち時間に「本でも読みますか」と女性週刊誌を持ってこられることがありますが、丁重にお断りし、目を閉じて考え事にふけったり、リラックスの時間と割り切ったりしています。
ですが、今回は生協に買い物に行ったついでに、本棚に並べてあった『文藝春秋』2008年12月号を買い物かごに入れる成行きになりました。なぜかと言えば、立花隆氏と佐藤優氏の「21世紀図書館・必読200冊」という記事がおもしろそうだったからです。
多少はこういう雑誌に紹介されている本のリストを見ておかないと、既にある自分の傾向がさらに固定化されてしまいそうです。
いやあ、驚きました。立花氏は、ご両親が無教会の方で(知りませんでした)、「基礎的古典」としてハディースと聖書を、カルヴァン派だという佐藤氏の方も、「宗教・哲学についての知識で人間の本質を探究する」と題して、聖書とコーランをリストに載せられていたのです(p.165,171)。その他にも、佐藤氏の推薦書は、私の関心事と重なっているものが多く、不足しているのはロシア関係かと思いました。立花氏ご推薦では、私の場合、分子生物学や数学方面が欠けています。
その他にも、学生時代に読んだものとの重なりや、古典に対する見方など、おもしろく思いました。庄司紗矢香さんも好きだというミラン・クンデラも挙げられていて(『サラサーテ』2007年春号 Vo.15, p.31)、しばらく前に図書館で確認だけはしておいたものの、やっぱり読まなければならないなあ、と感じました。
佐藤優氏については、今年9月のキリスト教史学会で、私の発表はインパクトがあると言ってくださった先生が、昼食時の会話で引用されていました。「あの人の知識と情報力と人脈はすごい」と。私の方も『みるとす』で硬派エッセイを拝見していることもあって、「あの方の文章は、経験に基づく独自の内容を書かれているから、とってもおもしろい」と応じました。
人間、歳とともに守りの姿勢になりがちです。ヴァイオリニストの辻久子さんが、「若い時はよくても、女性は、30歳過ぎると演奏がおもしろくなくなることが多い」という意味のことをおっしゃっていたかと記憶しています。クラシックの演奏でも、同じことだけ繰り返していると、聴く方も飽きてくるらしく、晩年になるまで一線で居続けることの大変さを思います。
これはどの分野のどの仕事にも言えることではないでしょうか。
私自身、今の状況や立場において、守るべき地位もプライドも何もないという意味で、それなりの訓練を受けていると思いますし、専門以外にも視野を向ける時間が与えられているので、楽観的に広く柔軟な好奇心を持ち続けていきたいと願っています。優秀で自律した研究者ほど、新しい考えに対して、「お、それはおもしろい」という肯定的な反応を示すことを、私自身、知っていますから。(もっとも、わけもわからず、基本からずれているのに、やみくもにおもしろがるフリをする人も中にはいますが。)一方、「まだまだですね、だめですね」という先生は、どうすればよりよくなるか、という具体的な指摘がないという点で、前者のカテゴリーには入らないだろうと思います。昔、ピアノの先生でも、そういう古いタイプの経験があります。少しでも間違えると、「まだ、だめね」とだけ不機嫌に言ってレッスンが終わってしまう、という...。「だめ」というだけなら、誰だって言えます。どうすればよくなるかという指導ができて初めて、「指導者」なのに。