ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

ミーチャ@DSCH(3)

ショスタコーヴィチと言えば、庄司紗矢香さんがまだ19歳でドイツにいた頃、NHK教育テレビのインタビューに答えて、とても興味深いことをおっしゃっていました。当時、若村麻由美さんだったか着物のよく似合う女優さんが、どういうわけかちょっと場違いにも長い黒ブーツをはいたままの格好で、まだ少女っぽい紗矢香さんに質問していました。

紗矢香さんは「インタビューでテレビカメラが回っていると、とても緊張する」とのことですが、演奏は堂々たるものなのに、話し始める前に、本当に唇がぶるぶるふるえているのがはっきりと映っていました。ただ、落ち着いてくるとさすがは個性を発揮され、「わたし、この間、ショスタコーヴィチのスコアを勉強していたら、自分が死ぬ夢を見たんですよ。息が止まるところまで、覚えています」なんて言い出しました。思わず「怖くないですか」と若村さんに問い返されると、「怖くないですよ」ときっぱり。ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲は「難しいですけれど」と素直に認めながらも、深く楽譜を読み込み、忠実にヴァイオリンで「人間のみにくさや死の恐怖」を表現しようと真摯な態度の紗矢香さんに、大変好感を持ちました。その結果が、以前も「ユーリの部屋」で書いた、大絶賛を浴びた演奏に終結したわけです(2007年7月27日)。

ここで話は突然変わりますが、2007年9月6日再放送の録画で、今年5月4日に催された、東京国際フォーラム会場でのウラル・フィルハーモニー管弦楽団とドミトリー・リス指揮で庄司紗矢香さんのチャイコフスキー作曲ヴァイオリン協奏曲第1番を見ました。この楽団の演奏は初めて聴きましたが、女性団員が割合多いのですね。小柄なおばちゃんタイプの人も何人かいて、びっくりしました。

ソリストは、男性ならば衣装も地味だし、舞台に立った時に、演奏だけで勝負なので、安定感と落ち着きがあります。しかし、若い女ソリストの場合、容姿を見に来るために演奏会を訪れるお客さんも少なからずいるので、本質をめざす人にとっては、ちょっとやりにくいでしょうね。

髪型でも、ピチっと固めて留めていればいいのですが、紗矢香さんはその点あまり気にしないのか、それとも計算の上でわざと髪を乱しているのか、演奏中に前髪がパラパラ落ちてくるのは、前から気になっていました。そこがいい、というファンもいるようなので、やっかいなのですが。それに、ドレスの肩ひもが落ちてきそうなのを、途中で何度か直すのですが、それも私にはちょっと目障りです。思い切って肩を出さないドレスにするか、スイスの音楽祭での衣装のように、肩ひもの部分を首に回すスタイルか、どちらかの方が安定するのではないでしょうか。

2005年に、アラン・ギルバート指揮で北ドイツ放送交響楽団ブラームス作曲ヴァイオリン協奏曲を、S席に座って見たことがあります。東京公演はテレビでも放映されましたから、ご存じの方も多いことでしょう。ともかく、その時の無地紺色のドレスは、生地がよくシンプルで品もよかったのですが、唯一の欠陥は、フレアーはあってもギャザーがほとんど入っていなかったので、ある箇所でズバッと両足を思いっきり広げた紗矢香さんが、非常に滑稽に見えたのです。で、そのことをクラシックの掲示板に書きました。どなたかスタッフが読んでくださったのか、その後のドレスは、前部はストレートタイトに見えても、後部には大きなギャザーが腰の辺りに入るスタイルになり、これで一安心といったところです……という風に、審美的にも、女性は一手間も二手間もかかるのですね。ピアノなら、ギャザードレスでなければ手も足も動かないことが最初からわかっているので、ヴァイオリニストとは悩みが違います。

それと、10数年前に、辻久子さんがテレビでおっしゃっていましたが、「どんなに優秀な演奏家でも、女性は30歳を過ぎると、演奏がおもしろくなくなることが多い」とのことです。つまり、30歳が一つの節目、関門だというわけです。それをどの程度意識されているのかわかりませんが、最近の紗矢香さんは、あのノリントン指揮のベートーベンのヴァイオリン協奏曲以来、スタイルが変わってきたように思われます。それまでは、唇を半開きにして気合いの入った演奏という感じでしたが、最近は、ちょっと体力的にも疲れてきたのか、それとも持久力を温存するためなのか、省エネ傾向にあるようです。第一楽章では、弓使いがややかすれ気味というのか、音が少しずれているような不安定な感じに、最初は聞こえました。さらに、右手のピチカートの音が弱く聞こえました。昔は「体がちっちゃいのに、大きな音でピチカートを鳴らすんだな」という印象でしたが。10代の頃は、全身全霊で音楽に真摯に打ち込み、体中で歌っているというように見えましたけれども、やはり20代半ばに近づくと、いつまでも元気なお嬢さん奏法では持たなくなってくるのでしょうか。

今回の演奏では、繰り返し部分を全部省略なしで通していました。きちんと通すと、ちょっと間が抜けた感じのするリフレイン箇所なのですが。いつか暇と機会があれば、総譜を数種類、見比べてみたい気がします。

最後に話を冒頭に戻します。2007年1月号の『音楽の友』の「イヴェントレポート」には、「庄司紗矢香、ロシアの旅」と題する一ページのコラムが掲載されていました。以下、紗矢香さんがどのようにショスタコーヴィチをとらえているか、部分抜粋をいたします。
  「ショスタコーヴィチの音楽にはまず、孤独感の強さを感じます。孤立の中から、内からのエネルギーがあふれ出てくる。ソ連の体制下に生き、スターリンの存在があったからこそ、あのような音楽が生まれたのでしょう。爆発的な意志があり、音楽は内に込もり(ママ)きらずにあふれ出ます。強烈なメッセージ性の一方、皮肉、嘲笑、ユーモアもある。すべてを含めた悲劇性ということでしょうか」(p.176)