ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

住めば都?

私の住んでいる町は、歴史や文学の本にも出てくるような縁ある場所が多いところです。とはいえ、実際に訪れてみると、やや寂れたような鄙びた感じがするのが、観光誘致不足というのか、宣伝力不足というのか、谷崎潤一郎の『蘆刈』にも、「この辺のことだから、とりたてて気のきいた店があるわけでもなし」などと記されていたのを思い出します。

ただ、町そのものは、商店街あり住宅街あり工場地帯あり田畑あり山あり川あり滝あり池あり沼あり…と海以外は一通り揃っている産業条件のよい所だと思います。お寺も神社も教会もあります(ただし、モスクは多分ないでしょう)。遺跡が多く、古くから集落があったことをしのばせます。国道が通り、企業研究所も二つはあります。
人口は三万人程度で、お役所関係の用事も、待たされずにすぐ済ませることができ、とても楽です。大都市だと、銀行も郵便局も図書館も、手続き一つに結構時間をとられることがありますから。小規模でも、総合病院と、個人開業の内科、小児科、眼科、耳鼻科、皮膚科、外科、歯科が揃っています。阪急とJRが通っていて、京都市内と大阪市内へ2,30分もあれば簡単に行け、大変便利です。京都や大阪まで出向かなくても、ちょっとした買い物ならば、長岡京市高槻市のどちらかで大抵は間に合わせることができます。…と、ここまで書いてしまうと、ほとんどハンドルにしている意味がなくなりますね。
名古屋の出身なので、昔の政令指定都市として、関東と関西の中間地点の大都市圏として、それなりに不自由なく便利な所に生まれ育ったことに満足していました。例えば、緊急の病気や難しい疾病などでも、とりあえず困ることはないでしょうし、教育面でも、ずば抜けた才能でない限り、学校も多くて、学ぶ機会にもまず恵まれていたのではないかと思っていました。強いて難を言えば、よいクラシック演奏会が関西に比して少なかったことです。有名な演奏家は名古屋を素通りして関西に寄ることが多かったからです。
ところが、大学院に進学してみて、東京育ちや大阪育ちのクラスメート(と言っても、年齢も国籍もさまざまで、私が最も年下の地元出身でした)などと一緒になると、頻繁に名古屋の悪口や批判を聞かされるのには、本当に閉口しました。今から思えば、(皆若かったんだな)程度なのですが、それにしても、個人体験を安易に一般化して、「名古屋の人は」などと、地域文化をよくぞあそこまで非難できたものだな、という気がします。院生だけでなく、教官の中にも「名古屋の人って、‘お買い得’のことを‘お値打ち’なんて言うんですよ」と何度も笑う人がいました。
結局のところ、自文化を中心に見ているのがそもそもの原因で、名古屋文化に溶け込めないことを、名古屋人や名古屋方言のせいにしていたのではないかと思います。一応は古い地域ですから、それなりの伝統やしきたりというものがあります。それを尊重するのではなく、高見から苦言を呈するなんて、なんて失礼な、と今でも思いますよ!
関西に住むようになって、今年で10年になります。あっという間でしたが、考えてみれば、新居の家具やこまごました生活道具を揃えるのに、一人あるいは主人と何度か通ったお店の何軒かは、すでに閉店か倒産してしまっています。回転が速いという印象を持ちます。名古屋は経済が元気だとよく言われますが、名古屋人の堅実な経済感覚と、老舗の産業や店舗がしっかりとした経営を長期にわたって続けていることが要因だと思います。それに比べると、この辺りでは、食堂もくるくる変わるというイメージですね。大阪の食い倒れと言いますが、舌が肥えて味にうるさいのはよいこととして、簡単に店を出して、行き詰まるとさっさとやめてしまう気質があるのでしょうか。
ともかく、今住んでいる地域は、ちょっとした住宅街で、昭和50年代後半から60年代初期の建築なのですが、さぞかし当時は、先進的で便利で快適な場所だっただろうと想像しています。さすがに最近では、高齢化少子化と建物が中古になってきたためか、スーパーマーケットも突然閉店してしまった後、新たに入るチェーン店が見つからないようです。私達がいるのは、半分ほどしか入居されていない棟で、少し淋しく、またもったいないように思います。
家を買おうかという話は、結婚当初からチラシや広告を見ながらずっとしているのですが、一度、同じ住宅街の中で引っ越ししただけで、特に予定はありません。貯金の範囲内で購入可能な物件が結構ありますが、一戸建てでもマンションでも、広くても場所が悪かったり、場所がよくても狭すぎたり、メインテナンスに手間暇かかりそうだったり、賃貸の方が上等な設備を持っていたり、となかなかうまい具合にいかないからです。現在の土地は、あまり良い場所が残っていないらしく、建て売り住宅などでも、妙な場所に敷き詰めたように家が並んでいることが目につきます。
私の両親の世代は、マイホームを購入することが、一つのステータスシンボル、あるいは、人生の大きな目標の一つだったようですが、私達の世代になってくると、必ずしもそれに同調しなくなってきました。価値観の多様化と生活の便利さに慣れてしまい、自分のライフスタイルに合う住まい方が第一となっていて、人生段階に応じて、住む場所を身軽に変えることすら躊躇がありません。つまり、自分の家を建ててしまうと、身動きできなくなることで、人生の選択肢を狭めるかもしれないと考えるのです。また、子どもに家を託すという予定も成り立たなくなってしまいました。
さすがに父は、そういう世相に接していたらしく、私達にも無理に家を買えなどとは言いませんし、結婚前にも「子どものいない間はマンション暮らし、子どもが増えたら一戸建て、子どもが進学や就職で家を離れたら、夫婦に適した賃貸に住み替える、というのが今のパターンじゃないか」とアドバイスしてくれました。
今の居住地は、プロフィールにも書きましたように、山の近くで緑が多い上に比較的涼しく、名水に指定されるほど、ミネラル豊富な地下水に恵まれた静かで落ち着いたところです。水と空気がよい環境ほど、住みやすい場所はないと思います。
ですから、私の住所だけ見て「グン(郡)、グン(郡)」とか「え!郡部なんかに住んでいるの?農業やっている田舎教師?」などと揶揄した自称都会人は(どういうわけか、全員、国立大学の専任教官でした)、いくら外国の研究をしていたとしても、専門○○というのか、まるで物がわかっていない輩なのです。確かに、高級住宅街ではありませんが、その代わり、落ち着いて身の丈に合った暮らしが営めます。借金もなく、見栄を張る必要もなく、必要なものがいつでも充分に満たされる生活こそ、地味で当たり前過ぎますが、人生にとって本当に大切な基本であり、最大の幸福ではないか、と私は思うのです。
「住む場所で人は判断される」と言った知人がいました。しかし、私はあえて言います。「いえ、住む人で場所が判断されるのです!」