ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

ロシアのイラク介入

メムリ(http://memri.jp/bin/articles.cgi?ID=SP119915

緊急報告シリーズ


Special Dispatch Series No 1199 Nov/6/2015

ロシアのイラク介入をめぐる論争
―対IS戦争におけるアメリカの失敗と失望が背景―


Y・グラフ(MEMRIの研究員)


はじめに


2015年9月下旬、イラクのアバディ首相(Haider Al-`Abadi)は、国連総会出席のためニューヨークに向け出発する前、バグダッドイラク、イラン、シリア及びロシアの参加する合同情報センターの設置を発表した。首相によると、この情報センターは、IS(イスラム国)に関する情報蒐集に重点をおく。イラク軍の対IS戦を支援するためで、この4ヶ国の軍人及び情報関係者で構成されているという。


情報センターは、部員のバグダッド到着を以て10月初旬から活動を開始した。イラク議会国家安全保障・防衛委員会のザメリ委員長(Hakem Al-Zameli)は、イラク軍がセンターの情報活動をベースとして、ISに対する第1回攻撃を実施した、と述べた※1。


合同情報センターの設置を初め、イラクとロシア間の協力が増えている。今やロシアは、シリアでやっているように、対IS攻撃をイラクでも実施できるようになった。これまでのところイラク政府が、この支援をロシアに求めたことは認めていない。


イラクは、2003年以来アメリカの介入に慣れっこになってきたが、そこへロシアが介入してくるのは新しい状況展開であり、これが国内世論に火をつけて論争になった。その論争は、主として宗派間で展開している。即ち、イランと同じようにロシアを同盟者とみるシーア派、この同盟関係を嫌うスンニ派である。スンニ派の政治家と聖職者は、ロシアのイラク介入に反対し、アバディ首相を初めとするシーア派の政治家は支持している。


この分裂は、イラクのメディアにもみられる。一致しているのは対米批判である。すべての記事が、アメリカそしてアメリカ主導の国際有志連合に失望したと主張する。1年余に及ぶ作戦で事態の改善ができなかったと説くのである。そしてこの主張に続いて、代案をめぐって論争に火がついた。


本記事は、ロシアのイラク介入に関する論争を分析したものである。


緊密度を増すロシア・イラクの軍事協力とアメリカの無念


アラブのメディアは、合同情報センターの設置ニュースを伝えると共に、ロシアがシリアでやっているようにイラクでもISを攻撃できる、と主張する。この種の論評が多いのである。例えば、サウジのアルアラビアTVのウェブサイトは、2015年10月7日付で、イラク議会国家安全保障・防衛委員会のザメリ委員長(サドル率いるシーア派政党のメンバーである)の言明を伝えた。それによると、合同情報センターが、イラク所在ISを相手とする戦争を今後主導するという。委員長は、間もなくイラクがこの戦争でアメリカより大きい役割を果すようロシアに求めるとも言った※2。イラクの日刊紙Al-Madaは、2015年10月8日付で、イラク代表団のモスクワ 訪問予定を報じた。国家安全保障アドバイザーのファイヤド(Faleh Al-Fayyad)に率いられた代表団で、イラクにあるIS拠点爆撃の可能性について打診するという※3。これに関連して、イラクのオベィディ国防相(Khaled Al-`Obaidi)が、ロシア連邦軍事・技術協力機関のフォミン機関長(Alexander Fomin)を迎え、二国間の契約打合せを行なった。契約内容は、イラク軍部隊の訓練と武器供給に関するものであるが、ISの支配するアンバル県とモスル市を奪還することを主目的とした協力である※4。


しかしながら、イラク政府スポークスマンのハディーシ(Sa`ad Al-Hadithi)は、イラクにおけるロシアの軍事攻撃拡大についてロシアと交渉したことはない、と述べている※5。


ロシア連邦評議会のマチビエンコ議長(Valentina Matviyenko)によると、イラクがロシアに空爆の要請をしたことはないとし、「イラクが正式にロシアに要請すれば、国家指導部は、空爆作戦参加の政治的軍事的是非を検討する。しかし今のところそのような要請はない」と述べた※6。


一方、合衆国統合参謀本部のジョセフ・ダンフォード議長が2015年10月20日イラクを訪問した。滞在中同行記者団に次のように語っている。第一、イラクの首相と国防相は自分との会談で、ロシアの軍事支援や空爆を要請したことはない。第二、ロシアはこの行動を考えたこともない。第三、オベィディ国防相が合同情報センターの業務開始はこれからであると述べた※7。


ロンドン発行サウジ紙Al-Hayatは10月17日付で、アメリカの軍部が、ロシアに対IS空爆をさせないよう、イラクにクギをさしたと伝えた。アメリカ主導の国際有志連合が行動中であるが、その行動はロシアと調整のうえで実施されているのではないので、ロシアの介入でややこしくなるという※8。

ロシアの軍事介入に対するイラク政界の支持(シーア派)、拒否(スンニ派)の両反応


過去20年アメリカはイラクに直接かかわってきた。アメリカのプレゼンスに慣れっこになったイラクにとって、ロシアの介入は新しい現象であり、イラクの世論に火をつけて論争となった。その論争は、この国の政治及び宗派の分断を、いよいよ鮮明にした。前述のように、スンニ派の政治家と聖職者はロシアのイラク進出に反対し、アバディ首相を初めとするスンニ派政治家は歓迎する。


ロシアの空爆を支持する者は、空爆がIS闘争を促進すると主張する。反対派は、イラクの主権が外国勢力によって既に影響をうけているのに、ロシアが介入すれば一段と侵害されるのみならず、イラクの地域住民特にIS支配域のスンニ派住民に被害が及ぶ、と主張する。


アメリカは失敗、従って対IS戦はロシアの協力が必要―シーア派政治家


アバディ首相は、ロシアの空爆を是非願うとはっきり表明したわけではないが、可能性を前向きに考えるとは言っている。フランスの24TVが、政府はロシアの対IS空爆の可能性を討議しているのかどうかと質問すると、首相は「まだやっていない。しかし、(ロシアが)提案すれば、我々は検討する」と答え、ロシアは対IS戦争を真剣に考えている。2000名を越えるロシア志願兵がその戦いに参加しているのが何よりの証拠である、と強調した※9。首相は、2015年10月3日の記者会見でも合同情報センターの設置を正当化し、ISと戦う用意のある国の支援を受入れると強調し、ロシアとの協力に留保する者がいるのは驚きである」、「ロシアはオバマ大統領の親族のように振舞っているのである」と言った※10。


ほかのシーア派政治家達は我先に首相の側についてロシアの軍事介入を支持し、アメリカはIS打倒に失敗したと主張している。イラク議会国家安全保障・国防委員会のザメリ委員長は、「合同情報センターは対IS戦争でアメリカがその任務と役割の遂行に失敗し、その対応として設置された」とし、「ロシアは相当な情報能力を有する」と述べた※11。ザメリの所属するシーア派政党では、例えばアワディ議員(Hussein Al-`Awadi)がレバノン紙Al-Safirに、「国際有志連合(アメリカ主導の)は見るべき成果をあげることができなかったが、この4国連合はシリアそしてイラクで真の勝利をあげることができる」と言った※12。シーア派連合のラビー議員(Muwaffaq Al-Rabi`i)は、「イラクの対ロシア関係の増進は、国際有志連合の失敗に起因する。有志連合は、イラク内の武装集団との戦いに躊躇し、アルラマディの場合のように、ISに土地を奪われる始末となった」と言った※13。


ロシアの介入はイラクの主権を侵害し、スンニ派抹殺に繋がる―スンニ派政治家


一方、スンニ派政治家は、イラクにおけるロシアの軍事介入に関して、留保している。例えばイラク議会議長ジャボウリ(Salim Al-Jabouri、スンニ派)は、ISと戦うイラクの友人達の努力を歓迎すると言いながら、「外国との協調に関する国の立場を決め或いは国際枢軸(参加)を決定するのは、イラクの議会である」と強調した※14。同じ党の所属で議会国家安全保障・防衛委員会のメンバーであるカルボウリ(Mohammed Al-Karbouli)は、ロンドン発行カタール紙Al-Quds Al-Arabiに、「バグダッドの合同情報センター設置は、イラクの主権を侵害し、イラクを国際勢力間の争いの場にしてしまう。(イラクの)土地、人民そして将来を踏みにじってやり合うことになる」と主張した。カルボウリは、議会の知らぬところで情報センターが何故つくられたのか、経緯と理由を議会で明らかにすることを求めた。


政治家と共に、イラクスンニ派聖職者サアディ(`Abd Al-Malik Al-Sa`adi)は、プレスリリースをだし、増えてきたロシアの軍事介入はイラク及びシリアのスンニ社会を抹殺するイランとの共同謀議であるとし、「ロシアはシリアを爆撃し、イラクのアバディ首相はイラクへの爆弾投下を呼びかけている。シリア、イラクに存在する大きい社会(スンニ派)を抹殺するのが狙いである。アバディは(ロシアが)ISメンバーをひとり傷つけるだけで済ますわけではなく、あの国(シリア)のインフラを破壊しその住民を抹殺しつつあることを、よく知っている」と言った※15。アンバル県の部族会議の幹部アイド(Turki Al-`Ayid)はAl-Mada紙に、ロシアの介入はアンバル県からのテロリズム一掃を単に妨害するにすぎない、イラクの戦士達を支援している国際有志連のメンバー達とロシアとの間に立場の違いがあるからである、と語った※16。アンバル県の別のスンニ派指導者ムハンマディ(Sheikh Kamal Al-Muhammadi)は、日刊紙Al-Hayatに、スンニの武闘派がロシアの軍事介入には力ずくでも反対するとし、強硬姿勢を崩していない、と語った※17。イラクの政治ウェブサイトAl-Niqashの寄稿家ハビブ(Mustafa Habib)は、ロシアの介入と合同情報センターの設置に関する意見の違いが、スンニ対シーアの対立に起因している、と言明する。ハビブによると、シーア派はロシアとイランを友邦とみなし、バドルやヒズボラ旅団のようにイラクでISと戦うシーア派民兵は、イランと直接結びついており、アメリカを敵視する。一方スンニ派は、ロシアをイランの友邦とみる。そしてそのイランはスンニ派殺戮意図をもつシーア派民兵を支援している。つまりスンニはアメリカに信頼を寄せる。スンニ派が、シーア派が支配するイラク政府の仲介なしで、アメリカからの武器供給を直接得たいと望んでいるのは、そこに理由がある。これまでシーア派の妨害で直接入手はできていない※18。


ロシアの軍事介入に賛否両論―イラクのメディア


次に紹介する二つの記事は、スンニ派(ロシアのイラク介入拡大に反対し、その介入をイラク主権にとって危険と考える)、そしてシーア派(介入をISに占領された領土を奪還し、イラクの主権を回復する絶好の機会とみる)との政治的立場の違いを、はっきりと物語る。


プーチンの肖像を描くイラクの画家−イラクにおけるプーチン大統領の人気上昇に関するガルフニュースの記事から(image: gulfnews.com, October 8, 2015)



クルド族の研究者ホシュヤル(Jawdat Hoshyar)は、親スンニ派イラク系ウェブサイトBabil,infoに、次のように書いた。


「複数のロシア側報道によると、バグダッドの情報センターの役割は単に情報を提供するだけでなく、4ヶ国の治安協力を強化することにもある。これには、いくつかの協調行動が含まれる。第一は4ヶ国軍の特殊部隊の協力、第二はロシアのドロン機がイラク領空で行動できるように権限をロシアに与える…」、「このようにして、イラクの門からロシアを導入し、対IS戦の第一線に立たせ、イラクにおけるロシア・イランの影響力を強めていく」。


ホシュヤルは続けて次のように主張した。「この一連の状況展開に対するアメリカの立場は弱い。アメリカの傾向は…、世論そしてホワイトハウス及びペンタゴンも、中東紛争への介入を極力避けようとしているからである。モスクワはこれを中東進出の絶好の機会として利用し、対テロ戦争の名目で介入し、おかげでイラクの主権は風前の灯となった」※19。


一方、ムザッファル(Saif Aktham Al-Muzaffar)は、親イランのイラク紙Al-Akhbarに、次のように書いている。


アメリカとの同盟は、国に甚大な被害を与えた。イラクはその権利を守り、ロシアと強力な連帯関係を築かなければならないアメリカのせいで受けた傷をいやし、損失を埋め合わせるために、今回生まれたロシアとの治安協力という絶好の機会を使わなければ、永久にイラク領を解放できなくなる。作戦の経済上兵站上の困難を考えなければ、尚更である。ロシアは情報・軍事協力の意志を表明し、イラク内のIS拠点を攻撃する用意のある旨発表している。そして、“もしイラクが求めるならば、我々は対IS攻撃を拡大し、イラク(内拠点)を空爆してもよい”と述べ、ボールをイラク側コートへ投げた。イラクは国際舞台における最強の友人たるロシアと組むべきである。イラクは“我等が友人ロシアよ、ウエルカム”と言うべきである」※20。



[1] Al-Mada(Iraq), October 14, 2015.
[2] Ara.tv, October 7, 2015.
[3] Al-Mada(Iraq), October 8, 2015.
[4] Al-Mada(Iraq), October 13, 2015.
[5] Al-Mada(Iraq), October 7, 2015.
[6] Ria.ru, October 6, 2015.
[7] Al-Quds Al-Arabi(London), October 21, 2015.
[8] Al-Hayat(London), October 17, 2015.
[9] Al-Quds Al-Arabi(London), October 1, 2015.
[10] Al-Sabah Al-Jadid(Iraq), October 3, 2015.
[11] Al-Quds Al-Arabi(London), September 29, 2015.
[12] Al-Safir(Lebanon), October 10, 2015.
[13] Al-Mada(Iraq), September 29, 2015.
[14] Al-Hayat (London), October 9, 2015.
[15] Elaph.com, October 9, 2015.
[16] Al-Mada(Iraq), October 20, 2015.
[17] Al-Hayat(London), October 19, 2015.
[18] Niqash.org, October 8, 2015.
[19] Babil.info, October 8, 2015.
[20] Akhbaar.org, October 8, 2015.

(転載終)

「メムリ」の過去引用は、こちらを(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%E1%A5%E0%A5%EA&of=100)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%E1%A5%E0%A5%EA&of=50)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%E1%A5%E0%A5%EA&of=0)。