ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

世の中の迷惑を考えて

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「子供の可能性を伸ばす親、つぶす親」


無限の可能性をもった子供たち。親の接し方ひとつで、その可能性を伸ばすことも潰すこともできてしまいます。子育てで覚えておきたい子供への接し方をまとめました。
2014年12月31日


子どもの可能性を伸ばす親と、せっかく持っている可能性をつぶしてしまう親がいます
子育てをするからには、立派な大人になってほしいものです。このまとめでは、子供を伸ばす接し方、そして逆に可能性の芽を摘み取ってしまう行為について考えてみます。
小さな子どもが秘めた大きな可能性を信じること。そこに、成長の種があります
「子供だからできなくて当たり前」「これをするにはまだ早い」といって決めつけてしまう。それって、子供の成長にとって勿体ないことかもしれません。


・子供の可能性は親次第
無限の可能性を持った子供の才能を伸ばすには、親の接し方が重要になります。

では、子供の可能性を伸ばすために、どのようなことを心がけ、逆にどのようなことに気をつけなければならないのでしょうか。


・子供の可能性を伸ばしてあげられる親
子どもの話をよく聞き、笑顔を心がけ、ほめる
効果的に褒めるためには「ありのままを」「気前よく」「具体的に」「タイミングよく」「プロセスも」愛情を持ってほめ続けることが原則です。


・子どもの可能性を信じて接してやる
「この子は伸びる」と確信を持って接するのと、「どうせ伸びない」と思って接するのでは、学力の向上に明確な差が現れたようです。


・選択肢を広げる
何かひとつのことを達成するための方法は、ひとつではありません。いろいろな選択肢を与え、達成のための方法を考える力を身につけさせることも重要です。


・親が教えるべきものは勉強よりむしろ向上心をいかに持つか
親が子どもに勉強を教えるというのは、「勉強を通して向上心を育む」という作業であるべきであり、親自身も向上心を持って課題解決や状況改善に取り組む姿勢が必要です。


・親が人生を楽しんで過ごしている
親自身が人生を楽しんでいれば(もしくは楽しもうと努力していれば)、子供は人生は楽しいものだと自然と理解し、心の安定につながります。


・がんばって結果を出したらほめるのではなく、ほめることを通じて、がんばったらできるということを教えてやる
褒めることは重要ですが、プロセスが伴わないと子供は努力を放棄します。がんばった過程を重視するのが良いと思います。


・『褒める』と『叱る』のバランスが重要
褒めるだけでは、家庭以外の場で少し叱られただけで体調不良を訴えるなど、ストレス耐性のない子に育ってしまい、社会に適応できなくなってしまう可能性があります。「褒める=甘やかし」にならないよう、「褒める」と「叱る」のバランスをとりましょう。


・親が子どもの成長に大切と思う意識のトップ3は、「向上心」「好奇心」「探究心」
この3つの要素が子供の成長に大きな役割を果たしています。「向上心」「好奇心」「探究心」の芽を摘み取ってしまわないよう、気をつけることが肝要です。


・子供の可能性をつぶす親
子供をダメにする親の典型的な特徴は、独善・過干渉・否定的です
子供の「自分でできる」気持ちを無視し、何かを強制したり、子供の「やりたいこと」「興味のあること」を否定してしまうと、次第に子供は自信をなくしていってしまいます。


・子供の気持ちを頭ごなしに押さえてしまう
子供の話にしっかりと耳を傾け、対話するということは、人生で最も重要な対人関係の能力を身につけることに繋がります。一方、親からの一方的な命令は対話の拒否を意味し、子供のコミュニケーション能力を欠如させてしまいます。


・子供の我がままに安易に手を差し伸べる
甘やかしは大敵。子供が我を通そうと泣きじゃくることがあっても、それが甘やかしになってしまうなら親が折れないことが大切です。


・できないとすぐやめさせる
子供がやろうと試みているのに、ちょっとできないだけで「この子には向いていない」とすぐに辞めさせてしまう親は、「できなかったことができた」達成感を子供から取り上げているようなものです。


・親子の間に上下関係をつくる
これは親のエゴ以外の何ものでもありません。「自分がいなければ子供は生きていけない」という子育ての満足感を満たそうとすればするほど、子供は親に「否定されないため」「認められるため」に行動するようになり、行動本来の目的がわからなくなってしまいます。


・「道」そのものを親が決める
親の役目は、子供が彼ら自身の「道」を歩み、そこから外れないように支援することであり、親が「道」そのものを決めてしまうのは間違いです。

(引用終)

私の周囲に、「あのおばさんみたいになったらダメだよ」と子どもに言い聞かせ、お祝いを贈っても睨み付けてきたり、キックまでしてくる場合がある。親もただニヤニヤと、おもしろそうに笑っているだけである。
注意すると、「子どもに押しつけはいけない。伸び伸びさせた方が、将来伸びる」と言う。
お葬式に普段着を着せてくる。「もうそろそろ、喪服の準備をしたら?」と言うと、「すぐに大きくなるから、いらない」と、親の方が言い返してくる。
しかし、お葬式など毎日あるものでもない。一人につき一回きりだからこそ、小さい時にきちんと正装することが記憶に残って、将来に生きてくるのではないか?
私など、いとこの一人が生後二日で亡くなった時や、高校二年の時の母方の祖父のお葬式のことを、今でもしっかりと覚えている。

何だか根本的な勘違いのような気がしてならない。

また、子どもにほとんどお小遣いを与えないのは当然のこととして、親戚からのお年玉まで取り上げている事例がある。「結婚時に渡すから」とのことだったが、結婚相手が気に要らないからとか何とか、結局は全額取り上げたままである。
それどころか、子どもが職についてからも、給与を勝手に管理して貯金通帳を取り上げた挙げ句、子の配偶者が盗んだと触れ回っているのも知っている。
なぜ、お金にこだわるかと言えば、お金があれば自由選択で行動範囲が広がるので、それを阻止して、いつまでも自分の管轄下に置きたいからなのだろう。つまり、自分が古稀を過ぎても、その子どもが支配下にあることを望んでいるという精神構造なのである。
結局のところ、親に向かない人が、無理矢理子どもを産んで、世の中に迷惑をまき散らしている場合が、ないわけでもない。