ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

国および人の「近代化」とは?

4月の米国東海岸滞在の二週間と、その後の東北地方旅行の五日間を通して、一見無関係なことを書き連ねているように見えながらも(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140508)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140509)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140510)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140511)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140512)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140513)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140514)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140515)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140516)、その根底でずっと考え続けているのが、「近代化の問題」と「日本の近代化達成の程度」だ。
ニューヨークでお招きにあずかった「友達」にも、後ほど簡単に報告することになっている。
真面目に考えると、容易ではないテーマだ。
今更何を、古くさいと思われるだろうか。もちろん、学生時代には、文学を通して考え続けてきたし、二十代の頃、論文などで相当読んできた。だから今は、既に脱近代化の先の時代について考える時代に突入しているはずなのだ。
だが、果たして、それでよいのだろうか。グローバル化現象が今後も止められないとすれば、その交錯した混沌状態に、今一度、整理をつける自己作業が必要ではないだろうか。

最近の朝日新聞で、どなたか偉い方が、近代化に達した国の数と、脱近代化を超えた国の数を具体的に並べていた。後者は、どういう数え方をしたのか、「54」と出ていたと記憶する。定義もなく、国名もデータも出ていなかったので、非常に怪しげな論だと思ったが、私の言いたいのは、(1)日本だって本当の「近代化」に至っていない部分があるのではないか、(2)むしろ、「先進七ヶ国」という概念の仲間入りに胡座をかき過ぎて、先達の貯金を食い尽くしてきたのではないか、(3)もし今でも考察に値するテーマであるとするならば、その比較基準と考察の動機および理由をどこに求めるべきなのか、ということを明確にしなければならない、ということだ。
後でもっと詳述することになろうかと思うが、東北では、宮澤賢治新渡戸稲造(花巻)、野口英世会津若松)、そして和算や『言海』編纂(一関)を事例にとって考える。
そして、アメリカに関しては、欧州が陥ってしまっている隘路に対する一部のアンチテーゼとして、マルクス主義の執拗な思想的影響と(ムスリム)移民の問題、多文化主義のいかがわしさと混乱、世界秩序の問題などがポイントとなろう。ひいては、リサーチ上の資料の扱いを巡って、英国人に対する現代アメリカ人の自己意識(格下位相)にも触れる。また、マレーシアを研究舞台として足を踏み入れている限り、「郷に入っては郷に従え」なのだが、久しぶりに同じマレーシア出身者と今度は新たに米国文脈で会うと、いわゆる中国およびムスリム文化の影響が強い国の前近代性の問題と、我彼の相違感覚にも遭遇することになると理解した。発展的には、特に中国の近代化の失敗の問題および海外華人の態度傾向を考察することになろう。参考事例として、その前に訪れた鹿児島(薩摩藩)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140209)の歩みと現在の意気揚々とした活気の源泉を想起することになるだろう。
この諸相を肯定的に見るべきか、対立と紛争の火種と見るべきかは、難しいところである。それを超える根源として、キリスト教では「福音」が存するのだが、果たして、「福音」は本当に、国境を超え、民族を超え、社会階層を超え、人と人とを結びつける社会改良の役割を果たすに充分機能していると言えるだろうか?一部の共同体や地域や個人を劇的に変えていく力を有していることは、歴史が示す通りであるが、現状では、残念ながら、壁を越えるに至ったとは言い難い。
例えば、アジア諸国キリスト者同士が仲良く交流するための場を設ける試みは、評価されるべきなのであろうが、その効果は限定的であろうというのが私の観察である。というのは、キリスト教の受容史と需要層に関して、それぞれの国で事情が異なっているからである。例えば、日本のキリスト教受容は、キリシタン大名が出現した時代から明治時代にかけて、社会のいわば上層部からのものであった。ところが、他のアジア諸国では、一部の個人例を除き、そうではない。移民系か先住民族、あるいは、抑圧疎外された層の間で、現状を転換する触媒の仮託ないしは希求として広まるのが、一般的である。しかし、特に華人や韓国人のクリスチャンの中には、その事実そのものを感情的に受け入れたがらない傾向が見られる。事実は事実として、直視するところから始まるのに、まずは感情ブロックを露骨に示す。ある場合は、自分達は文明国人であると日本のキリスト教系の学会発表で公言さえする。日本では、それは明治時代の話である。これでは、同時代に生きていても、その時間軸が大幅に異なっており、対等の土俵で、日本人キリスト者との知的および霊性の真剣な交流は望むべくもない。
もっと踏み込んで言えば、日本で実践された「近代化促進のための福音」が、それ以外の国々では、個人レベルを除いて具現化未然ということなのだ。だからこそ、今でもなお、西洋宣教師達に躙り寄ったり、ゴマを擦ったり、ことさらにクリスチャン・コネクションを経由して海外飛躍や社会上昇を試みたりする。日本では、その時代はとっくに終了しているどころか、宣教師に対する真剣な批判的研究さえ少なからず存在する。しかしながら、植民地支配の戦略地点として位置づけられていたシンガポール辺りでは、「日本人はプライドが高過ぎて、福音を受け入れたがらない」という曲解が一部で堂々とまかり通っているらしいのだ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080813)。あるいは、「日本でキリスト教に改宗する人達は、日本社会の現状に満足できない、差別された部落民だ」という、日本社会の大局面から見れば根本的な誤解が、マレーシアのキリスト教の高位代表者から平気で口にされたりもする(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091112)。
また、ムスリム諸国が日露戦争で勝利した日本を、いわば一つの兄貴分として一目置いているらしいことは広く知られているが、日本軍の東南アジア支配がムスリムの宗教復興意識にどれほどの覚醒を刺激したかという問題については、今回、資料集めの目的で訪問したイェールで知り合った元日本宣教師(長老派)から、「日本の影響ではなく、恐らくはガンジーの方だろう」という示唆を受けた点を、もう少し考察してみたい。

一つ、今回の米国滞在で気になった経験がある。現地(マレーシア)では、リサーチ上、車を出してもらったり、人を紹介していただいたりして、確かにお世話になり、その点では感謝しているものの、その接触経験が友情や親しい人間関係へと結びつくのか、ということである。
例えば、私の知る例では、生前は自分の係累がどのような社会的地位を占めていたか、職業で説明してくれた人がいた。無論私は、そのまま信用していた。ところが、その人の病死後、息子さんとお嫁さんに会って話を聞くと、事実とは異なるらしいことが判明した。それは、社会的には、かなり重要な相違なのである。つい、見栄が出てしまったのであろうか、殊更に嘘をつくつもりはなかったであろうが、結局は、その一件で、むざむざと築き上げてきたものが崩れる思いがした。
今回のアメリカ文脈で偶然にも再会することになった華人のマレーシア出身者は、確かに親切ではある。出身地にいた頃から、広く立派な自宅を開放して、宣教師や研究者を泊めたり、手作りの食事を振る舞ったりして、一つの大切な役目を果たしてきた。お世話する傍ら、自分の拠って立つ社会や国を、心理的な距離を置いて批判的に説明しつつ、海外からの生きた情報に触れることで社会上昇および精神的向上を図りたいような節が見られた。食事の場に子ども達を同席させることがあったのは、教育面での利便を考えてのことであろう。その点は、マレーシア文脈では重要であり、否定されるべきものでは全くない。
しかしながら、今回、残念にも違和感を覚えたというのか、これまで気づかなかった一種の実体が判明した。(恐らくは、相手方にとっても逆の意味で同じであろうが)これほどまでに英語で話し、海外との人的接触を持ちながらも、前近代的なお節介というのか、介入、つまりプライバシーの線引きが全くできていないという経験に出くわしたのである。これは、文化の相違と割り切るには、ちょっと深刻な経験だと私は理解している。
例えば、今回の米国一人旅に際して、私が最も頼りにしたのは、もちろん在住経験のある主人である。私の生活態度や性質を知っており、表に出にくいリサーチのゴチャゴチャにも触れている。だからこそ、宿泊地についても、かかる費用についても、遭遇するであろう出来事を予想の上、あえてこうすると決めたことが多かった。ハートフォードとイェールでは、資料閲覧のために、図書館利用の許可手続きをどのように公的に踏むべきかが重要であって、その他一切は、全く自分で何事もするつもりだった。自分の取る行動は、前後の責任も含めて一切合切、自分持ち。その結果、私としては特に何も困らなかったのだ。
ところが、日本出発の一時間前になって、「そのホテルは変えろ。こっちにしろ」と、わざわざ二つの名前を挙げてメールを寄こしてきたのが当のマレーシア華人。それこそ、余計なお世話もお世話である。
図書館利用の手続き上、その人の所属する組織の上司が、たまたま日本(最初は私の故郷名古屋)で13年間活動された長老派の元宣教師だったために、また、私の研究テーマが部下の出身国たるマレーシアだったために、私の調査目的に関する理解は、非常にスムーズに運んだ。その宣教師だった方のお陰で、ほぼフリーパス同然の図書館利用が許可されたのだった。そのことは、橋渡しのご厚意として本当に感謝している。また、「滞在中、何か困ったことがあれば、いつでも私のオフィスに寄りなさい」とも、その上司の元宣教師はおっしゃってくださった。一つには、日本での経験あってのことであろうし、社交辞令として当然のご挨拶であったことは、言うまでもない。それに加えて、その宣教師だった方が今、編集長として発行している研究ジャーナルを、私は9.11前からずっと購読していた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071020)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080407)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080522)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080712)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20081025)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121028)。つまり、購読者だからこその恩恵を受けることにもなった。それだからこそ、私も休息をしっかり取って、万が一体調を崩してご迷惑になることのないように注意すべく、ホテルは主人の言に従って決めたのだった。もちろん、支払いは私持ちである。一体全体、なぜ、9.11前からの知り合いだからというので、宿泊地までマレーシア華人から指図されなければならないのだろうか?
メールを改めて調べてみたが、私は一切、その人に宿泊地のお願いなどしていない。ただ、最初から向こうが「図書館利用の件は問題ない。むしろ、どこに泊まるかの方が問題だ」と持ちかけてきて、「自分なら、ここまで宿泊料金を下げることができる」などと言い出したのだ。参考までに幾らなのか聞いてみて、丁重にお断りした。安過ぎたからである。非西洋化した現代のキリスト教において、昨今のキリスト教宣教師は、アジア・アフリカ系を予測していたので、「宣教師達も利用している」と言われても、所詮、一介のリサーチャーに過ぎない私としては、ご遠慮申し上げたかった。
そこでどういう話の運びになったか、と言えば、上記のごとく「ホテルに泊まりたいならば、こっちにしろ」と、今度はいきなり四つ星ホテルを指定してきた。一体、ただでさえ直前まで忙しかったのに、何という邪魔なのだ。泊まるのは私であり、支払うのも私である。しかも、せいぜい最長、三泊四日だけの利用だ。なぜ、それほどこちらの懐具合を揺さぶろうとするのだろうか。
日本では、お金のことを口に出すのは、武士道精神からも「はしたない」。東南アジアでは、騙されず、賢く駆け引きをするために、「それ、いくら?」と尋ねた方が、むしろ馬鹿にされないらしい習慣がある。しかし、今回の場はアメリカなのだ。「郷に入っては郷に従え」ならば、いくら知り合いでも、どこに泊まるかも、女性一人に対しては、送り迎え以外は尋ねないぐらいの配慮が必要である。大学から多少離れていたって、ちゃんと巡回バスも用意されており、タクシー代だって、時間だって、たかがしれている。むしろ、程よい距離で、必要な移動時間でもある。本当に値切らなければならないほどお金に困っているとしたら、何もわざわざイェールまで見栄を張って行く必要はない。日本国内でできる範囲に留めておくか、もはやリサーチ終了の時期だ。最初から、すべて計算済みで行動しているのだ。
「できません。もう予約済みです」と短く返信して、連絡は保留にしておいた。恐らくは、そのことが相当にメンツを傷つけたのではないかと想像される。しかし、そのメンツの出発点は、私がふっかけたのではなく、先方からのものである。いわば、自業自得だ。
当日、直接上司のオフィスに向かったが、実のところ、紹介状には、私が最初から一切伝えてもいず、意図もしていなかった長い滞在日数(9日間!)が予定されていることになっていた。上司から手紙をいただいた時、少し驚いたのだが、これからお世話になる初対面の方の部下との人間関係を複雑にしたくないと思い、ずっと黙っていた。
だから、中国人(華人)とのやり取りでは、客観的事実をよそに、いつの間にか、よろず数が勝手に倍加されていくので要注意、ということなのである。日本での長い滞在経験と日本語能力と、三人のお子さんを皆、日本の学校で教育させたという実績を信頼して、その上司の方に少し尋ねてみた。「中国人や東南アジアの人々が、日本人に対して複雑な気持ちを抱いていることは承知しています。私は、古代中国からの高文明について、日本が受けた恩恵に感謝していますし、戦時中の日本軍の華人虐殺行為については、申し訳なく思っています。でも、文学を比較検討してみると、中国文化と日本文化とでは、ロジックが根本的に異なるのです。これは、差別じゃありません。私は、自分達の文化を守りたいだけなんです。どう思われますか」「マレーシアでは、クリスチャンだと公言する人々が、私のリサーチの手伝いをすると言っては、少しずつ嘘をつくんです。後で一つずつ確認するのが、結構大変です。気持ちはわかります。日本人に自分達のことを簡単に調べられたくないって。でも、アウトサイダーの外国人だからこそ言えること、できることってあるじゃないですか。そのためにやっているのに、資料を隠したり、出し惜しみしたり、たらい回しにしたりするんですよ。そんなことをやっているから、研究がどんどん遅れていくのに…」と言うと、「相手を理解する必要はある。しかし、同じように行動する必要はない」と、西洋式の明快な返答だった。
そこから派生して考えるに、私のこの小さな不愉快な経験を、どのように捉えるべきだろうか。
案の定、実際に会った時にも、まだ同じ話が続きそうだったので、あえて日本式を踏み倒して、私はわざわざはっきりと明言した。「うちの主人が私のために予約してくれたんです。だって、主人はボストンに二年間留学していて、その後の二年間をニュージャージーで働いていたんですから」と。それでも、どこか不服そうな、納得しきっていないような表情だった。そして、ついに尋ねられたのである。「ちょっと聞いてもいいかい?リサーチや研究にはお金がかかる。一体全体、どこからお金を得ているのか?お金のやり繰りは、アメリカで大変ではないか?」
は?何をおっしゃいますことやら。いくらポンコツとはいえ、夫は毎日勤勉に働いて、きちんと定期収入があります。「お金はあるのか?」なんて、まずは夫と夫の勤務先に失礼です。「僕、そんな侘しい生活をさせているかなぁ?」たとえ大根の煮付けを食べていようとも、家族の暮らしが清潔で、誰からも指さされることのない健全家計を営んでいれば、何ら人様に対して恥じることはないと綴った羽仁もと子氏の随筆について話した時(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071016)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071114)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071219)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20081115)、思わず主人が漏らした言葉である。
大根の煮付けを食べなくなって久しいが、それは家計が潤ったからではなく、単に私の不精からである。しかも、実際にニューイングランドで宿泊したホテルは、ホテルというよりコテージ風の石造りの一軒家が連なった形式で、むしろ料金よりも、大学から程よく離れた静かな雰囲気が気に入っていたのだった。「そこ辺りだったら、落ち着いて資料整理や予定の組み直しができそうだからさ」と選んでくれた主人に感謝しつつ、雨の中を到着直後から満足していた私だったので、上記の問いに颯爽と答えた。
「はい、私はマレーシアの政府プロジェクトで働いていた時、日本の派遣組織とマラヤ大学からの両方の給与をいただいていました。マレーシアの銀行にも、まだ今も貯金があるのです。マレーシアでのリサーチの時には、その貯金を使います。そして同じ頃、アメリカにいた主人は、日本企業からの在外手当と日本国内での勤務給与の両方の蓄えがあります。今も、毎月の給与から計画的に貯金をしています。だから、お互いにそれで、アメリカでのリサーチ費用も生活費も、自力で全部やっているのです」。
思わず失笑という感じでふと冷笑されてしまったのを、私は感じた。マレーシア華人の経済力は、それほど我々を上回っているのか?一体全体、マレーの土地に流入して、いつの間にか期限を越えて長らく住み込み、家族を増やし続け、素朴なマレー人を御しやすく騙しやすいと見下げ、法外に吹っ掛けてお金を貯め込み、「自分達は差別されている、正義がない」と堂々と抜かしているのは、誰なのだ?所詮、興味のない分野なので、私にとってはどうでもいい話だ。
不足を言ったら切りがない。しかし、一応は、国民の経済生活に一定の安定した信頼保証を与え、同じく自由な経済活動を確保してくれている現代日本を、どのように理解しているのだろうかと、むしろそちらの方が気になった。また、だからこそ、自分の国をさっさと見限って住み込み続けるアジア系やムスリム系移民の質と層の変化に我慢ならなくなった米国の保守層が、異議申し立てを政治的に展開している現状があるのだ。欧州などは、もっと明確だ。極右、右翼などと侮るなかれ。「欧米並みに」政策的に下手をしたら、日本にも近々迫ってくる喫緊の課題なのだ。「給料いくら?」「あなたお金あるの?」などと、流暢な日本語が飛び交う、変容した品のよろしくない日本社会が繰り広げられる可能性もあるのだ。私が、長々と自己の経験を基にブログを書き続け、広く一般に働きかけ、訴えようとしている理由は、まさにそこにある。本当に、重要な緊急事態なのだ。
「では、こちらからもお聞きしますが、あとどのぐらい、アメリカに住み続ける予定なのですか?」この質問は、誰にとっても差し障りない当面の問いだろう。実は、奥さんの方に尋ねてみたところ、「子ども達が同居してくれているから、まだ何とかなっているけど、夫婦だけだったら、ここアメリカの生活はきつい…」と正直だった。一方、ご主人の方は、「これから数年は住む」と、固い決心を語った。さらに、奥さんと子ども達に、「どうしてアメリカに来ることになったんですか?」と尋ねると、皆一様に笑い出した。どうやら、ご主人がマレーシアでの仕事に「飽きて」きてしまい、一年のサバティカルのつもりで、どこかで見つけた今の仕事(キリスト教組織のIT担当で、勤務時間は9時から5時まで)に応募し、無事、職を得たので、一人の社会人の子どもを別として、皆で引っ越してきたのだという。子どもさん二人は、近くの大学か学校で勉強しているらしい。
恐らく、同種の仕事の場合、イスラエルアメリカの気の利いた組織なら、わざわざ家族ぐるみで引っ越しなどしなくても、自国に滞在したまま業務がこなせる方式を採用するに違いない。相互の経費節約にもつながる。そこが、背伸びをして「アメリカ、アメリカ」と言いたがる途上国の人々と、自国にいて満足している先進国の人々の意識の相違だ。
私は実のところ、奥さんの素直な言葉の方に軍配を上げる。フェイスブック上の楽しそうな写真を意味ありげに披露している表向きの様子とは違って、内心ではいろいろと苦労しているんだろう、と思う。(ご主人の方が再び、「フェイスブックに写真も載せないしさ!」と、あたかも私が何か悪いことでもしているかのように言ったことから察したまでである。余談だが、フェイスブックの使い方は、アメリカやイスラエルの知識階層の場合、明白に意図的戦略的である。写真も、これ見よがしではなく、実はかなり選択して掲載している。しかも、相当の人気フェイスブックの持ち主が、なぜか私には「フェイスブックは好きじゃない」と告白までしたのだ!ついでながら、私に関しては、写真がどのように解釈され、悪意的に流用されるかわからないので、一切出さないことに決めている。「秘すれば花」とも言う。意識の持ち方と文化の相違である。)
誰でも、子ども時代になじんだ空気、食べ物の味、風景などに愛着を持つのが普通だ。そこを依り所にするからこそ、成長するにつれて、精神および行動の飛躍が可能となる。つまり、根っこを大事にするからこそ、翼を大きく広げていけるということだ。古来、己の国土を有し、長らく独自の文化を育み、独立国家としての自立性を保ち続けてきた日本人は、すべからく自分の民族と国に責任を果たし続けるべきなのだ。日本人だけではない。国を簡単に出て行くよりも、しっかりと踏みとどまって、国の発展に尽くすべきなのが、特に開発途上国と呼ばれた地域である。マレーシアだって、もちろん同じである。
国際結婚が問題を孕みやすいのは、国籍はともかくとして、その家族全体の内面の思考と行動原理において、どちらに文化的忠誠を誓っているのかという点で、本人に曖昧さを、周辺に混沌とした一種の「いかがわしさ」を与えるからなのだ。しかも、華僑の子孫たる華人、そして昨今の韓国人と中国人が競うようにして国を出て、誇らし気にアメリカ生活を謳歌している様子を見せびらかすのは、そもそも出身国に問題があるからなのだ。そこそこ満足して自国に長年暮らしている私のような日本人には、所詮、馬耳東風というのか、次元が最初から異なる。そこを、所持金について失礼にも尋ねてきたマレーシア華人の知り合いは、果たしてどのように考えているのだろうか。
だから、依り所は家族とお金だけ、ということになる。相手の日本人が、全く違う価値観で問題なく暮らしているということの意味が、理解できていないか、理解しようともしないか、あるいは、その日本人を動揺させたいほどのイライラ感があるということなのかもしれない。
アメリカ滞在中に読んでいたのが福沢諭吉の『学問のすゝめ』で(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20131230)、東北旅行の間に読んでいたのが『文明論之概略』(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140425)。そして、帰国後の合間に手当たり次第、乱読しているのが、小笠原流礼法(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140425)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140502)とドナルド・キーン氏の日本論(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140507)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140509)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140513)。旅によって刺激を与えられ、本を読むことによって、自分のアイデンティティについて、再確認と再考を促されている。