ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

いつかは必ずできる

昨日、某試験を受けに大阪市内の某所へ。2007年の秋にも書いたように(参照:2007年11月12日付「ユーリの部屋」)、ほとんど趣味化していて、合格したから今更どうこう、というものでもありません。ただ、日本国内のその分野では最難関だとのことで、この歳になっても、履歴書に書くには恥ずかしくはないもののようです。
前回の結果は、送られてきた分析によると、あともう一歩というところでした。なんやかんやで準備不足のまま受けていて、少額ならぬ受験料を主催者に貢いでいることになります。でも、続けていれば自分なりの進捗状況が明らかになり、若い頃よりはむしろ向上していることが確かなので、ここまで来たらやめるわけにはいきません。
その後は日程が合わなかったこともあって、しばらく数年のブランク。
今回は久しぶりに、初めて訪れる新たな場所が試験会場。ちょっと道に迷い、不動産屋さんやたこ焼きを作っていたお兄さん達に尋ねながら、一生懸命に歩きました。もちろん、間に合いましたよ。振り返ってみれば、学生時代からいろんな試験を受け、さまざまな会場校のお世話になってきたなぁと懐かしく思い出しました。
ところで、この試験、問題が回収されるのが私には不満。手応えがどうであれ、復習しようと思っても、全部記憶できるわけがありませんから、放置状態となってしまいます。以前もアンケートにその旨、要望を出しましたが、変化なしですね...。
インターネットで調べると、いかにもという立派な背景の方が合格しているのはもちろんのこと、それ以外にも、いろんな方がものすごく頑張っていらっしゃることがわかり、刺激になりました。要するに、私の場合、準備と戦略が足りなさそうだ、と。
ついでに、今朝は古いファイルと押入れに積み上げてあった古い備忘録13冊分を取り出し、学生時代から受けてきた各種試験の一覧表を作ってみました。受験した頃の精神状態なども思い出され、悲喜こもごも。全体の合格率や受験者数を客観的に調べてみれば、それほど落ち込むこともなかったのに、何やら、世の中全体が敵に回って蔑んでいるかのように感じていた時期もあり、馬鹿みたい、とも。それに、確かに受験していたはずが、すっかりそのことを忘れていた試験もありました。
学部が国文学科だったことを思えば、我ながらよく頑張っているとは言えるかもしれません。ただ、社会人になれば、出身校や専攻はあまり関係がなく、努力次第で、どこまでも伸びていけるのだということがわかったのも、この種の試験のおかげです。
全体として、自分の記憶とはアテにならないもので、その場の主観で判断していることもたくさんあります。備忘録に残された古いメモ記録を見直しているうちに、今の自分がこうであるのも、客観的に見てなるほど、と。決して悪いことばかりではありません。状況の力学や風向きというものがあり、それに応じた自分の心理や感情も巻き込んでのことですから。
今日の結論。今後一切、ネガティヴな考えは無視。正直にデータを取り、真正面から客観的に見つめて、対策を練り、少しずつ早めに準備すること。いつかは必ずできると信じて...。