ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

今後の計画その他もろもろ

「だいたい、ユーリはつまらん人の言うことに振り回され過ぎているんだよ。国内でわかっている人は、実は少ない。わかっていてもやりにくいから、要領よく大学に職を得たい人は、手をつけようとしない。それだけのことだ。だから、わけのわからない人のことなんか放っておいて、もっといい場所で、わかる人のいるところでやれって前から言っていただろう?マレーシア研究会なんて、大したことない、いい加減なところだって、もうずっと何年も前から言っていたじゃないか。力が思うように発揮できていないから、不満が残ってイライラしているんだよ」
昨晩は、他の用件も兼ねて、主人とまた外食に出かけました。そこで、いささか繰り返しの説教をされてしまいました。
「日本が遅れているから、もう日本語で論文書きたくないだって?他の人が聞いたら、『は、あれ何ゆうとるんや』ってことにならへんか?」(←普段は標準アクセントに近くても、こういう話になると、突然大阪弁になるのです、うちの主人。)
「日本が遅れてることなんか、理系の世界では昔からわかりきったことだ。だから、優秀な人は誰でもアメリカに留学する。だけど、だからって日本から出て行くわけにはいかないだろう?わかっていない人が多いなら、教えてあげなきゃいけないじゃないか。大学の先生達だって、知らなくても、何か一言言わなきゃいけないと思っていい加減なこと言っただけだわさ。そんな大したことないヤツ、まともに相手にするな」
「僕は一流じゃないし、今はこんな体になってしまって落ちぶれているけど、若い頃は、それでも世界の最先端の機関で仕事している人々を間近に見させてもらえたんだよ。この僕がそう言っているのに、なんでわからないかなあ」
「ユーリは、何だかんだ言っても、ちゃんと時代についていっているよ。ブログで毎日、文章書き続けて公表しているなんて。アクセスもないわけじゃない。それだけアイデアをたくさん持っているということだし、文章を書くことが好きだし、家事以外は、うちでいつも勉強もしている。ただ、論文を書いていないから、不当な扱いを受けて悔しがっているだけだ。ユーリには迷いがある、それが最大の問題。迷いを断ち切れ、そうしたら、それなりに伸びていくはずだ。今からでもだ」
「かえって、みんなうらやましがっとるわ。そんなに毎年、発表することがあるなんて。職に就いたら、嫌でも上役から言われて、つまらんものでも書かなければならない。だから、剽窃とか変な論文があちこちに出て、その一部は新聞沙汰になっているだろう?世間の人は、誰も大学の先生だからって単純に尊敬なんかしていないよ。もう少し、人を信用しなきゃ、失礼だろう?見分ける目ぐらい、皆、持っているよ。ユーリは本ばかり読んでいるから、わかっているくせに、一方で、子どもっぽくて世間知らずなんだよな。器が小さい!もっと堂々としていないと...」
「とにかく、それだけ資料を集めて、主張したいものやアイデアもいろいろ持っているなら、きちんと整理して、日本語でも英語でも、ちゃんと発表すること。小さなサークルじゃだめだ。同志社キリスト教ジャーナルも、多分、部数少ないんだろう?聖書やキリスト教のことは、短期間で勉強して論文化できる人が本当に優秀だとは限らないよ。ごちゃごちゃ言っていないで、これからでもマイペースでやりなさい!」

...というのが、私の内実です。ブログなんですから、きれいごとだけ書いていても、あまり意味がないので、思い切って心情吐露といきました。

考えてみれば、人生はあと半分しか残っていないので、これからは遠慮せずに、もっとはっきりと自己表現していきましょう。言いたいことも言えずに亡くなっていった方々の無念さが、12月8日の開戦日が巡ってくるにつけ、しみじみ思い出されます。であればこそ、なおさら、務めを果たさなければなりません。