ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

イスラエルの話をもう少し…

新しいパスポートができました。以前のものに比べて、顔写真の部分が平板な写りになってしまっています。10年前に作ったパスポートでは、現物よりも陰影がくっきり出るような作りになっていたのですが、今回は、せっかくの化粧(?)が薄くなって、なんだかモンタージュ写真か能面のような人工的な構成になっています。冗談で「美人ママ、美人ママ」と主人に見せびらかしていた古いパスポートも、これからは身を守ってくれた懐かしい思い出としてしまわれることになるのですね。車の免許証がないので、身分証としては常にパスポートを提示していたのですが、この写真じゃあちょっとねぇ、何だか自分じゃないみたいなんですよ。2006年3月20日から採用されたIC旅券として、チップまで埋め込まれているし…。当局としては、ハイテク日本の技術を誇っているようなのですが…。

1990年代半ば頃、愛知県立図書館を利用しようとして「身分証の提示」と言われ、パスポートを見せたら、係のおじさんから「なに、パスポート?あんた外国人?」と真剣に問いただされたのには唖然としました。日本国民だから、日本国パスポートを出しているのに…。

この話をすると誰でも「きっとマレーシア人だと思われたんじゃない?」と笑うのですが、そういう問題じゃないってば!ちなみに、マレーシア華人に言わせると、私は「絶対に日本人にしか見えない」のだそうです。良い意味なのか悪い意味なのかわかりませんが、どちらであったとしても、アイデンティティだけははっきりしていないと、本当の意味において、国内外で、意味をなす存在にはなり得ないと思うのです。

ところで、おとといの「ユーリの部屋」では、イスラエルの話を少し書きました。五嶋みどりさんのCDライナーノートから一部引用させていただきましたが、実は、もっと詳細な記述が、ソロモン・ヴォルコフ(編)/水野忠夫(訳)『ショスタコーヴィチの証言』(中公文庫)という本にあるらしいことが、パソコン検索でわかりました。早速、近所の図書館で予約しておきましょう。大阪府立図書館から巡回で貸出ししてくださるシステムを利用して…。

ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲といえば、若手ヴァイオリニストの庄司紗矢香さんが、19歳の時にNHK交響楽団と共演/競演(?)して、大変話題になりましたね。N響専属ヴァイオリニストの根津昭義先生は、何年も前から、私の初歩的な質問やコメントに対して、いつも丁寧にお答えくださっているのですが、その根津先生のホームページから、当時の印象を引用させていただきます

(http://www.nezu.ms/tubuyaki.20.09html)。

[2002年9月18日]


「今日はB定期の本番でした。今回の定期の一番の収穫は庄司さんでしょう。日本人の若い演奏家の中でもぴか一の存在だと思いました。この長大なカデンツァをもつコンチェルトの一番のポイントのカデンツァをすごい集中力で弾き切り、聴衆まで引き込んだこの演奏は聞き物です。速い楽章などデュトワ先生の割と大きめな指揮振りにも影響されず、マイペースを崩さず弾き切ったのは見事でした。(これはソリストに余裕があるから出来ることで、精一杯弾いているような人だったらこのようにはなりません。)若さのエネルギーに圧倒されました。終わった時の顔を見るともう1回でも弾けそうな余裕を感じました。このところ若いソリストが続けて登場していますが、今日の庄司さんの演奏を聴くと日本人の若い演奏家にもっと注目して欲しいです。パフォーマンスばかりの目立つ生煮えの演奏に付き合わされると、何も言うことがありません。」

[2002年9月19日]


「今日はB定期2日目でした。今日も庄司さんの演奏は素晴らしかったです。休憩時間にも楽屋では日本人にもこんな演奏をする人が出てきたのだという話で持ち切りでした。今日はアンコールを弾かれました。弾き出した時には聴いたことのない曲で、一体なんという曲なのだろうとステージの上でお互いに話し合っていました。ジョルジョ・フェラーリという人の12のキャプリースより第7番だとのことでした。ショスタコーヴィッチを弾いた後にニコニコしながら余裕で弾いている感じで、ずーっとこのままでいて欲しい存在です。」

(引用終)

この時の演奏は、これまで2回ほどNHK教育テレビN響アワー」で放映されたのですが、そのうち1回分だけは録画保存してあります(2005年10月9日「世界を舞台に活躍する日本人演奏家」)。疲れた時などに、元気づけのために繰り返し見てきたのですが、説得力のある音色で、迫力満点のすばらしい演奏です。直後に、指揮者デュトワ氏のキスを受けている時の愛らしい表情もよかったですね。

その翌日、[庄司紗矢香掲示](http://6627.teacup.com/gviolinist/bbs)に「ユーリ」の名で小さな感想を書きましたので、ここに再引用させていただきます。

「《N響アワー》投稿者:ユーリ 投稿日:10月10日


本当にそうですね。全楽章、放映していただきたかったです。確か2002年のN響アワーでは、2楽章を流していたような記憶があるのですが。ヴァイオリンを高々と持ち上げるポーズが記憶に残っているので…。今回はちゃっかりビデオに録画しましたよ。何度も巻き戻して見てしまいました。4楽章の終盤近くで、決然とした表情を見せ「いくわよ!」という構えを示したところがよかったです。笑顔がかわいいチャーミングな方ですが、しっかりとした芯の強さとキリっとした勢いがありますね。それでも、奇をてらったりしないオーソドックスな奏法が、お化粧の薄さやシンプルな髪型などと共に、彼女の魅力なのでしょう。内面に自信のある人ほど外見は質素ですから。しかし、どうしたら彼女のような才能が育つのでしょう?環境なのか、素質なのか、天与の賜物なのか…??」

関西弁でいうところの「しょうもない」ことしか書いていませんが、昔、音楽雑誌で評論家の文章を読む以外に方法がなかった時代よりは、音楽界全体の裾野の広がりの一端を表明していると自負しています!!

音楽雑誌といえば、5歳から大学院1年まで通った名古屋音楽学校のロビーで、音楽之友社が出版している『音楽の友』という月刊誌をいつも読んでいたものですが、今は上述の近所の図書館で、毎月目を通して、必要な箇所だけコピーするようにしています。昨日、パスポート受け取りの前に立ち寄って、バックナンバーを見ていたら、庄司紗矢香さんのCD初デビューを後押しした(Paganini: Violin Concerto No.1, Sayaka Shoji/Zubin Mehta/The Israel Philharmonic Orchestra, Deutsche Grammophon, Tel Aviv, July 2000)インド出身の指揮者ズビン・メータ氏の電話インタビュー記事に、次のような興味深い箇所があるのを発見しました。

「――中東戦争では軍の慰問をなさっていますね。   M: すべての戦争でイスラエル軍のために演奏しました。湾岸戦争(1991年)ではイスラエル中が夜は明かりをつけられないので、コンサートは午前中にやりました。去年夏のレバノン侵攻中にハイファ(北部の町)でコンサートの前に爆発があったけれど、キャンセルはなし、観客は誰も去りませんでした。」


(『音楽の友』2007年3月号 p.20)

私の中では、「イスラエルユダヤ人−ショスタコーヴィチ庄司紗矢香さん−ズビン・メータ氏−イスラエル」と発想が循環しているのですが、ここでもう一度、先の掲示板に書いた拙文を再引用させていただきます。

「《3月21日の深夜便は…》投稿者:ユーリ 投稿日:2007年3月22日


ブロン氏のインタビューを何年か前にテレビで見たことがありますが、「日本人の演奏家は、他の国の演奏家と何か違いますか。庄司紗矢香さんについては、いかがですか」という質問に対して、「演奏家に国の違いはない。すばらしい演奏家は国籍と関係ない」と述べた後、「サヤカはたくさんのアイデアを持っている」とコメントされていたのを覚えています。


今日の十分間のお話は、もう放送済みなので、ここに公開してもいいですよね。


・演奏会でいろいろな国に行けて幸せです。聴衆は国によって違うかとよく聞かれますが、基本的にそれはないです。感じるものは人それぞれですが。ただ、表現の仕方や習慣や伝統は違います。日本のお客さんは、割と静かだと言われますが、終わった時の反応は、どちらかというとヨーロッパに近いです。フランスとイタリアはにぎやかです。ドイツは場所によっては板張りのホールがあり、足を踏み鳴らしてゴーッという反応を示すこともあります。立ち上がって拍手されると、喜びや励ましを感じます。


・しかし、イスラエルは違います。ズービン・メータ氏に紹介していただいたおかげで、イスラエル・フィルハーモニックとは何度もご一緒させていただいています。テルアビブに大ホールがあるんですが、そこに流れる張りつめた空気には、ただならぬものを感じます。


イスラエルでは、ああいった民族の争いが絶えない中で、人々は毎日毎日を大切に生きて、明日何が起こるかわからない緊張感があります。音楽を聴ける喜び、演奏会に来られる幸運を感じていらっしゃるんじゃないかしら、と思うんですけれど。


・私達は平和で何も困らない。音楽会は東京ではあり過ぎるぐらいあります。どうして皆さん、音楽会に来てくださるんだろう、一日一回の演奏会が重要な役割を持っているということを考えて、重い責任を私が持っているんだなあ、と感じます。


・ロシアにはよく行きますけれど、小さい町でよく感じるのは、温かいホスピタリティです。同じ事を繰り返して言うんです。「初めての私達の出会いだから、次に会えること(を期待して)何回も帰ってきてね」と。音楽会は数が限られているので、互いに今度いつ会えるかわからないという状況です。日本やヨーロッパの大都市からは遠い所に暮らしているのですから。


イスラエルの話に戻ると、ヴァイオリンを持っていくのが難しい国です。私は日本の財団からストラディバリウスをお借りしているんですが、保険が効かず、戦争をしている国には持っていけないことになっています。イスラエルもその中の一つです。


・去年の7月、イスラエル・フィルとの協演があり、その時にはオーケストラの方が良い楽器を貸してくださったんです。ヴァリアーノ(?)という小柄な名器で「大丈夫だよ、僕たち紗矢香よく知ってるし」と。戦闘の厳しいハイファでは、ロケット弾が毎日落ちてきて、演奏会どころでない。それで、テルアビブやエルサレムでの演奏会になったんですが、今までにないほどのお客さんが、立ち見で三日ほど毎日来てくださいました。


・戦争中ならコンサートどころではないのでは、と思っていたら逆でした。そういう時期だからこそ、音楽に何かを求めているのかな、と...。続きは、また次回。(ラジオ深夜便の要約終)


ごめんなさい。大変長くなってしまいました。記憶に頼って書いたので、間違いもあるかと思いますがお許しください。長々と書いたのは、実は私もこの3月上旬に、一週間イスラエルにいたからなのです。いえ、コンサートじゃありません。テルアビブやエルサレムにも立ち寄り、厳しい出国チェックで有名なベングリオン国際空港を通過してきました。ここを、紗矢香さんも何度か通られたのだなぁ、と思いつつ....エルサレム旧市街の大通りで、流しのヴァイオリン弾きのおじさんがいたのですが、テクニック以上に、音色が何とも形容し難い深みとペーソスで彩られていて、環境が創り出す音なんだなぁ、と感じました。また、幼稚園の頃の紗矢香さんが、イタリアでこのような流しのヴァイオリンをよく聴いて、ヴァイオリンをやりたい、とねだったというエピソードも思い出していました。


余韻冷めやらぬ時に、紗矢香さんからラジオを通してイスラエルの話を聴いたので、時機を逃さず、書かせていただいたわけです。以上、私的経験を交えた話で、失礼いたしました。」