ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

人を開花させること・萎ませること

たまたま、神尾真由子さんが15歳だった頃のブルッフのヴァイオリン協奏曲をインターネットで見る機会を得ました。チャイコフスキーコンクールの優勝演奏と比べて、かなり音が細いのですが、体つきもまだ少女っぽいので、ある面やむを得ないことでしょう。しかし、確かに落ち着いた演奏で、筋が非常によい印象を受けました。18歳頃のメンデルスゾーンの協奏曲では、特に第一楽章で顔の表情が大袈裟過ぎると感じましたが、15歳の演奏は、見た時の雰囲気が、10歳の時のN響との共演デビューと18歳の中間にあるためか、(あぁ、こうやって女の子は女性に成長していくんだなあ)と我ながら新鮮な思いがしました。自分もかつてはそうだったのに、です。
ソリストが小学生や中学生の場合、オケの方達も温かく見守るという態度ですね。これが20歳過ぎて、世界的なコンクールで優勝したりすると、途端に厳しくなったりもするようで、オケの中にはツンツンした表情の人も見られないわけではありません。特に女性弦楽奏者の中には、そういうタイプが目立つようです。
庄司紗矢香さんの中学生の時のインタビュー記事も、偶然目にしました。少女の面影の残る小柄な姿は、ヴァイオリンを構えていてもとても初々しくて、誰にでも好感を持たれそうな感じでした。お母様が、幼稚園時代の紗矢香さんを連れて、イタリアのシエナに2年間滞在していたというぐらいなので、相当裕福な育ちなのかと勝手に想像していたのですが、その記事によれば、国分寺市内の路地裏の小さな住まいで、アップライトのピアノを置くだけで狭くなるような部屋でヴァイオリンを練習していたのだそうです。(それならば、私の実家の方が遥かに広い家で、グランドピアノ一台にアップライトピアノ一台がそれぞれ置いてありました。それでも、どういうわけか、いつも引け目に感じながら暮らしていたのです。)「庄司さんの家は、いかにもお嬢さん育ちらしい感じのところだった」などと書いてあるのを別のところで見かけたので、(やはりそうなのか、音楽はお金がかかるもんね)と思っていたのですけれども、上記の記事が正しいとすればの仮定ですが、本当に人なんてどこでどのような才能が開花するのかわかりませんね。
神尾さんも庄司さんも、公式紹介が本当に事実を伝えているならば、ご両親は音楽家でもなく、特にクラシック音楽に造詣が深かったのでもなさそうなのですが、ここまで注目を浴びるソリストに成長されたということは、何か共通の秘訣などがありそうです。
私なりに想像してみると、もともと天賦のものとして備わっていた音楽(ヴァイオリン)への情熱と才能が、ふさわしい時期によい先生と巡り合うことで、訓練されうまく開花した結果、道が開かれたということなのだろうと思います。もちろん、努力することを厭わないのも才能のうちですが、その人の持つものを抑圧したり捻じ曲げたりしない環境というものも、非常に大事なのでしょう。
「音楽家になるには、親が音楽家か音大卒でないと無理」などと相談事の回答に書かれていることがありますが、このお二人を見る限り、物事には必ず例外があるわけです。つまり、知ったかぶりの情報や常識的な見解などにあまり振り回されず、持てるものを存分にまっすぐ発揮できる環境を整える方が、かえって得策なのかもしれません。「親が音楽家ではなかったから、自分で考えてやるしかなかった」(庄司さん)「親が音楽家でなかったので、変なプレッシャーがかからず、その点はよかった」(神尾さん)という言葉も、どこかで読んだ記憶があります。
その点、「いつまでも人のせいにするな」と言われそうですが、私の場合は、物理的にではなく、精神面において、あまり環境に恵まれなかったといえるかもしれません。いつでも「ダメダメ」と言われ続けると、自分が何をしてよいのか本当にわからなくなるのです。いえ、本当はこれという希望があっても、「ダメ」とか「違う」とか「できるわけがない」とか「勝手に動かれるとこっちが困る」とか「オレ(先生)の顔をつぶす気か」などと、力づくで抑えつけられてきたからです。
昨日、「ごきげんよう」から社会階級を持ち出されて、すっかり腐っていた話を書きました。自分でも本当につまらない教育を受けたものだと思うのですが、さらにつまらないのは、そんな程度の話や人に振り回されて、チャンスを棒に振ってきた自分のことです。18歳から花粉症が始まり、結婚後も数年間は悩まされてきた私ですが、いつの間にかすっかり治って元気になりました。くしゃみも鼻水も一切出ません。しかしこの木の芽どきの季節になると、昔のつまらないことが次々思い出されて、どうも気分が暗くなります。あともう一息で、花粉症のように、この症状も克服したいですね。