ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

ルーツ辿りとアイデンティティ

7月23日から二泊三日で、ルーツ辿り(「巡り」ではない!)の第二弾として、主人と温泉旅行に出た。
前回は岐阜県だったが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170611)、今回は愛知県。尾張徳川の名古屋(父方祖父の本籍地、父(と父の末妹と母の妹と母方祖父の従兄弟の嫁)の出身高校、父の勤務地、主人の出張場及び私達の出会い初日のデート場所(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091214)、そして徳川美術館http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120314)と蓬左文庫)、三河文化の知多と内海(母方の叔母と従姉妹の嫁ぎ先)である。
その間に、犬養道子氏が96歳で逝去されたという訃報が入って来た(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151022)。
実は、主人の家は両系とも岡山出身で(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20100108)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160817)、実家のお掃除を手伝っていた時、「木堂」の入った掛け軸を見つけて驚いた。偽作でないとすれば、大変なお宝だということになる。今の日本の政治状況からすれば野党の立場なので、いわゆる戦前戦後の思想系譜をもう一度おさらいすることになろう。
人生後半は難民問題に尽力されていて、学生時代からご著書やインタビューを通して、大変に勉強させていただいた。特に、名古屋の金城学院大学でのご講演会は、(当時からこれが最初で最後だろうと予感していた)まさに一期一会の謦咳に接する機会だった。赤いハイヒール姿が極めて印象的だったことを覚えている(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20071107)。
今では、犬養氏が活躍されていた時代とは難民や移民の状況が変わってきているので(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161113)、犬養道子基金からバトンタッチされることになるという難民救援の会へは、名簿移譲のお断りの葉書を出した。ちょうど7月14日に届いたご連絡だったが、その10日後に老衰で亡くなられた。
難民問題のみならず、聖書学や西洋文明に関して書かれた文章には、時折、勇み足のような感覚があったが、戦後教育を生きた若い学生時代には、いろいろな意味で参考にはなった。
犬養道子氏に言及した過去ブログのリストを以下に。

http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%B8%A4%CD%DC%C6%BB%BB%D2


・2017-03-25  ダグラス・マレイの新保守思想
・2016-03-27  我が道を行く
・2016-01-26  日本のマルクス主義
・2015-10-22  緒方先生の威光と犬養道子
・2015-03-25  「きんさん」「ぎんさん」
・2014-11-09  数え年なら半世紀
・2014-09-08  マッカーシーの逆転とCW
・2013-12-11  自文化に対する矜恃と礼節
・2013-09-18  オスロ合意から20年後に.....
・2013-05-23  旭川−故三浦綾子さんのこと―
・2013-05-22  ノートルダム大聖堂での事件
・2012-05-22  複雑な人生の諸相をシンプルに
・2012-05-15  グロスマンの悲劇を踏まえた今
・2012-05-05  ダニエル・パイプス先生のこと
・2012-03-18  異文化間コミュニケーション
・2011-04-14  「無責任な服従
・2010-03-25  シンポ・鳩山会館谷中霊園 (3)
・2010-02-01  居場所と出番
・2010-01-15  世間とはこう言うものです
・2010-01-14  誰からも学べる円満の秘訣
・2009-11-11  鼻持ちならない 語釈
・2009-05-15  ミーンズ夫妻の生涯
・2009-03-26  小説は人生の研究
・2009-03-20  トーマス・マンの『無常礼賛』から
・2009-03-17  犬養道子氏の著述から
・2008-05-20  それぞれの基準や水準で....
・2008-03-18  組織や肩書ではなくその人自身を
・2008-01-29  恐るべき日本の医療実態
・2008-01-10  チャップリン自伝
・2008-01-05  うさこちゃんことミッフィーのこと
2007-12-24  日本のクリスマス詩
・2007-12-21  最近買った本の小話
・2007-12-11  これから私のとるべき道は...
・2007-11-07  マンモグラフィ・児童書・CDなど

(リスト終)

今は、インターネット上で簡単に「左派リベラル」「反日」扱いする向きもあろうが、国史を考えると、物事はそれほど単純ではない。
先程も、主人の母から譲られた着物や帯や羽織などを整理していたが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161121)、岡山は質素堅実な武家文化であって、私が育った名古屋城近くの絢爛豪華な尾張徳川文化とは対照的だと思った。
蓬左文庫には、貴重な朝鮮文書の展示があった。学生時代に教授が蓬左文庫のお話をされていたが、母校の図書館には漢籍も少なからず保管されていると聞いたことがあり、今のご時世を改めて客観視することの大切さを思う。
旅の記録については、もうしばらくお待ちを。

http://www.kase-hideaki.co.jp/magbbs/magbbs.cgi


「144年も変わらぬ日韓関係 文政権が韓国崩壊を招く?」
2017/07/24 (Mon)


・韓国で、親北朝鮮の文在寅(ムンジェイン)政権が登場した。それでも、わが大使館とプサン総領事館の前に設置された慰安婦像が、撤去されることはない。やれやれ、日韓関係は144年も全く変わっていないのだ。


・明治6年に、朝鮮政府が日本の唯一つの外交公館として、釜山(プサン)にあった倭館の前に、日本を「罵詈譫謗(ばりせんぼう)」(罵る言葉)を連ねた、漢文で数千字にのぼる告示文掲示した。内容は、日本の明治の改革を頭から否定して、日本が儒教の礼を踏み躙り、服装を西洋式に変えたことを痛罵し、日本が禽獣以下の国だとなじるものだった。


・日本側の抗議に対して、告示文を撤去することを拒んだ。日本政府はこの無法な告示文に激昂し、西郷隆盛をはじめとする太政官が、征韓論を唱える切っ掛けとなった。今日、この告示文の写しが、外務省外交史料館に保管されている。


反日(パンイル)が韓国民の愛国心を支えて、元気の素となっている。韓国はかつて自国を小中華(ソチュンファ)と呼んで、中国の藩属国であることを誇って、日本を蔑(さげす)んできた。その日本が韓国を追い越したのが、誇りを傷つける。


・そのかたわら、韓国民は日本の発展が羨ましい。反日の裏では、日本に憧れている。韓国には「�旡憎(ソジュン)」という、日本語にない言葉がある。


・韓国民の心情を理解して、日本が韓国の活力の源となっていることを喜びたいものの、明治初年の日本を苦しませたのが、朝鮮半島だった。日本は朝鮮半島をめぐって、清国とロシアと死活を賭けて戦うことを強いられた。 


・いま、北朝鮮から発する脅威が、日本を戦(おのの)かせている。それだけではない。文政権によって、韓国が崩壊する可能性がある。

(部分抜粋引用終)