ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

選挙結果から世直し開始か?

http://www.canon-igs.org/blog/security/
2017年10月24日


・先週末の衆院選では自民党追加公認を含め公示前と同じ284議席を獲得、29議席公明党と合わせ313議席となり、与党で衆院の3分の2を維持した。一方、立憲民主党は15議席から55議席を獲得し野党第1党に躍進したのに対し、希望の党は50議席にとどまった。


・躍進したとはいえ、リベラルと左派が立憲・共産・社民の55+12+2で70にも満たない勢力となったことぐらいだろうか。これまで左右混淆の民主党によりリベラルと左派が過大評価されてきた状況は変わりつつあるのか。

(部分抜粋引用終)
あと一年半ほどで平成の御代は終わり、皇太子殿下が天皇陛下になられるので(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20171009)、国民の心得ないしは準備としては、憲法を改正するか否か、改正するならば何をどのように変えるべきなのか、という勉強をしなければならない。
これは文字通り「言うは易く行うは難し」で、地域差や世代差や職歴差や学歴差や性別の違いなど、さまざまな角度からの分析と主な議論のおさらいをしておかなければならない。
私の世代は、学校教育上も経済面でも最も恵まれていた時代に属すると思うが、その後のバブル崩壊とその余波の低迷が予想以上に長く続いたという意味で、最後の最恵世代でもあったといえるかもしれない。
目下のところ、まず勉強すべき憲法上の論点は、(1)元首規定と(2)国防、の二点である。
(1)天皇を「日本国および国民統合の象徴」のまま継続するのか、それとも「日本国の元首」に規定するのかは、過去及び現状を知ると、頭で考える以上に、なかなか困難な問題ではある。とりあえず、どちらになるにせよ、国民の側の勉強不足を相当に補って備えていなければならない。既に、「皇室ノート」を作って、宮内庁ホームページから組織図と儀式一覧を印刷して、天皇家系図も出した(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20171013)。
この系図については、母方の祖母が、岐阜の高等女学校に通っていた頃、試験に出題されるというので、初代から正確に暗記をしたと、中学生か高校生だった私に言ったことがある。目の前で、すらすらと暗唱し始めたのには、(ひゃぁ!私の学校教育と全然違う!)と心底、驚いた。私の頃は、教え方が上手で人気のあった先生でも「古代の史実は不正確で、本当かどうかはわからない」と最初から言っていたし、天皇家系図奈良時代ぐらいがせいぜいで、後は、国の事件や出来事に沿って、必要に応じて天皇の名が付随的に出てくるだけだった。
だから、最初から意味も考えず、闇雲に暗記物として教科書の記述を丸呑みだったのである。
また、大学の講義では、「万世一系」のみならず、「三王朝交替説」の紹介もあった。『万葉集』や『古事記』等の記述を批判的に検討した論を、(当時の)助教授が提示されたのである。
だが、今では求めさえすれば、平成時代の発掘調査の結果に基づいた『日本書紀』『続日本書紀』等の記述の真偽が明らかにされた本が出回っているし、自分の理解度に応じて少しずつ読んでいけば、マルクス主義史観を批判的に経た今の方が、ずっと納得のいく説明になっていることがわかる。
つまり、戦後教育を受けた私の世代前後は、憲法を考える際に、最初から国史を勉強し直さなければならないということである。第一、天皇制と言えば「昭和天皇の戦争責任」ばかりが前面で声高に叫ばれたまま、いわば思考停止状態を強いられていたのが我々の学生時代だったからである。過去は批判的に分析して、現代において超克すべきものとされていた。そして、過去にではなく、未来に理想的な解決があると前提されていたのである。
共通一次試験で日本史と世界史を受験科目とし、大学では国文学科に所属していた者でさえ、こんな有様なのだから、他の進路を辿った人達は、どうされているのだろうか。
(2)国防については、過去にも書いたので(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160321)、ここでは繰り返さない。武器や法整備など物質的な側面と、伝統文化や歴史観や居住地域を大切にする精神心理面の両方が考えられるが(https://monitor.gov-online.go.jp/report/kokusei201610/detail.php?id=1086290)、とりあえず、私の場合は、昨秋の欧州旅行で得た知見や教訓に基づき、後者を細々と実践中である(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161030)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161101)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161217)。
この他、過去ブログでも引用したように(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151219)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20171013)、家族や家系のような血族と姻族の位置づけを見直す作業が、憲法上では必要ではないだろうか。
例えば、極端なところでは、個を重視するあまり、「幸福の追求」権に関して「自分の子どもの存在が親の幸せを阻害する」「きょうだいの存在が自分の幸せを妨害する」とも解釈可能で、事実、私の場合も、そのようにあしらわれてきた。(だから、何度も繰り返すように、妹が黙って結婚して、子どもの写真だけを送って済ませたり、「迷惑、迷惑」と何かにつけてほざく。また、父が亡くなった時には、「長女のくせに葬儀の受付をしない!」「喪服は葬儀所で借りればいいだろ!」等と、京大の専任だった喪主の弟から人前で怒鳴りつけられ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140128)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170730)、主人が頼むまで遺骨も持たせてもらえず、ついには夫婦揃って納骨式にも呼ばれなかった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151110)。その上、「気がつくのが遅い」「あんた遺産欲しいの?」と、法定相続人にも関わらず、遺産ゼロで無視が続いている(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170117)。これでは、父の母方の叔父(つまり私の父方の大叔父)が、昭和天皇から受勲もされた信州大学学長であったとは(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070704)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080422)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091223)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20101227)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151112)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170711)、普通の感覚では到底、誰も想像できないだろう。)
憲法上、天皇の位置が定まれば継承法が整い、それに応じて、一般国民の家族や親族や婚姻のあり方及び相続法も、学校や大学やマスメディアでの「教育」を通して、徐々に整い直すのではないかとも思われる。
ところで、過去ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160109)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160112)でご紹介した方は、昨今の選挙結果から、この頃の日本の政治観を嘆いていらっしゃるようである。実は昨年、引用させていただいた頃から、そのことに関して私も察するところであった。
典型例として、以下の「土井たか子さん」追悼文を部分抜粋させていただく。よそ者にはすぐに察知できるが、団塊の世代辺りが中心となった同志社関学系統の関西圏キリスト教文化には、従来からこのような政治風土が根付いていたのだった。

http://aboshiyori.ftool.biz/2014/09/post-e286/


「信仰の人、護憲の人・土井たか子さん逝く」
2014/9/30


・20日、元社会党党首、衆議院議長を務められた土井たか子さん(85歳・以下敬称略)が亡くなられた。敗戦の年「神戸大空襲」で「奇跡的に助かった(本人曰く)」体験が彼女を「反戦・平和主義」「平和憲法護持」の闘士にした。


憲法9条護持に人生、政治生命を賭けた生き方は、イエスに全てを賭けた彼女のクリスチャンとしての生き方と常に重なっていた。信念と信仰が見事に融合・合一化していた。


・彼女には3回会っている。1回目は1969年2月11日、2年前施行された建国記念の日」を「天皇制復活」として抗議していた「第2回キリスト者神戸集会」(約500人)に来賓の一人として挨拶された、殆どの人には「見知らぬ人」彼女の同志社大学の師、憲法学者田畑忍氏が紹介していた。


・資本主義社会で搾取されている労働者が政治・経済の実権を握り「労働に応じて分配する」社会主義から、「必要に応じて分配する」理想社会「共産主義国家」へとなるのが歴史の必然であるとマルクスは言う。この思想は大正時代、フランスから日本に入り、薩長専制政治に不満を持っていた多くの知的文化人に先ず受け入れられた


・彼らの多くは、社会主義を博愛主義、人道主義と同じように考えていたようで、中でも、西洋思想の根幹であるキリスト教に傾倒した人たちの多くが社会主義者になっていった


・明治以降の日本では、キリスト教社会主義の歴史的関係は浅くない、戦後、社会主義政党を標榜して成立した社会党には多くの「クリスチャン」が参加した、片山哲、川上丈太郎、江田五月の父(忘却しました)思い出します、「クリスチャン」土井たか子社会党に所属したのは不思議でない


・1970年頃、姫路である労組の大会があった時、市民運動家として招待され、会終了後、控室で土井さんに会いました、2回目です。委員長ではありませんでした、長身で男性的な人で、女性を全く感じなかった


・数か月後、「松枯れ被害防止」の国会請願に行って、議員会館で30分ほど歓談しました。「頑張りましょう!」と激励されました。3回目です。


・マドンナ旋風を起こし、「土井チルドレン」と言われた人たちが数多く当選した。その時、彼女が言った「山が動いた」は流行語になった、一般には、女性解放雑誌「青鞜」創刊号に詩を寄せた与謝野晶子の言葉からの引用と言われているが、そうではない、晶子は「クリスチャン」だった、当然、イエスの有名な話は知っていた、土井の「山は動いた」は聖書からの言葉であると考えるのが妥当、「クリスチャン」としての土井たか子の念頭にはイエスしかなかったと思う。


・政治家として、「クリスチャン」として土井たか子さんは人生行路を精いっぱい走り抜けました。パチンコが趣味で、熱狂的な阪神タイガースファンでした、この2点だけは共通します。


平和憲法が危機に瀕している重大な時だけに、彼女の死は痛手ですが、天国の土井さんを悲しませないように反戦・平和・平和憲法護持」の草の根運動しぶとく戦い続けます

(部分抜粋引用終)
土井たか子氏に関する過去ブログは、こちらを(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140929)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160210)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160427)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160714)。
特に「山が動いた」(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170506)が聖書由来であるとのご指摘は、私も全く同意する。
恐らく、大変に真面目で熱心な牧師兼教師でいらしたのだろう。生まれた時代が異なれば、また違った生き方をされていた可能性も考えられなくはない。
さて、昨秋の欧州旅行で見聞したことは(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161007)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161016)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161017)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161027)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161110)、自分が意識する以上に強いインパクトを与えていたのだろうと、今更ながら感じる。平均的な日本人よりは、この深刻な西洋の文化衰退と配置転換の問題について多少知っていたつもりだったが、現場に身を置くと、さすがにその後も心象が残り続ける。
但し、インターネット時代の今、鸚鵡返しに横文字を縦文字に直して叫ぶだけでは意味がない。
欧州で学んだことを、現代の日本社会に適用するとどうなるのか。
それを考察し、自分のレベルで実践しようとしたのが、この一年一ヶ月であったかと思われる。