ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

訳語を巡る小話

昨日のブログのコメント欄の続きを(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170714)。ダグラスさんの評判の新著を巡って、ほんのちょっとした小話が続いた。
まずは、こちらから。

https://twitter.com/ituna4011


苺畑カカシ‏ @ichigobatakekak 11 hours ago
Replying to @ituna4011

I suppose you are right. But I did not have any English word in mind when I came up with the title.
11:51 PM - 14 Jul 2017


Lily2‏ @ituna4011 11 minutes ago


アメリカ生活が長いから、日本語のニュアンスが薄れてきたかしら?


苺畑カカシ‏ @ichigobatakekak 9 hours ago

Replying to @ichigobatakekak @ituna4011


Oh I just realized you were talking about my translation of the book title. Yes, your word choice would be better.
2:19 AM - 15 Jul 2017


苺畑カカシ‏ @ichigobatakekak 6 minutes ago


Lily2‏ @ituna4011 6 minutes ago
Lily2 Retweeted 苺畑カカシ
Better is worse than the best.
11:09 AM - 15 Jul 2017


苺畑カカシ‏ @ichigobatakekak 11 hours ago


Replying to @ichigobatakekak @ituna4011
I have just started reading. I cannot keep up with your inhuman speed.
11:59 PM - 14 Jul 2017


Lily2‏ @ituna4011 14 minutes ago

This is a normal tempo in Japan. I am human, not inhuman, by the way...


Replying to @ituna4011


先ほどは英語で失礼。考え直して、やっぱり不思議でいいとおもいます。理由はブログのコメント欄にかきました。
11:05 AM - 15 Jul 2017

(転載終)

というわけで、そのブログの該当部分と「コメント欄」を以下に抜粋。

http://biglizards.net/strawberryblog/archives/2017/07/strange_death_of_belgium.html

July 4, 2017
「ベルギーの不思議な死」


ちょっとダグラス・マレー著の「ヨーロッパの不思議な死」をもじって今回の見出しを作ってみた。

(部分抜粋引用終)

下記投稿者名: 苺畑カカシ


ネットおともだちのリリーさんから、マレー氏の著書の題名は「ヨーロッパの不思議な死」というより「奇妙な死」と訳すべきなのではないかというご指摘をうけた。確かに「Strange」という単語を英和で引くと「奇妙な」と出てくるのだが、「不思議」を反対に和英で引くと「Strange]と出てくる。だからどちらを使うかは訳者の判断に任せられる。


私は「奇妙」という言葉自体を自分であまり使わないので、普段自分が使っている「不思議」という言葉を使ったのだが、言われてみると確かに「奇妙」という言い方もあったなと思った。その方がいいのかもしれないとも思ってツイッターではそう答えた。


しかしよくよく考えてみたら、やっぱり自分としては「不思議」の方がしっくり行くと考え直した。「奇妙」というのは物事を説明する時に使うような気がする。「奇妙な形」とか「奇妙な現象」とか。それで著者の感情移入がないような気がするのだ。


これを「不思議」と訳すと、著者にとってこの現象は何か異様な興味を抱かせる現象であると言っているように聞こえる。少なくとも私にはそう思えるのだ。


この題名だけなら、確かに「奇妙」でも「不思議」でも訳者の好みの問題だろう。いや、学術的な論文なら、多分「奇妙」の方が適切かと思われる。


しかし、これまでマレー氏のインタビューやスピーチを色々聞いてきて、この場合は「不思議」の方があってるような気がするのだ。


無論これはカカシの独断と偏見に満ちた考えかた。私はプロではないからいい加減な訳なのもお許し願おう。


しかし翻訳は科学ではない。芸術だ。これについてはまた別のエントリーでしっかり書こう。

(引用終)

そこで私からひと押し。

https://twitter.com/ituna4011


Lily2‏ @ituna4011 5 minutes ago


著述の全体を読めば、「不思議な」というよりは、もっと強いニュアンスの「奇妙な」が適切だと、私は思います。事例の使い方や言葉の選択に、意図的な狙いとウィットと皮肉が込められているからです。私はそのように読んでいます。ダグラスさんに尋ねてみないと、本当のところはわかりませんが。

(転載終)
あ、続きがあった。

https://twitter.com/ituna4011


DouglasKMurray 14 hours ago
'Let us hope Murray’s profound meditation has not arrived too late. For if there is still time, he may yet be Europe’s Jonah, not Jeremiah.'
12:10 AM - 15 Jul 2017


Lily2‏ @ituna4011
「泣きのエレミヤ」ですもんね?大魚に飲み込まれたヨナさん、いえ、ダグラスさんは大魚と格闘しているのでは?ウィットという槍で突っつきながら...。

(転載終)
「泣きのエレミヤ」については、過去ブログ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080409)を参照のこと。
アメリ東海岸への留学と駐在を計4年間、経験した主人は、理系だが、私よりも遥かに英語が正確でよくできる。パイプス親子先生の母校および職場でもあったハーヴァードでも(外国人向けの)英語のクラスを取っていたし、専門分野以外に難しい対米交渉もこなしてきて、ユダヤ系も含めたアメリカ人を採用する立場にもあった。
その主人が本件に関して一言。「奇妙な、でなければおかしい」。
なぜ、‘mysterious’という単語をダグラスさんが使わなかったかは、本書を読めば歴然としている。
繰り返しているように、2012年3月下旬から、ダニエル・パイプス先生のご依頼により(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120330)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170309)、プロの翻訳家ではないものの、少額の謝礼をいただきながら訳文作成を続けてきた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120514)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130403)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140113)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170124)。
読者の方達からも、訳ミスが見つかれば、是非ご指摘いただきたいが、今まで一度も、「訳がまずい」「読みにくい」等という、炎上寸前のコメント・メールは一切ない。むしろ、そっくりそのまま転載して、話題につなげてあるサイトを時々見かけた。
それは、私がうまい訳出をしているからではない。
訳文開始後から今に至るまで、棚に並べてある70冊以上の自分のミニ・ノートには、訳語不統一や他の選択語の可能性や訳文ミスなど、細かくメモが取ってあるが(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121121)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160406)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160905)、とてもじゃない、全体を直す暇も時間もない。それよりも、パイプス先生からは「どんどん訳文を出してね」と注文がついている。
いろいろ言葉に拘るのは、私が国文学科の出身であって、院生時代には、日本語の音声指導や文章表現指導をプロから訓練されたからだ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20070905)。言語学や比較言語学、対照言語学の講義も受講した(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161108)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170526)。翻訳理論や技法については、専門ではないが、延長線上にさまざまな本を読んで(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120508)、ノートやファイルを作成してきた上、翻訳や通訳で仕事をされた方達の講演も伺ってきた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120314)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120315)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160912)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20161012)。そして、私の最初の仕事は日本語教育で、国内外の幾つかの大学で何年か外国人に教えてきた。教材や試験問題も作成した。だから、日本語の使い方には、実は結構うるさい方だと思う。何しろ、私の母語であり母国語なのだ。これで教育を受け、仕事をし、暮らしを築いてきた。いい加減に言葉を用いたら、私の人生までいい加減になる。
パイプス訳文については、「読みやすい日本語」よりも「正確さ」を第一にしている(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160803)。学者を名乗り、シンクタンクを率いている方の文章だから、たとえ読みやすくても、間違っていたらダメだ。そのことは、繰り返し、パイプス先生に伝えている。こまごまとメールで連絡を取っているのは、自分の専門分野ではない中東イスラームと米国外交政策がテーマなので、まずは素人考えで勝手に憶測せずに、基本理解をしっかりと固めたかったことと、原著者の人となりを知らない限り、日本語に移せないからである。
だから、最初の7本が一番難しかった。英文を何日かかけて何度も繰り返して読み直し、米国留学・駐在経験のある主人にも読んでもらって、おそるおそる訳出してみた。英語は読めても、なぜそんなことを書いているのか、どうしてそこでこの語彙を選択しているのか、お会いしたこともない、国籍も民族も言語も性別も年代も宗教も学歴も職歴も全く異なる、雲の上のような方を見上げているだけでは、皆目見当がつかなかったからである。
だが、頭の回転が人の数倍は早く、気の短いパイピシュ先生のこと(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120422)、「まだ訳文が出てないね」とお叱りメールが、(間違えて締切の一日前に)届いたのだった(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120606)。
私の方は、準備万端、その辺りは覚悟ができていたので、負けてはいなかった。
「先生や先生の中東政治に対するお考えに、これほど日本では悪口や否定的な見解が出てきたのです(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080107)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20091110)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120126)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120521)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20121128)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20130920)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140306)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140629)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150513)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151012)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20151203)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160222)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160716)。最初からそんな調子では、到底、太刀打ちできません」。

幸いなことに、その後は徐々に私に合わせてくださるようになり、「他の訳語は全部、翻訳したいという申し出があってのことだけど、日本語だけは例外で、こちらから特別に頼んだ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120505)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120607)。あんたみたいに、こっちの家族背景まで調べて、旅にも参加して、献身的に勉強しようとする人は、初めてだよ」と言ってくださっている。
しかし、一旦お受けした以上は、最低限、それは礼儀であり、義務であり、務めではないか?これは、日本の伝統的な勤労倫理であって、特別なことではない。私の父の世代までは、日本人ならば皆、当たり前のようにそうしてきたのだった。
特に、機械翻訳があればネット情報は充分だという言語道断が罷り通る時代だからこそ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120525)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20120606)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160726)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170124)、尚更、人と同じことをしていてはいけないのだ(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20160905)。

今朝も、少しダグラスさんの著述活動について考えていたが、『欧州の奇妙な死』で綴られている内容そのものは、実はゲートストーン研究所の他の執筆者も重ねて書いてきたことであり(https://www.gatestoneinstitute.org/)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150528)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170316)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=Gatestone+Institute)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily2/archive?word=%22Gatestone+Institute%22)、このテーマに関心のある人ならば、特に目新しいことではない。
だが、ポイントはそこにはない。この新著は、五月雨式に販売を始めたオーストラリアやアメリカ等の英語圏でも、軒並み上々だ。今も続々とコメントが寄せられ続けている。概ね、好評である。
では、なぜ発売直後に、堂々とベストセラー入りしたのか。しかも、今回が初めてではない。

三十代とまだ若いのに、老若男女に通じる視野の広さと思考の深さ、簡潔かつ巧みな表現力、気の利いたウィット、ペシミズムを醸し出す泣き笑いのようなユーモア、例証の上手な使い方が特徴として浮かび上がるが、それのみではない。危険な地域へも勇敢に出掛けて、ムスリム移民と直に会話を交わし、考察を深めたプロセス、十年以上も各種会合で積み重ねた堂々たるスピーチとディベートの経験等、実直な経験主義に基づく態度が、いかにも懐かしい、古き良き時代の英国人を彷彿とさせるからである。西洋対イスラームという、長期に及ぶ深刻な人類文明史上のテーマと取り組む上で、あのイギリス女王を戴く移民系英語諸国の人々が共有する歴史として、現在進行中の生きた現象として、深く心の琴線に触れるものがあるからである。
この辺り、ちょっと他のジャーナリストには真似ができない、センスと才覚をお持ちなのだ。

以前も書いたように、私は学生時代に記紀万葉から戦前の昭和初期までの国語学と国文学を専攻しながら、同時に、仏文学(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110224)や独文学(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20110327)を含めて英文学も、と夢中になっていた(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170327)。だが、さてアメリカ文学となると、どのように理解したらよいのか、どうも馴染めなかった。
英語は、アメリカ式ではなく、英国綴りがいい。90年代の若い時期に計四年間、仕事と勉強で暮らしたマレーシアがそうだったからである。マレーシアで本当に優秀な若者は皆、日本ではなくて英国に留学することが当然視されていたし、まずもって学校制度が英国風だった。エリート向けの寄宿学校も男女別にあり、特に教育州として有名なペラ州のクアラ・カンサーには、「東洋のイートン校」と呼ばれた最も優秀なエリート校があった。(ここへは二度ほど、仕事絡みで訪れたことがあるが、非常に印象的だった。)
従って、事の順序として、何事もやはり大本の英国から学ぶべきだと思っていた。それで、マレーシアにいた頃も、サマーセット・モームや(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150324)チャールズ・ディケンズ等を(当時は首都クアラルンプールでも数少なかった)本屋さんで買い込んでは、仕事の休みの日に、亜熱帯気候と異文化で疲れた体を宥めつつ、次々と読んでいた。
それが私にとってごく自然なのは、今現在、関西に身を置きながら、毎日のように(アメリカよりも遥かに)長い日本の文化史を、空気のように吸って過ごしているからである。
その意味で、ダグラスさんからは、いろいろな意味で大いに刺激され、学ぶ点が多い。
少なくとも昨秋、私はダグラスさんと8日間を共に過ごした(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%C0%A5%B0%A5%E9%A5%B9%A4%B5%A4%F3)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=Douglas+Murray)。同じホテルに宿泊し、同じ場所で食事をし、同じバスや飛行機に乗って移動し、同じレクチャーを受け、同じものを見聞し、同じことを経験してきたのだ。そして、思いがけず彼の方から話しかけられ、握手をされ、短く会話を交わした。(「何度かブログに著述を引用させていただきました。よく書けていますね」と、私は言った。)10月1日には、ストックホルムの護衛付き某会場で、目の前でスピーチを聴いたのだ。聴衆の反応も、今でも生き生きと覚えている(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20170123)。

http://itunalily.jp/wordpress/?paged=7


Douglas Murray – Freedom of Speech
Posted on 22/10/2016 by Lily


I was one of the audience at this talk conference in Stockholm. The name of the place was ‘comedy club’. (Lily)


1 October 2016
Freedom of Speech Conference part 5
Svensk Webbtelevision


The conference DANGEROUS WORDS 250 was held in Stockholm on 1 October 2016 to celebrate the 250th anniversary of the Swedish Freedom of the Press Act 1766.

(転載終)
だから、どういう人柄なのかは、大体、察しがつく。
だからこそ、微力ながらも、日本の読者にニュアンスを伝える責任や義務のようなものを感じている。
それにしても、ダグラスさんは凄い才能だ。これは、パイプス先生も公然と認めていらっしゃる。

https://www.facebook.com/ikuko.tsunashima/posts/10212230736998083?notif_t=feedback_reaction_generic¬if_id=1500085208616494

https://blogs.spectator.co.uk/2016/04/labours-anti-semitism-problem-stems-from-its-grassroots/


Labour’s anti-Semitism problem stems from its grassroots
Douglas Murray
28 April 2016


・Of course there are anti-Semitic tendencies in every strain of politics. I could point to a strain within the Conservative tradition. But in the Conservative tradition it is dying. The problem for Labour is that anti-Semitism in their party is a growth industry.


・the more Muslims you have, the more anti-Semitism you have. Of course the party will not admit this. Not least because it goes directly against New Labour’s policy of mass immigration.


・The architects of that grand policy in the late 1990s thought that the more people you brought into Britain the more ‘diverse’, ‘vibrant’ and ‘tolerant’ our society would become. Instead they have imported, among other things, a new generation of racists.


・It’s why you hear so many French accents in Herzliya these days.

(End)
ユーリ:S様、ダグラスさんの表現の巧みさが、ここにも出ているでしょう?

(転載終)
ちなみに、「カカシ夫人」と「S様」は同じ人である。