ブログ版『ユーリの部屋』

2007年6月から11年半綴ったダイアリーのブログ化です

一人で生きているのではない

今日は、主人とお墓参りに。「奥都城」の文字が身に沁みた。同居のお祖母様が岡山の大きな神社の神主さんの娘だったことの証だが、神道は日本人のみなので、ここに誇りがうかがえる。あの戦争がなければ、今では資産も相当なものだっただろう、と主人から随分前に聞いた。
過去ブログで、ルーツについて書いたことがある(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20080218)。あの頃は、実家の父もまだ動ける状態であり、開設当初から、このブログも読んでくれていた。諸事情で現役時代の父とはゆっくり話す機会もなかったため、私が何を考え、物事をどのように理解しているかなどは、むしろ結婚して独立した後、この公開ブログによって知ったようだ。また、主人の実家のルーツなども、ここで書いたことにより、当初の表面的な一部の印象よりも、徐々に好感度が上がっていったらしい。直接話すのではなく、このような方法を取らなければならなかったという状況の方が、実は問題ではあるかとは思うけれども、黙っていて勝手に誤解されるよりはよいかと考えてのことだ。
関西の人は名古屋人よりも腰が低く、さまざまな意味で賢い。長らく日本の文化の中心地だったこともあり、物の言い回しなどが控えめなので、文字通り真に受けて頭を高くして振る舞うと、とんでもないことになる。
まだ当時はそれでもよかったが、昨年暮れ近くに書いたこと(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141224)が現実となった今では、やはり記録は必要だと思う。それでも勝手に無視して事実をねじ曲げていく人がいるならば、それは私の問題ではなく、そちらの問題だとはっきり言える。一言で言えば、考えが浅いのに、常に父や私のせいにして、排斥してきたツケなのだろう。一朝一夕では起こりえないことだ。
例えば私は、小さい頃から自然と本を読むことが好きで、誰から指図されなくても、どんどん読んでいた。病気になっても本を読んでいたぐらいだ。でも、親戚の間で「この子は本を読むから、ちっともかわいくない」「あの子の方が頭がいい/気が利く」と事ある毎に嫌そうに言う人がいて、長年、真剣に(私のどこがいけないんだろう?)(頭が足りないと自覚しているから、本を読みたいのに)(何か失礼なことをしているのかしら?)と、反省ばかりしていた。今から思えば、無意味な反省というのか、変な方向にばかり気を遣ってエネルギーを消耗していたので、本来備わっていたかもしれない力を素直に発揮することができなかった面もあったことだろう。結婚した途端に、本が驚くほど多く読めるようになり、今でも次々と好奇心が湧いてくるので、その歪んだ抑圧は相当のものだったと我ながら思う。
しかし、それにしてもとんでもないことが発生したものだ。いくら、こちらが真っ直ぐに隠し事なく生きているつもりでも、周囲が自分達だけの狭い価値観みたいな固定観念で縛りをかけて、何かにつけてつぶしにかかるとなれば、どうしたものだろうか。
今年の目標は....
1.三年ほどお休みしていた学会の研究発表を再開したい。昨年4月に、せっかくハートフォードやイェールまで行って資料を集めてきたのに(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140524)、最大限活用しなければ、資料閲覧や複写を手伝ってくださった方々に申し訳ない。
2.お元気なうちに、是非ともパイプス先生のご両親にお目にかかりたい(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140508)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140707)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140806)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140831)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140929)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141007)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141029)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141101)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20141102)(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/archive?word=%A5%EA%A5%C1%A5%E3%A1%BC%A5%C9%A1%A6%A5%D1%A5%A4%A5%D7%A5%B9)。まだ考えがまとまってはいないが、せっかく日本に好意的でいらしたのに、イデオロギー問題で否定的に紹介されてしまったことについては(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140922)、せめて一人の日本人としてお詫び申し上げたく思う。
3.大量の資料や本などの整理。
4.2014年6月30日付でプロバイダーの都合で閉鎖されてしまったブログの再開(http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20140701)。実は自分用のドメインを持っている上、半年以上、ずっと毎月支払いもしているのに、まだサイトができていない。
5.近所の小高い山でのお散歩日課の再開。
など。
「正直者が馬鹿を見る」とも言うが、中世文学には「正直者の頭に神宿る」とも書かれている。物事には両面あることを踏まえ、少なくとも自分はどうありたいか、現状を踏まえて思索を巡らしつつ、歩を進めていきたい。
最後に、この歳になってつくづく思うことを。
父方母方の家系の両者が、婚姻前にきちんと包み隠さずに話し合って了解し、本人同士も充分に納得した結婚でなければ、子どもや孫や曾孫の代にまで負の影響が及ぶという厳然たる事実を、よく弁えていただきたい。表面的に、どこに住んでいるか、どの学校を出たか、どの職についているか、経済(収入)状況、子どもの有無、若い時の健康状態などの諸条件だけでは、結婚の善し悪しを判断できない。組み合わせの問題でもあり、何か予期せぬ事が発生した場合にうまく善処できるかどうかという精神力や気力や機転や知力や体力など、総合的に考えることが必要である。
時代の趨勢に合致するかどうかも運ではあるが、基本は、老後のことまで視野に含めて、社会の主流に沿った無理のない釣り合いが妥当だろう。そして、きちんとご挨拶とお披露目ができ、どこを調べられても、胸を張って堂々とした人生でなければならない。
このブログは、書いた直後か当日辺りにアクセスが集中することが多いが、内容によっては、当座は何も反応がないようでも、後日、気づくと印がついていたりする。当たり障りのない内容では、満足しない読者がいらっしゃるということでもある。
今年も、どうぞご愛顧の程、よろしくお願い申し上げます。そして、パイプス拙訳も継続中ですので、よろしければお目通しを(http://www.danielpipes.org/languages/25)。